04 一服盛られて目覚めたら。
「またか」
再び知らない場所で目が覚めた。今度はずいぶん豪華な部屋ですね。
あの後、神殿内の小部屋に通されたあたしは、すぐに自分は女神ではないと言おうとした。あの胡散臭い神官はその度にのらりくらりとこちらの言葉を遮り、お疲れでしょうとお茶と甘味を用意させた。
唇がカサカサになるぐらい喉の渇いていたあたしは、神官への怒りも手伝って一気に茶を飲み干し
意識を失った。
まさか神官様に一服盛られるとは思わなかったよ。これでも結構信心深い方なんだよ。じゃなきゃ今頃神様も世界も呪ってる。
とにかく状況を確認しようと、身を起こしてあたしは青ざめた。
夜着に着替えさせられてるだろうとは思ったけど、何コレ。透ける程の薄絹一枚で、丈もずいぶん短い。前回とは違って、髪からはふんわりとお花の良い香りがする。何かの駒にされたなとは思っていたけど、最悪の状況だ。
部屋のドアがノックされ、あたしはさらに青ざめる。「入るぞ」という言葉と同時にドアが開かれた。
入ってきたのは予想に反して若い男だった。二十代半ばぐらいだろうか? 結べるほどではないが、少し長めの焦げ茶色の髪。部屋の灯りが抑えられているので一瞬黒髪黒眼に見えて、驚いた。意志の強そうな眉に濃い赤褐色の瞳の、ずいぶん整った顔の青年だ。
ともすれば線が細く見えそうな顔立ちだが、背の高さと姿勢の良さが男らしさを加えている。物語に出てくる王子様か騎士といった風貌だけど
「絶世の美女……とはいかないか。まぁ化粧でもすれば見れる顔だ。これなら何とかなる」
……性格は、悪いようです。
脂ぎった中年が現れなかったぶん心理的には余裕が出来たけど、依然危機には違いない。あたしはシーツを握りしめて警戒した。
男はあたしを面白そうに眺め、にっこりと笑って礼をとる。
「ハクカ国第4王子、ジル・ドゥ・ラ・シリス・ハクカと申します。女神様の御降臨、私も国民も均しく感謝致しております」
マジで王子様かよ。こいつの笑顔も胡散臭い。これは絶対腹に一物ある笑顔。
「女神様をわが妻と出来ますこと、この身に余る光栄。女神様の血を引く御子を授かる事が出来ましたなら、この国にまた『花の時代』が再現される事でしょう」
ちょっと待て。今何て言った!?
「私は! 女神ではなくただの……っ」
「そんな事は皆知っている」
突然声色を変えて、冷たくジルは言う。
「王が、王家が望むのは黒髪の皇太孫だ。その為に髪色が濃く、神力の一番強い俺が選ばれた」
伸ばされた指が頬に触れて、あたしはビクリと身を跳ねさせた。どうしよう。どうすればいい? 求められたものは女神ではなくて黒髪の子供。
欲しいのが女神、もしくは偽物の女神なら色々と交渉の余地はある。だけど、欲しいのが子供ならあたしの意志は全く考慮されない。
抱けばいいだけなのだから。
愕然とするあたしに、ジルはくすりと笑うと宥めるように頬を撫でた。
「まぁ、大人しくしていれば大切にしてやるよ。内心はともかく、国王ですらお前には膝を折る。民は皆、無条件でお前の味方だ。悪くないだろう」
悪いよ。今までで一番最悪だ。
「望むなら、愛を囁いてやってもいい。ドロドロに甘やかしてやる。浮気だけは認めないが、それはこっちも同じだ。女神様の夫だからな」
愛の言葉は嘘でも構わない。でも愛情だけは本物じゃなきゃ、嫌だ!
ジルの手があたしの肩を押す。押し倒され、のしかかってくる男の手を震える手で何とか掴むが、力の入らない指では何の抵抗にもならない。
あたしは覚悟を決めて目を閉じると
思い切り噛み付いた。
「獣か!」
さすがに怯んだジルを勢いをつけて押しのけ、ベッドから落ちるようにして滑り降りた。急いで立ち上がり逃げ出そうとしたが、腕を掴まれ再び引き寄せられる。
「嫌だ! 離せ……っ」
「大人しく抱かれろ。愛してやると言っただろう」
「こんなの愛じゃないっ」
いつの間にか涙がボロボロこぼれていた。
「子供なんて産まない! 離せ!」
「……脅かし過ぎたか」
ジルはため息をつく。
「お前の立場は今、非常に不安定なんだ。俺の子を無事に産めば女神として認められて、当面の脅威は去る。望まぬ婚姻以上の酷い目に遭いたくなければ、我慢して大人しくしていろ」
自分の立場が微妙なのは先刻承知だ。
幸いジルは怒るよりも呆れているが、あたしの行為は即座にお手打ちになっていてもおかしく無い。身体の震えは一向に治まらないが、それでも
「自分の子を保身の為に売ったりしない。あんたの子供なんか絶対に産むもんか!」
これだけは譲れない。決死の覚悟で目の前の男を睨みつける。あたしは自分の子供は力の限り、全力で愛するって決めてるんだ!
ジルの顔から表情が消えた。人形のように冷えた目で、組み敷いたあたしを見下ろす。
……怒らせた……っ
殴られる? 殺される?
恐怖に思わず目を閉じる。
どんなに抵抗しても男の力には敵わない。結局はやりたいようにされてしまうのかもしれない。それでも生まれる前から……生まれることが出来なかったとしても、全力であたしは子供を愛する。
両親が愛してくれたように。
故郷の村の人達が愛してくれたように。
痛くて長い沈黙の後、ジルは視線をそらさぬままゆっくりとあたしの上から退いた。そのまま無言で部屋を出ていく。
「好きにしろ。後悔しても、俺は知らない」
扉が閉まる前に聞こえた声は、ゾッとするほど低かった。