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Clear―クリア―  作者: あやめ
1/11

1羽


Clear‐クリア‐



 とおい とおい 昔のこと

 

誰が言ったの? 真実とか、嘘なんて。

 気付いたの? 空が青いって、あかいって、黒いって

 知ってたの? 私がここにいるって。

 神様も、天使も、人間も、悪魔も、

 見えてるの? この命が。


 「信じてる?」

        「ううん」

 「信じてない?」

        「ううん」

 「何を言いたいの?」

        「何を知ってるの?」



「じゃあ、何を愛してるの?」



 「すずめ」

  「だって、私の話しをだまって聞いてくれるのよ」

 「違うの。人間を愛してるのって聞いてるの」

         「人間?」

           「―――……」







「やっぱり怖いよねぇ、刹那の詩って」

 春名絵里奈は顔を歪めながらそう言った。

「そうかな、奥が深くていいと思うけど」

 両手にコーヒーを持った店の主人、回音刹那がのほほんとした雰囲気を漂わせながら自分で自分の作品を褒めた。

「だめだよ! 意味わかんないもん。まぁ、なんとなく好きなんだけど」

 絵里奈はそう言いながら刹那からコーヒーを受け取った。

「なんだよそれ」

 刹那は軽く笑った。

「刹那の詩は好きよ、でもさ、お客来ないから意味ないよね。なんかさ、チラシとかさぁ、ポスターでも書こうか」

「うーん……、絵里奈が書いてよ。僕、そういうのは得意じゃないし、よし、タダ飯食いのアルバイト! お前の仕事だ!」

 回音刹那は「詩」を人に読み聞かせる物読み屋だ。そして春名絵里奈は2年も前からここに勤めているアルバイトだ。刹那はもうかりもしないのに変な奴、と思っていた。タダ飯食い、なんて言ったものの、まともにバイト代をあげた記憶がなかった。


「すみません」

 そこに突然声がした。

 刹那は驚いてその声の方へ顔を向けた。店のドアが開く気配がなかった。

 第三の人物は、突然ここに存在した。

「あらぁ、珍しい。坊や、動物の本を読んであげましょうか?」

 絵里奈は素直に客の来訪を喜んだ。顔をパッと明るくしてその客のもとへ駆け寄りしゃがみ込んだ。目線を同じにした。

 その客は、6歳ぐらいの子どもだったから。

 刹那はコーヒーを一口すする。確かに、子どもなんて珍しいな、と思った。

「回音刹那さんですよね? 手に紋章のある」

 少年は、またもや急に刹那の目の前に居た。いつのまにやら絵里奈のことを見事に無視して刹那の前へ立ちはだかっていた。刹那はなぜか一歩後ずさってしまった。

「見せてくれませんか?」

 少年は笑っていた。それは、まるで天使のようだった。大きな青い瞳。透きとおる細い髪。白い、肌。この世界で『浮いている』。刹那の第一印象はそれだった。そして、なんか怖い……。

「え? いや、え?」

 突然の質問に刹那の頭は完全に混乱した。この状況はなんだ? つじつまが合わない。夢だ。

 混乱している暇などなかった。少年はすかさず刹那の腕をぐいっと引っ張った。

「うわっ!」

 情けなく悲鳴を上げた刹那。少年は凝視した。掴んだ右腕。まくりあげたシャツ。そこには少年が見たいと言ったものがあった。刹那の右腕には、まるで彫ったかのようなアザがうまれつきあった。いびつに浮き出た血管。それが重なり合って紋様を作っている。

 怒鳴ってもよかった。でも刹那は言葉がでなかった。「なにすんだよ!」と言おうとした瞬間に見た少年のその真剣な眼差しが、あまりにも純粋だったから。暫くの間、少年はじっと刹那の腕の紋様を見ていた。そして顔を上げた。刹那と少年の目が合った。驚くほどかわいらしく、少年は刹那に微笑みかけた。

「君は、本当にカイネセツナなんだね」

 そして満足そうにそう言った。

「本当って……。君、僕のこと知ってるの?」

 僕はきっと知らない。刹那はそう思ったから気味の悪いものを感じていた。この手のアザも、気持ちが悪い。刹那にとってはそうだった。

「今、この世界が危ないんだよ。それを止められるのは君しかいないんだよ、カイネ」

 少年は刹那の質問も無視した。もう口元に笑みは浮かべていなかった。

「ここは……、物読み屋だ。どこか違う場所と間違えてるんじゃないか? 君は、ここに何しにきた?」

 刹那も全然笑っちゃいなかった。

「カイネセツナに会いに来たんだよ」

 少年の即答。刹那は次の言葉が出て来ない。だからその場には沈黙しかなかった。

 少年は刹那の顔を相変わらずじっと見続けていた。その眉が少し下がった。

「わからないんだね」

 そしてそう言った。

「カイネ、君は世界……いや、宇宙でただ一人という、『行異』を浄化できる力を持っているんだよ」

「ぎょうい?」

 刹那が顔を歪めてそう言葉を発した瞬間、

「なっ、なんだっ!?」

 刹那は叫んだ。まっ白いフラッシュを当てられたように視界が一瞬でぼやけて頭の中に違和を感じた。

『私は、今君の頭の中に直接意識を送りこんでいる』

 あの少年の声が耳ではなく頭の中にある。

『見える?』

 少年は聞く。

「み、見えるよ」

 刹那は素直に答えた。見えていた。頭の中に、大きな羽が、天使の羽が、ただその羽だけが立っていた。その羽は美しいと思えるようなものではない。羽はずるずると地面をはっていた。ほうきだ。モップだ。その羽は、決して飛ばない。それだけはわかった。異様な生物。それは確かに生きていた。

『そう、その……羽に目がついた生物、それこそ人類と天使の敵……』

 目? 刹那が疑問を持った瞬間、異様なその生物は正面を向いた。たしかに一つの大きな目が刹那を見た。羽根に埋もれた目。

 怖い……。それよりも悲しい……。

『行異だよ』

 これが、行異。

『この生物を完全に浄化することができるのは、君だけなんだ』

 そこで刹那は頭を振った。

「うるさい!」

 少年は頭の中ではなく刹那の目の前にいた。

「なんの嘘だ? ここは僕が、物語を語るところだ。客が物語を語るところじゃない。自分の物語があるならここに来てくれなくて結構だ!」

 少年は刹那の感情の高ぶりにも無関心だった。何も言わずじっとしたままだ。

「何……? じゃあ、つまり、あの生物を殺せって?」

 君の物語の?

「そうだよ」

 少年は即答した。

 ちょっと……、待てよ。刹那はこのスピードについていけない。


「ちょっと待ってよ!」

 思いがけず絵里奈が刹那の心を呼んだようにそう叫んだ。

「そんなわけわかんないこと刹那にやらせないで!」

 絵里奈は怒っていた。刹那よりも。だから刹那は少し落ち着いた。少年は、常に落ち着いているように見える。

「インチキよ! 坊や、物語を聞く気がないなら帰ってくれる?」

 優しく少年に笑いかけた絵里奈はそこにはいなかった。大人気なく少年の手をむりやり取る。力づくで店から追い出そうとしていた。

 そうだ、嘘に決まってる。刹那は言い聞かせるようにそう心の中で言った。だけど、なんだろう、この感じ。なぜ、言い聞かせなきゃいけない? 

「私はまた現れる。君は行かなきゃいけない。君が迷っている間に大切な人が消えるよ」

 少年は刹那から目を逸らすことはなかった。

「私の目を……」

 少年は見つめ続ける。

「覚えておいて」

 そう言われた瞬間に、一筋の汗が刹那の額から流れた。

「帰って!」

 絵里奈が少年を乱暴に外へ追い出した。

 パタン

 扉は閉まった。

「何? あの子、かわいい顔してさぁ……。何かされた? 刹那……」

 絵里奈が刹那を見た。

「刹那?」

 刹那に絵里奈の声は聞こえていなかった。嫌な予感がする。大事な人って――、

誰?











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