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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「僕」

作者: 佑加

初の短編です。

 それは月さえ姿を隠す夜のこと。

 ひたり、ひたり。忍び寄る「ソレ」に、場の空気が張り詰めた。高揚する気分を抑えることは出来ない。それは、そう。最大限まで膨張した風船に、針を近づけたいと思うのと同じような気持ちだ。

 緩む頬を抑えなくてはと思うものの、こんな闇の中では、それは無駄な努力に等しい。

 そしてそれは、一瞬のことだった。

 覚悟を決めたように風船を切り裂いた「男」――よりも速く、振り向き握っていたナイフを一寸の狂いも無くその男の喉元へ突き刺した。

 しっかり刺さったことを確かめた後、それを引き抜く。

 至近距離で初めて、顔を合わせた二人。

「男」は、然程驚いた様子も無く、ただ自分の血が滴るナイフを見ていた。

 重力に逆らう力さえなく、粗大ゴミのように地面に倒れた男を足蹴りし、建物と建物の隙間へ押し込む。

「男」は数回うめき声をあげただけで、それ以上は何の反応も見せなかった。

 ただ。

 立ち去ろうとしたとき、不意に声が聞こえた。

「俺の、負けか」

 そして「男」は、息絶えた。

 「男」ではなく、「青年」だったかもしれない――思っていたよりも高かった声を聞いて、ぼんやりと「僕」はそう思った。


 ナイフの血をふき取り、今度こそ立ち去ろうとしたとき。

「待て」

 再び、制止の声。

 嫌々ながらも振り向くと、「ソイツ」は堅苦しい衣服を身につけ、拳銃を「僕」に向けていた。

「殺したのか」

 頷く。

「ナイフを置け」

 手を開けば、ナイフは宙に浮く――なんてこともなく、カラン、あっけなく落下した。

「何故殺した」

「……」

「何のために」

 「ソイツ」は無言を貫く「僕」に、再び問うた。

 だがしかし、「僕」にはその質問の意味が理解できない。

 「ソイツ」が求めるような答えが、まるでさっぱり分からない。

 襲われたことなど、数えようとも両手じゃ足りない。

 まだ生前の面影が幽かに残る「青年」の死体の、更に、奥。その隙間には、何十と積み上げられた死体の山。

「人を殺すことを何とも思わないのか」

 その目は「人」を見る目じゃなかった。害虫を見るような、親の敵を見るような、そんな目だった。

 「僕」には分からなかった。

 何故そんな目で見られなきゃいけないのか。

 「僕」には分からなかった。

 何故「ソイツ」が、死体を見て酷く動揺するのか。

 だから言ってやった。

 まだ血が乾ききっていない「青年」を見ながら。

 「僕」は、ただ、自分がああならないように、必死に生きてきただけだ、と。


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