2羽
2
「大変っ! 大変よ、刹那っ!」
いつも場違いなほど元気よくドアを開けて入ってくる絵里奈だが、今日の元気のよさはいつもとは様子が違った。
「元気だな……。なんだよ、昨日の今日で……」
刹那もまたいつも通りの気だるい声でそう言った。
「ユッチが!」
その名前を聞いた瞬間、刹那の目は大きく開かれた。
「ユッチが行方不明って!」
息を切らしながらそう伝える絵里奈の顔をしばらく茫然と見たあと、刹那は無意識に立ち上がっていた。
「なんだって?」
「詳しいことはわからない。でもユッチの周辺は混乱してる。あのユッチが、帰ってこないから……」
僕の親友、昔からずっと一緒に育ってきた。生きてきた。お互い別々のところで働くようになってからは、あまり会っていない。だけど、いつだってユッチとの心の距離だけは変わることなく近くにあると、そう思ってきた。
しっかりした奴なのに……。
「あたし、もっとみんなに知らせてくるね!」
「あ、ああ」
刹那は慌ただしく飛び出していった絵里奈をなかば上の空で送りだした。
「ほら、ユウイチは君のための犠牲者なんだよ」
背後から聞こえた声。なぜか刹那はすんなりとその状況を受け入れることができた。振り返った刹那を、やさしい顔で少年は見ていた。
「君は……、誰だ?」
「私は私だよ。名は、和加だよ」
刹那を見つめる和加という少年の目は相変わらずのどこまでも透きとおるような青だった。
「ユウイチはどうやらケルメンのメロディを聞いてしまったらしい」
「え?」
「行異の住処の中だよ」
話がどんどんと進行していくのも相変わらずだった。前置きが一切ない。
「助けに……行かないの?」
かわいらしい少年は一瞬で冷たい目をして刹那を見た。
「君は……、ユウイチのいる場所を知っていると?」
刹那は話につきあうことにした。この少年は夢でもなくここに存在しているのだ。この少年を無視することはできないんだ。
「そうだよ、空間を越えて、正確に言えば、『夢遊器官塔』へと向かうんだ。その場所にユウイチはいる。ユウイチはケルメンに気に入られたんだよ」
すぐに和加のご機嫌は戻ったらしい。もう冷たい目はしていなかった。
「カイネを、待っているよ」
堂々と断言する和加に、刹那はなんとも言えない不思議な気持ちになった。
「詩を、つくるのが好きなんだよね。だったら、その話のネタをとりにいくつもりで、一度歩きだしてみなよ。きっといい詩が書ける。なにより、ユウイチを助けたいだろ?」
「いいよ」
そこで刹那はまるで和加の返答かのように素早い間で答えた。
「僕は和加を信じてない。だけど、騙されたと思って、いい詩を書くために、和加についていくよ」
和加はその刹那の言葉を聞くと満足そうに頷いた。
フォン……
「えっ!?」
和加の右手が動いた。一度ギュッと握りしめた手をポン、と弾けるようにひらくと、そこに金色の柄の剣が現れた。
さすがに刹那の顔は青くなる。驚きすぎて。
「行異にもいろいろいるんだけど、ほとんどの敵と呼べる生物はこの天使の血で固められた聖異剣でじゅうぶんだよ」
そのマジックみたいにして呼び寄せた剣を、和加は刹那の目の前に差し出した。
「はい」
そしてにっこりと笑った。刹那は渋々と受け取った。
「僕はまた現れる。この青い瞳を覚えておいて」
和加は忘れないで、と刹那に念押しするようにその瞳を印象付けた。
僕はこれで、あの、昨日頭の中でみたあの生物を殺すのか? あの、羽に一つ目の、異なるもの。行異。
「ちょっと待って! 刹那が行くなら私も行くわよ!」
元気だな、その声を聞くと刹那は一息つくことができた。
「絵里奈ぁ?」
ついてくるってのには納得いかない。しかし、和加はそうでもないようだ。
「行くのを止めないけど、君にはつらいよ? ハルナ。カイネはいいけど、君には、行異にならないためのディスクをつけよう」
「なっ、なんで刹那はよくて私はダメなのよ、ディスクなんていらないわ!」
「ハルナ、カイネは紋章こそがディスクの役割を果たす。カイネもつけている。さぁ、だからハルナもつけるんだよ。カイネと一緒がいいんだよね? つけないのなら連れて行かないよ」
どっちが子どもなんだと聞きたくなる会話の後で、絵里奈の腕にディスクが付けられた。カチッと音を鳴らす。
「さぁ、行ってきて」
え?
「どこへ? 和加も来てくれるんだろ? 道もわからないし」
刹那は急に不安になって和加につめよる。
「外に出ればもうそこは『夢道』。三つの生物が生きているところ。大丈夫、僕はまた現れる。これからはちゃんと天使の導きがあるはずさ。外に出れば、私の存在も何もかも、嘘か本当かなんてすぐにわかるよ」
あまりに穏やかに和加がそう言うので、刹那はすんなりと首を縦に振っていた。
そうだな、一歩外に出ればわかること。
「行ってくるよ」
刹那はゆっくりとそう言った。絵里奈も刹那の横にぴたりとくっついている。和加はまた少し微笑んだ。
刹那はドアノブをひねる。
パタン、
和加は扉の閉まる音を聞いた。微笑はそこまでだった。
「信じて、信じられて、最後に泣くのは、君か私か……どっちだろう」