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彗星ノスタルジア  作者: 鎮
#1 蒼い星
1/2

01





数多の彗星が降り注ぐ日

彗星は地球に牙を向けた。
















***






ふわふわ、と、独特の気持ち悪さを感じた。

夢でも見ているのだろうか。身体に感じる謎の浮遊感がそれを物語らせる。普段では感じることのないだろうこの感覚は、私の目を開けさせるには十分だった。うっすらと、ほんの僅かな光だけが視界に入った。

やっぱり、夢だ。今度は確信が持てた。私の瞳が写したのは、目の前いっぱいに広がる宇宙空間そのものだったからだ。夢だと頭で理解しているからだろうか、不思議と、驚きはしなかった。顔をゆっくりと上げる。どうやら私は体育座りの格好で眠っていたらしい。顔を上げた先には、本来だったら私がいるべきであろう青い惑星、地球があった。周りは案の定暗黒の世界で、名前も知らない星ばかりが地上から見える夜空の景色と同じように散りばめられていた。その中でも地球はいっそう目立って見える。

とても、人間が生活を営んでいるとは思えない程の蒼く澄み切った惑星。生命の色。地球は青かった、まさにその通りだ。画用紙の上で描き出される絵の具の色なんかとは比べものにならない。唇を開いたりなんかして、思わず溜め息が出た。本物の宇宙なんて見たことはないけれど、宇宙はきっとこういうものなんだろう。自然に、綺麗、と言葉が口から零れていた。


はっとした。私の周りで輝き続ける星への興味からではない。私は、果たしてこんな低い声だっただろうか?まるで男だ。思春期を少し過ぎたばかりぐらいの。腕を顔の前にまで持ってくる。いつもより幾許か大きく見える私の腕。普段はもっとほっそりとしていた筈だ。すらりと伸びた脚。程よく筋肉のついた肥満とは縁のなさそうな腹部。鏡なんてもってないから、私が今どんな顔をしているのかはわからない。髪の毛をひとつかみしてみれば、1本1本が僅かな光に反応してきらりと輝きを放った。明らかにこれは自身の身体ではないといえる。というのも、何よりの大きな違いである胸元がそれを証明しているからだ。以前なら確かにあった膨らみは、今、そこにはない。この身体は全く知らない誰かのものだ。





一体、これは誰なんだろう。







***
















「彗星ノスタルジア」
















***





「うぅ…」

カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。起きたばかりで冴えない頭を抑えながら、ゆっくりと身体を起こした。近くに置かれた目覚まし時計を見ると、朝の7時を示している。

高校2年生、串田巴-くしだ ともえ-の起床時間としてはちょうどいい時間だ。ぼさぼさの髪の毛をある程度直しながらリビングへと向かう。昨夜、お風呂上りの髪の毛をドライヤーでしっかりと乾かしたおかげか、手櫛で髪が絡まることはなかった。

「気持ち悪…」

なんだか変な夢を見ていた気がする。だが夢での景色はあまり覚えていない。記憶を遡ってみても、まるではさみで切り取られたかのように情景が思い浮かべられなかった。無理に思い出そうとしても無駄だとわかり諦める。起きたばかりで頭が冴えていないせいもあるのだろうか、気分は少し憂鬱気味だ。

リビングへと階段を駆け降りれば、テレビのニュースを見ている父と、私の制服にアイロンをかける母、そしていかにも眠たそうな顔で朝食のパンを頬張る弟の姿があった。

「おはよ、」

「あら、おはよう。」

母がそう言うと、父も私に気づいたようで、おはようと挨拶を交わす。弟はトーストを加えながらちらりとこちらを振り返り、んーと唸っただけだった。すぐにトーストは弟の口の中に消えた。

制服に着替え、朝食を済まし、ある程度の準備が終われば目は自然にテレビのニュースへと向かう。今朝のニュースです、とちょうどアナウンサーが報道を始めたところだ。

«昨夜、午後22時頃、◯◯県××市の上空を彗星が通過し、▲▲山の麓に彗星が衝突しました。幸い市民に被害はなく、現地に派遣された調査チームの調べによりますと、彗星の大きさは半径ーーー »

「また彗星落ちたんだね。」

学校に行く準備の出来た弟がそう言って同じようにテレビを覗き込む。眠気はもうすっかり消えたようだ。

「最近ってか、ここ数年すごい色んなところに落ちてるし、そろそろここにも来るかもね、彗星。」

「…ほんとにきそうだからやめて。」

弟のタチの悪い冗談だけで済むといいが、本当に、いつ何処に彗星が落ちてきても可笑しくないのだ。この10年間、どれだけの彗星が地球に被害をもたらしてきたことだろう。地球が滅亡しないのが奇跡の様だ。

父は既に出勤し、弟は部活があるからと先に出ていった。比較的のんびりとしながら忘れ物がないか確認してから母に行ってくると声を掛ける。こんな生活があとどのくらい続けられるだろうか。

玄関の扉を開けて外に出ると、彗星などなかったかのような清々しい陽の光が広がっていた。






*01『蒼い星』






時刻は夕方の6時過ぎ。夏はこの時間でもまだまだ日は明るい。巴は友人たちと学校帰りにコンビニでアイスを買い、食べながら帰路につく。途中で友人たちとは別れ、ひとりで歩き続けていると我が家が見えてきた。

「ただいまー。」

玄関の鍵を開けて中に入ると、家には母のみしかいないはずだが、今朝にはなかった騒がしさがそこにはあった。なぜか母は自身の服を何着かリビングに出すと、テレビの前のテーブルに服を並べて何か考え込んでいた。

「おかえりー。あ、あんたまたコンビニでアイス買ってきたでしょ。」

振り向いた母は私がアイスのゴミを持って帰ってきたのに気がついたらしい。確かに私の左手にはゴミが握られていて、おかげで少しベタベタだ。

「うん、まぁね。ところでお母さん、何してんの?」

「何って、準備よ準備。ほら、お母さんもうすぐ宇宙旅行にいくから」

「…宇宙旅行?」

私がそう言うと、そうよ、と母は満足気に頷いた。母のすぐ側には開けっ放しのスーツケースがあり、ちょうど荷物を積めているところだった。

「ほら、前にあんたに言ったでしょ?そこの商店街で買い物するとくじ引きができるってやつ。お母さん、たまたま商店街でお買い物したからやってみたの。そしたら、まさかの一等の宇宙旅行なんか当たっちゃって!2人分あったから誘ったのに、あんたってば断ったじゃないの。かといって凪は部活あるから無理だし。」

そういえば、そんなことあった気がする。凪-なぎ-とは私の弟の名前だ。最近は部活が忙しいらしく、ちょうどその日も部活があるため行けない。サボろうとしないあたりが弟のいい所だと思う。私も母がそんなことを話してきたときは、スマホでインストールしたばかりのアプリに夢中になってて、一等の宇宙旅行に当選して興奮気味だった母の話はあんまり聞いてなかったし、宇宙旅行が最近人気になってきたとはいえ、行き先は地球を離れた宇宙なのだ。何が起こるかわからない宇宙に行くなんて、正直怖い以外の何物でもない。

「だからお父さんと一緒に行くんでしょ?お母さんちょっと抜けてるんだから、くれぐれも気をつけてよ?それに、宇宙旅行って言ったってまだまだ宇宙なんて危ないんだから。」

「はいはーい。」

なんだかどちらが子供なのかわからなくなってきた。娘は、どこか浮かれ気味の母が心配で堪らなくなった。


凪が帰ってくる頃には、母の準備は大体終わっていた。彼は私とは違い、母の話を聞いていたので一目で状況を把握したようだ。自身の荷物をそのままリビングのテーブルの横に放り投げると、そのまますぐ私が座っていたソファに勢いよく腰掛けた。よっぽど疲れていたらしい。だがすぐに母から着替えもせずにだらしないとこずかれ、しぶしぶジャージを脱ぎ始める。姉の前だからという恥ずかしさは一切なかった。10何年も兄弟として共に過ごしてきて、お互い遠慮はない。むしろ、姉としては無駄な肉のない弟の身体を見て妬ましくさえ思っていた。可愛らしいマンモスの絵柄がプリントされたTシャツに着替えると、今度こそ姉の隣のソファーへと勢いよくダイブした。凪の父親譲りのほんの少し青みがかった黒髪がソファーに広がる。

「母さん明日は何時頃に出るの?」

「んー、あんたたちのご飯の準備とかあるから、そんな早くはないわね。10時ぐらいかしら」

「俺も部活なかったらなー、母さんお土産ちゃんと頼むよ。」

「私の分もお母さんよろしくね。」

「はいはい。楽しみにしてなさいよ。」

もうすぐ父も帰ってくる。そうしたら明日、父と母は3泊4日の宇宙旅行だ。





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