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2話 貴女のための些細なこと・・・2

 「また来たんだ」

 「うん。その、話がしたくて」


 昨日に引き続き私は、放課後に上之のいる病院へ足を運んでいた。今回も受付けにてアポをとったのだが、すんなり許可がおりたので上之は“暇”なんだろうなと思った。

 時刻は夕方前で部屋は昨日と同様、薄暗い。視力のせいで暗くなってることに気付きにくいのかもしれない。


 「昨日気まずい雰囲気になったのにまた来るなんて……。緒割さんって変わってる人?」

 「自分では普通のつもりだけど」

 「いやあ、変だよー」


 上之の様子は穏やかだった。気まずい空気は一晩でリセットされたようでなによりだが、気を損ねないように元気になってもらうのが今日来た目的であり、笑顔が拝めれば御の字だ。


 「今日は、一人?」

 「そうだよ。綾子は余計なこと言うし、一緒に来るとおごってもらおうとするから置いてきた」

 「へぇ、仲良いの?」

 「昔からの幼馴染みってだけだよ」

 「ふ~ん……」


 いまいち盛り上がりに欠けるネタだ。まあ、あまり知らない同級生の話で盛り上がれって方が難しいだろう。他の話題に切り替えようと窓際に目をやると、昨日渡したガーベラの花かごの横に、お菓子が数品皿の上に並んでいた。昨日はなかった気がする。


 「ところで上之。そこにあるお菓子は?」

 「あーあれ? 砂奈たちがさっきもってきてくれたんだ。気を使わなくていいって言ってるのにねぇ」


 どうやら砂奈たちとは入れ違いのようだ。鉢合わせたら面倒かもしれない。次に来るならまたこの時間だな、と覚えておくことにする。


 「あっ、私もお土産あるんだけど」

 「えっ、もらっちゃっていいの?」

 「いいよ。はい」


 私は紙袋ごとそれを上之へ渡す。受け取った上之は「食べもの?」と言い当てゆっくり袋の中身を取り出した。手のひらにのせて包装紙を開いて「うーん」と唸ったり顔を近づけたり。その仕草がリスのようで可愛いらしい。

 ちなみに正解はシュークリームだ。視覚で楽しむものは気の毒だと思ったし、食べ物なら私の懐にも優しいのでちょうど良かった。


 「何か分かった?」

 「この匂いと感触はシュークリーム、だよね!」

 「正解。キララのやつだよ」

 「えぇっ、あのよく行列できるとこだよね!? わざわざありがとー。でもさっきいろいろ食べちゃったからなあ」

 「あ、そうなんだ。うーん、生物だしどうしよ」

 「半分食べてくれる?」

 「えっ……?」

 「半分ならすぐ食べれそう。というか、あんまり見えないからこぼしちゃうかも。……もしかして緒割さん、わざと?」

 「いやっ、ごめんっ! そんなつもりじゃなくて」

 「ふふっ、冗談だよ。思ったけど、緒割さんて不器用なほう?」

 「……? そうかも、しれないけど」


 綾子にはよく言われるし、自覚も多少はある。けどなんで見破られたんだろう? 話すだけで分かるものだろうか?

 疑問もそこそこに、シュークリームを食べやすいように取り分ける。お土産に選ぶ段階ではそこまでは気が回らなかった。並んでる時間は長かったのに何を考えていたんだか。猛省しつつ、半分を上之へ渡そうとしたが……。やっぱり食べにくいだろうなぁ。


 「あの、上之、ちょっと」

 「うん?」

 「分けたけどクリーム多いからさ、その、食べさせてあげようか?」

 「いいの?」

 「……うん」

 「わーい! お願いしようかな」


 喜んでいるようだが、嬉しいものなのかな? 私にはよく分からなかったが目を閉じて「あーん」をする上之の口へ、クリームをすくった切れ端を運ぶ。自然と目がいくのは小さく突き出た唇で、綺麗な桜色をしていて瑞々しく張りがある。目以外は健康なんだよね……。

 唇から顔全体を見るように視野を広げる。すると、美味しそうにシュークリームを頬張る上之の表情は、待ち焦がれていた笑顔そのものであり私の胸は鼓動が早まって、心は光合成でもするかのように喜びに震えていた。

 意識が完全に温かい月の光のような笑みに囚われ、手元に食べさせる物が尽きている事さえ忘れる。


 「…………ん、もうおわり?」

 「え、あっ、うん! 終わりだよ」

 「美味しかったぁ」

 「それは良かった。私のも食べる?」

 「それは遠慮しようかな。みんな私に食べてもらいたがるもん。運動もしてないし、太っちゃうよ」

 「そっか」


 私もいそいそと半分のシュークリームを食べた。ほどよい甘さが口に広がり、なるほど人気があるわけだと思える味だった。一つしか買わなかったのは金欠だったわけではなく、甘いものをそこまで好んでいないからだ。

 さてと。一息着いたので何か話題を入れたい。知りたいことは山積みだが質問攻めはよくないし、聞かれたくない話題ももちろんあるはずだ。けど、厳選できる時間も自信もない。流れで気を悪くしてしまったら謝ろう。


 「そういえば、退院はいつするの?」

 「今週いっぱいで退院するよ」

 「えっ、意外と早いんだね」

 「いろいろ試してもらったけど目の方は現状ダメそうだし、この期間で改善しなかったら一旦諦めて家に帰ることになったんだ。この部屋もただじゃないし」

 「そう、だよね。退院したら……その、また学校来る?」


 昨日、綾子とこの話題が出てからはずっとそのことが気がかりだった。学校に上之がいないのなら、当然その笑顔は拝めなくなるわけで私にとっては大問題だ。

 質問してから答えが返るまでには少し間があった。上之の表情には陰りが見え、あまり気分の良い話題ではない事が窺える。


 「行けない、かなぁ」

 「どうして?」

 「だって、満足に見えないのに授業なんて受けてもノート書けないし、杖使って歩く練習なんてまだだし、それに見えないのは、怖いよ……」


 やはりというか、登校を望むのは難しいようだった。ある程度予感はしていたが、上之の口から直接答えを聞いても私はその笑顔に対して諦めがつかない。なんとか、ならないものか――?


 「じゃあ、もう会えないの……?」

 「引っ越すわけじゃないから、会えないこともない……けど、学校では会えない、かなぁ」


 それは、限りなく会えないと宣告されたようなものだ。私たちのお互いの認識は“クラスメイト”なのだから。


 「緒割さんは私に、会いたいの?」

 「……うん」

 「どうして? まさか、ほんとに友達になりたい、とか……?」


 友達――。初めはそんなことは全く意識せずにいた。けど、友達でもなければ学校に来なくなった上之にわざわざ会うのは変だ。しかし友達ならば不自然ではなく、むしろ自然の事だろう。

 そして他に考えもない私は、本心からではない言葉を紡ぎ出した。


 「友達に、なりたい……な。なって、くれないかな?」


 少しの後ろめたさと、友達の関係になることへの不安。この二つが精神に影響したのか私の声は震えていた。視線もまともに上之の方を向いていない。上之からは気付かれないだろうけど。


 「こんな私でも、いいの? きっと他の友達と違ってできることは少ないだろうし、迷惑もかける。緒割さんだってしんどくなるはずだよ?」

 「それでも私はいいよ。上之と、もっと一緒にいたい」


 自然と出た言葉に自分で恥ずかしくなった。なんとも臭い台詞だったからだ。上之の方もうっすら頬を赤らめ、困ったように視線をきょろきょろさ迷わせている。

 そしてこの微妙な空気にどぎまぎしてる中、最初に口を開いたのは上之だった。意外と発言力があるのだと気付かされる。


 「やっぱり、変わった人だよ緒割さんは。もっと早くに友達になってくれれば良かったのに」

 「ごめん――」


 「それはできなかったんだ」と心中で付け足す。周りに友達がいて、楽しそうに笑顔を振り撒いてくれれば、私は陰から見てるだけで良かったのだから。


 「緒割さん、ちょっときて」


 上之が、ちょいちょいと手招きしていた。なんだろうと近付くとその小さな手が顔に触れてきて、そのまま両手で挟まれ引き寄せられる。

 いったいどういうつもりなのだろうか!? 突然のことに私は反応することができず、吸い込まれそうな深い闇を宿した目に釘付けだった。やがて上之の顔面が、唇が迫る中、息を止めて目をぎゅっと瞑る――――がしかし、何も起きない。


 「ちゃんと見るのは初めてだなあ、緒割さんの顔」

 「…………へっ?」

 「友達の顔だもの。見れるうちに見ておかなきゃね」


 どうやら私の顔を確認するべく接近したようだった。私の心臓は何かを勘違いしたようにドクドク強く脈を打ち止まる気配がないが、そんなこと上之は知るよしもないのだろう。離れると上之を背にして深呼吸をする。耳が、顔が熱い。なんでこんなに意識してしまったのだろう?


 「顔、真っ赤だった気がするけど。もしかしてキスされると思った?」

 「は、はぁっ? ば、ばかなんじゃないの?」

 「ふふっ、よろしくね。七恵ちゃん」

 「う、うん。よろしく。ゆ、由沙……」


 こうして、上之改め由沙の笑顔を見続けるために私たちは友達になったのだった。由沙に笑っていて欲しいのは事実であり、私は由沙がそうあるようにこれから努力をする事だろう。その努力の内容については未定だが、話し相手になったり些細なことが多いのかもしれない。もちろん、望むことはなるべくしてあげたいとも思う。


 本当の友達とは少しずれた関係。これから先の未来について、今の私は深く考えていない。

 未来の問題は未来の私が、きっと解決すると信じたから。

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