2月15日
季節の移り変わり、日の変わり、一日という時の中にあるものだ。
「今年もこの日がやってきたな……」
「そうだな……」
そして、暗い表情と溜め息交じりで、この日が過ぎることを切なく感じる高校男子が2人もいるものだ。
世間の日にちは2月15日。
その夕方。
相場竜彦と、舟虎太郎はファミレスに入って、とある悲しい作戦会議を始める。その前に
「どうして、今年もチョコをもらえなかったと思う?」
「単なるイジメかな?陰湿な……」
そんなのでイジメと言ってちゃ、脆すぎるぞ。別にどうでもいい奴にはどうでもいい日だ
「バレンタインデーなんてさ、もう女子達の話だよな」
最近流行りは友チョコらしい。もらっている奴もいたよ?でも、友チョコが7割近くであった。女の子同士の、温かな友情確認ゲームだと思ってみれば、渇いた笑いが出てくるわ。お前等、もっとど汚い性を持っているだろう。
「彼女ありの坂倉はともかく、四葉みたいなイケメンはずりーな。チョコ沢山もらえて」
「分けてもくれねぇし」
「イケメンずりーよ」
まぁ、そんなもんだ。
「御子柴からさ、袋を手渡されたんだよ。ハート型にラッピングされたもの」
「マジ?良かったのか?相場」
「中身がよ、固形チーズだったハート型になるようチーズオンリー、その数18個」
「食ったのか?」
「その場で2個食って止めた。さすがにバレンタインデーでチーズだけやたら食ってる奴いたら、不気味だろ。御子柴に写真撮られる前に止めた」
そりゃそうだ。チョコ買ってくる方がまだマシだ。昼食時間でもねぇのに、チーズばっかり食っていたら頭がおかしく思われる。御子柴のからかいだろう。
「俺は川中さんがチョコを作ってくるか、買ってくるか妄想していたんだ」
「学校一の大天使、川中さんだもんな。チョコ沢山持ってきてたそうじゃねぇか」
「迎と嶋村に訊いてみたら、やっぱり川中さん。チョコ沢山、作って来てるってさ。いいなぁ、思ったら。そこにご本人がやってきて」
『友達みんなに配れるだけ作ってきたよ。嶋村、迎、食べてー』
………それは間違いなく、大天使だけど御子柴以上に性質悪いわ。
「つれぇな、舟。大天使、川中さんらしいけど」
「そうだよな。友達にすらなれなかったのか」
でも、川中さんが謝ってくれたのはとっても嬉しいことだと、舟は黙って思っている。チョコがそこで尽きちゃったからしょうがないよね。女子生徒全員分、作った川中さんってホント、大天使だよ。四葉にあげていたのも知っているけどさ。
お金は払うので川中さんから、チョコを頂けるという癒しシチュエーションはできんでしょうか?チョコ代を含めて、5000円までなら引き受けたい。
「さて、ここでもう良いだろう。バレンタインデーの話なんてよ」
「そうだな。今日は、その裏側。2月15日だからな」
◇ ◇
各地のお菓子店は今、野犬という男共に狙われている。
当日にそれをやってしまうと、『え、この男子wwwチョコもらえなかったのwww』みたいな、クスリと笑う女性店員(主婦層系)がいる事もある。勇気で恥を受けるというのは、愚策という他ならない。己の品位を、プライドを落とし、金を差し出し、仕事としている女性から受け取る。最低限にもならんことをセーフと言い張るのは無理というもの。
勝負は白黒。1か0かで大きく変わり、その中身も違う。
胸張っていこう、今日一日。生まれて進んだ時ん中で、人に何思われてたか、よー分かる日じゃねぇか。チョコは逃げるもんじゃねぇし、チョコの味にも数にも、特別格別はないもんだろ。
「そんなん思っている奴は、チョコもらったことねぇ奴の言い訳だ」
「0がいいんならチョコ食ってるんじゃねぇよ。カス。BEST3、2枚増量だから買うとか、お菓子業界に釣られてやがる」
しかし、この男達。2月14日だけは避けた。0時を過ぎ去るその時まで、チョコを買おうと並ぼうとしない。他のカップルの邪魔をしない。プライドのみで列に並ぶのも馬鹿らしく、迷惑。むしろ、女子からもらえると淡い期待をするほど、一途に馬鹿の方がカッコイイからだ。
「ふっ」
「ふふふふ」
しかし、その期待は裏切られた。結果を見て分かった。反省会は翌日の夕方でいい。狙い目って奴さ、売れなかったチョコやケーキがちょっと安くなる店はいくつもある。
負けた男らしい振舞い方さ。残り物を食らうが、お得なところだ。食うチョコ達と俺達は同じだ。
「でー、良いケーキ屋なんだろ。舟」
「事前に調べてあるさ。なんか、言ってて悲しいなぁ、おい」
「ホントに俺達0個だもんな」
行きたかったケーキ屋があった。男2人で入るとなんか不自然に思われるかもだが、否。1日ずらしたんだ。ちょっとはマシなもんさ。
案の定、ケーキ屋には並ばないし、売れ残っているケーキがちょっと安くなってる。本日までに召し上がってくださいの掲示が。
それを目当てで、男2人で買い込む。不自然ないよう2つ買い込む。
「家で食うか」
「そうだな」
こいつと一緒に食うわけじゃない。俺達はただ、ケーキの売れ残りを買いに来ただけだ。そんな寂しいバレンタインデー反省会、その後編を一緒にやるわけねぇだろ。
2人は並走して歩くも、ちょっと離れていて周囲には邪魔っぽいけど、これくらいが良い距離なのだ。そんな2人に飛び込んできたのは自転車のベル。おっととって避けようとするも、自転車から声が
「あれー。舟くんと相場くん?」
「なにしてるのよ、2人共」
「!?か、か、川中さん!?」
「嶋村まで……」
まさかのクラスメイト。それも女子との遭遇。
男2人の手にはケーキがある。川中さんはそれにまったく気付かず、2人の歩調に合わせるため、自転車から降りた。一方嶋村は、それがケーキだと分かってちょっと笑っていた。さすがに女子にバレるのは恥ずかしい。ぐっ、と凹む。御子柴じゃないだけまだマシだが……。
そして、相場達も川中さんの自転車に詰められた袋を目にした。
「それはなに?」
「あー。これ?舟くんを始め、男子生徒に言われちゃってさ。ホントはお金足りなくて用意できなかったんだよね」
「え?」
「明日になっちゃうけど、男子の分もチョコを作って持っていこうと。昨日は渡すのに忙しくて、買い物もできなかった」
川中さん、マジで大天使!!バレンタインデーなんて、とうに過ぎたっていいもんね!!チョコがもらえるのなら!!
「ま、ま、ま、ま、マジですか!?」
「御子柴さんや嶋村さんとか、他色々と。女子からお金を頂いてね、代表して私と嶋村さんが作るの」
「お、お、お、俺にもあると!?」
「そうだけど?甘い物、嫌いだった?」
「とんでもございませーーん!」
ケーキを買った直後に天使の施しがやってくる宣言。そこに付け足して、嶋村が提案を一つ。
「っていうか、相場達。それケーキだよね?」
「うっ」
「売れ残り狙うとかダサっ」
「五月蝿い!いいじゃないか!」
「まー、丁度良いよ。今から川中の家に来ない?手土産あるの嬉しいし」
「あ、いいねー。ケーキもあるから軽いパーティーだね」
おいおいおい。まさかの川中さんの家に行けるとか!?チョコ作りを見るだけに限らず、一夜を過ごす展開までアリアリですか?ですか!?
◇ ◇
「いやー、このケーキ旨いなぁ。本日限定の割に」
「良い手土産じゃない」
川中さんの家にやって来れた幸福感は確かにあったが、
「ケーキありがとうございます」
「悪いな、相場。舟。俺達、何も持ってきてないんだ」
「こーいうオチか」
そこには男友達の、坂倉と四葉。女子の御子柴、迎までいる。なんだよ、いつもの8人かいって状況に溜め息をもらした。ケーキがあるから俺達は誘われただけですか、そうですかって気分。
しかし、……
「エプロン姿の川中さんは美しい」
「だな!何かお手伝いできることはありませんか!?」
「手伝ってくれるの?嬉しいなぁ」
「あいつ等、食べてるだけだからね」
川中さんと一緒に(嶋村はついで)チョコレート作りなんて、サイコーだ。
「あ。じゃあ、相場くんと舟くん。私と嶋村さんがチョコの作り方を教えてあげるから、やってみたら?買って来たチョコを溶かして、固めるだけだけど」
「差別は嫌だから2人で2人を教えてあげる。ちゃんとやりなさい」
「おう!」
「それでも良いぞ!」
楽しい女子とのチョコレート作りなんて予想できない僥倖。バレンタインデーは過ぎたけど、最高の2月15日だぜ。
しかし、嶋村と御子柴が黙っているわけがないだろう。それはちょっとだけ分かっていた相場と舟。
◇ ◇
「はい、チョコ」
「おおおおぉぉっ」
「チョコですよー」
「川中さんからチョコを!?」
男子生徒達は当然ながら興奮する。大天使、川中さんなど、女子から手渡される2日遅れのチョコのプレゼントだ。
「手作りですか!?手作りですか!」
「はい」
「そうね」
「手作りなのは事実」
男子生徒全員が盛り上がったところで
「相場と舟の二人が作ったわ(ほぼ作っていただけだけど)」
「はい。2人共、結構上手に作れましたね(教えただけで何もしてない)」
「まー、本命ないから。友チョコと思って受け取って、男子達」
男子全員が投げ出したくなったチョコ。そして、相場と舟は数日間。ホモ疑惑騒動に発展するのであった。
「俺は別にいいぞ。気にしないどころか、気になるぐらいだ」
「四葉。女子からも男子からもモテモテだな」