表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Clear―クリア―  作者: あやめ
5/11

5羽




 コツ、コツ、コツン、   コツン……


「あぁー!! きっつーいい!まだなのぉ!?」

 ついに絵里奈が叫んだ。よくもったな、と前を歩く刹那は思った。もっと早く音を上げると思っていた。もう下を見ても上を見ても同じ景色だ。ぐるぐると回っている。どれほど昇ってきたのかわからない。

「そうだな……。行異もいないしな」

 刹那もくたびれた顔でボソッと言う。

「別にいなくていいわよっ! なんてこと言うの!」

 絵里奈はあの行異の目を思い出して顔を青くする。

「いや、なんかこう、多少の冒険感とかそろそろ欲しくないか?」


 ドクンッ


「えっ!?」

 刹那と絵里奈は同時に声を出して顔を見合わせた。

 ドクン、ドクン、ドクドクドクドクドク……ドクン……ドクン……ドクドク……


「刹那が変なこと言うからよぉ!」

 ごもっともな絵里奈に刹那は何も言い返せない。

「本当にくるかぁ? しかもこの鼓動、尋常じゃない数だぞ……!」

「ひっ!」

 絵里奈の目と一つの目があった。

「目が……、一つ、二つ……」

 絵里奈が呟く。

「うるさいっ! いいから僕の後ろに!」

 刹那が絵里奈の腕を掴んで引き寄せた。

「どっちが後ろかわかってるの!?」

 絵里奈がギュっと刹那の背中をつかんで叫ぶ。

「……くそ……。数が多い」

 剣一本じゃ無理だ。

 下からの行異の行進。耳がおかしくなりそうだ。ズルリズルリと這う音も、鼓動音に紛れて確かに聞こえる。刹那は体の重心を少し後ろにする。

 その瞬間

「きゃぁああ!」

 絵里奈の悲鳴。振り返った刹那は絵里奈の肩にかぶさる濡れた羽を見た。

「絵里奈っ! くそ!」

 聖異剣を振りかざし、絵里奈から羽を削ぐ。しかし、今度は自分に向かって羽がずっしろと覆いかぶさった。

「うわっ!」

 ドクン……ッ。

「やめっ……!」

「刹那っ!」

 絵里奈の体も行異に押しつぶされそうになっている。

 ドクン、ドクン。これは僕の心臓の音か?

「やめろ……」

 刹那の右手に羽が巻きつく。

「やめろぉおおおおおおおお!!」

 その時、刹那の右手の紋章が浮かび上がってきた。

「はっ!」

 刹那は涙目でその光景を見る。「うっ!」すぐに目はつぶってしまった。あまりに眩しかったから。

 そして、

 次に目を開けた時にはすっかり行異の姿は消えていた。



「へぇ……、すごぉい」

 のほほんとした声が束の間の静寂を破った。

「アイオーン!?」

 刹那は振り返る。

「危険な臭いがしたから」

 刹那はそう言うアイオーンを知らず知らずのうちに睨みつけていた。

「遅いわよっ! もっと早くこれるでしょ!!」

 絵里奈が無邪気にそう怒鳴ってくれた。

「……」

 刹那はそれで少し冷静になった。

「ときどき、揺れるしな」

 アイオーンの登場の遅さには目をつぶることにした。きっと、いつだって助けに来れたはずだ。刹那はそう思った。この紋章の力でも見たかったのか?

「だよね、刹那何にも言わないから私だけぐるぐる回りすぎて頭がおかしくなったかと思ったよ」

 絵里奈が続く。

「それは神が近いから。昇れば昇るほど神に近づくから。揺れもひどくなるの」

 アイオーンが言う。

「神?」

 刹那は眉間に皺を寄せた。

「あー、詳しくは和加に聞いてっ!」

「和加……、和加もここにいるのか!?」

「ああっ! 人がいるよ! 刹那!」

 アイオーンと刹那が睨みあっていると、絵里奈が興奮気味に叫んだ。

「上級天使か!」

「アジレスタ様ぁ?」

 睨みあっていた2人は絵里奈のほうへ顔を向ける。

 少し階段を昇ったところに見えたシルエットで、すぐに上級天使ではないことがわかった。

「違う……。誰だ?」

 上級天使ではない人物に、アイオーンの顔が冷たくなった。

「ルカ……。涙目のルカよ。いっつもその目に包帯してて、涙を流してる。包帯したところで、まるでとまらない血みたいに流し続けてる。彼女、ここから離れないの。危険な臭いがする。近づかないほうがいいわ」

「そう……よ」

 絵里奈はなぜかアイオーンに素早く同意した。

「でも……、ほっとけない……」

「刹那っ!?」

 絵里奈の声をはねのけて、刹那は涙目のルカに駆け寄った。羽がないから、人間だ。こんなところで留まっているのは危険なんだ。

 階段に座り、下を向き、ポタポタと雫をたらす少女を、刹那は助けてあげたいと思った。助けられるのは、自分しかいない。ここには天使がいるのに、君をほっとくんだから。

「キレイな愛を探してるの!」

 刹那が顔をのぞきこもうとした時、少女は思い切り顔をぐるんと上げた。

「え?」

 さすがに刹那は驚いた。

「持っていませんか?」

 ポンっと顔が赤くなったのはもちろん刹那のほうだ。

「回音刹那、その子はわけわかんないの。関わらないほうがいいよ」

 呆れたようにアイオーンが言った。

「……なんなの? それ」

 刹那はそれに反してルカの目線と同じところまでしゃがみ込んだ。片方しか見えない目が、とても美しかった。和加の目と似てる。

「回音刹那ぁ?」

 アイオーンはすっかり呆れかえった。

「知らないの? お水みたいな色してるのよ」

「お水……?」

 透明ってことかな? 水って何色?

「回音刹那! 早く! 関わらないで下さい。その子、危険な臭いがするって言ってるじゃないですか!!」

 言うことを聞かない刹那にアイオーンは怒りを表して叫んだ。

「アイオーン、ちょっと待って!」

 刹那はルカから目をそらさずに返事をした。

「もー、アジレスタ様に怒られるぅ~」

 絵里奈は焦るでもなくアイオーンの横でただ2人の様子を見ていた。

「ここは危険なんだ。変な怪物がうようよしてる。だから……、だから僕らも手伝うよ」

「回音刹那!?」

 アイオーンが叫ぶ。

「ね、1人でこんなところにいても何も見つからない。僕も一緒に探してあげる。だから、行こう」

「本当……?」

 ルカの目がうるんだことがわかった。その目と目が合ったときから、この青い瞳からは逃れられないと思ったし、逃したくないと思っていた。優しく刹那は頷いた。

「はぁ……、もう知りません!」

「アイオーン……」

「正気なの!? あれほど危険な臭いがするって言ったのに! 今、この夢遊器官塔は不安定な状態なんです。あなたがまずすることは……、一刻も早くアジレスタ様に……」

「そうよ、刹那! ここに人がいるなんて不自然よ! 考え直して!」

 アイオーンの言葉を遮って、絵里奈がやっと口を開いた。

「嫌だよ!」

 それは悲鳴のようにも聞こえた。

「放っていくっていうのか? 大丈夫、責任は僕が持つから。ユッチも、この子も、みんな助ける。ここまで来たんだから」

「もう、いいです! 私はちゃんと忠告しました。それを聞かなかったのは回音刹那、あなたよ。今度はさっきよりももっと大きな危険がきます。わたくしが間に合わなかったらそこでアウトよ。気をつけてね」

「あ……」

 そこで、刹那の言葉も聞かず、アイオーンは姿を消した。


「大丈夫、君に危険な臭いなんてしない」

 その時の刹那にはわからなかった。大量の行異を浄化した後だったから。

「……」

 ルカは無言で刹那を見ていた。

 そこに風が吹く。勢いよく2人の横を絵里奈が通った。

「ま、待てよ」

「急がないと、また行異がくるよ」

 絵里奈の顔は案の定怒っていた。刹那はなんだか悪い気がしたけど、何も言わず、黙ってルカと絵里奈の後に続いた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ