番外編 06 老舗宝飾店の受難。
創業三百十七年は伊達ではございません。
小さな鍜治屋から始まりました私共の店は、二代目までは確かにただの鍜治屋でした。それが三代目の道楽であった銀細工が存外に評判となり、鍋や包丁を求める主婦よりも若い娘さんが通う店になったそうです。
ちようど国が豊かになり始めた時期でした。衣食が足りれば人は嗜好品を求めます。若者の目には眩しく映ったのか、四代目に代替わる頃には数人の弟子が何故か居座っておりました。
鍜治ではなく細工しか出来ない弟子を養う為には、しがない鍜治屋のままではいられません。四代目は思い切って宝石を扱える者を雇い入れ、店の看板は鍜治屋から宝飾店と書き換えられました。そしてふと気付けば五代目の繊細な髪飾りは、高貴な身分の方々がこぞって身に付ける流行の品となっておりました。
こうなりますといつまでも下町に店を構えるわけにも参りません。中門内に移るに際しわがま……ゴホン、礼儀を重んじる上流階級の方々に御満足頂く為に、私のような者が支配人として置かれることとなりました。
今思うに、四代目は先見の明があるお方だったのでしょう。鍜治師としても細工師としても腕の方はイマイチだったようですが、三百年以上続く老舗宝飾店の礎を築いたのは間違いなく四代目です。私は密かに彼を初代女神様と同じぐらいに尊敬しております。……不敬ですかね?
彼の他の、職人でもある代々のオーナーは、良い作品を作る事しか頭にないような方ばかりです。接客だの収支計画だの節税だのには全く役に立ちません。私は職人達に気持ち良く仕事をして頂く為に、店を綺麗に整え、些事を完璧にこなし、老舗の品格を保つ為に日々苦心しております。
それが私の仕事であり、誇りを持って店頭に立つ日々を送っている……んだよ邪魔するんじゃねぇよコノヤロウ!
「だろう! 内側に陣を刻んでいるから軽いんだよ。金になる魔道具を作れる程の魔力が無くても、こういうささやかな陣を描くぐらいの魔力なら五十人に一人は持ってるんだ。そいつを俺たちが仕込めばご覧の通りってわけさ」
「確かに盲点だったな。これらを身に付けるのは主に女性だ。軽くできるに越したことはない」
ああああ……どう見ても裕福な商人などではなく、爵位をお持ちであろうご身分の方になんて口の利き方を!
幸いにも気さくなお方で不問にして頂けていますが、胃が痛い。
客の反応が見たいだけなら黙って座っていればいいでしょうが。なんで話しかけたんだオーナー!?
「宝飾品とはいえ、美しさだけで選ぶものではないのだな。勉強になる」
どうやら学者気質であるお客様は、オーナーの説明を興味深く聞いて下さっています。貴族階級の方は王家との婚姻で神力をお持ちになっている事も多いそうです。もしかしたら魔法省へ所属されているのかもしれません。あそこへお勤めの方は変じ……個性的な方が多いですから、オーナーとも話が合うのでしょう。
とりあえずは、口の利き方で不興を買うことはなさそうで、安心致しました。
「これと同じぐらいの大きさの、ロケットのペンダントが欲しいのだが。できれば花と鳥と星の」
オーダー? 最近めっきり少なくなった新規オーダーのお客様ですか⁉︎
この方絶対お金に糸目つけないタイプですよ! くうううッ是非とも私が対応したいぃ!
あ、レノラちゃん、お客様にお茶を。お茶うけは良い物出してね。持っていくのは私がするからよろしく。
「一から作るとなればひと月はかかるな。その代わり最高のものを作るぞ」
「そんなには待てないから、今あるものでお願いしたい。急いでいて……」
「あ! それならこれはどうだ? 花と鳥のモチーフのブローチだが、これを銀のロケットにはめ込んで裏面に星の模様を刻めば希望に近いんじゃないか?」
「カメオか……いいな。見えない場所に軽量化の陣は刻めるか?」
残念です。今回フルオーダーは無理のようです。
ですが、この方はどう考えても上客。代われオーナー。あんたじゃ何かミスしそうで怖いんだよ!
「あとはチェーンだな。鎖も形状や素材によって軽さ、丈夫さが違うんだ。ロケットならある程度の重さに耐えれた方がいいし、太さもあった方が肌を傷つけない」
「普段使いだから出来るだけ丈夫なものがいい」
言葉使いは気になりますが話が盛り上がっているので、無理に割って入るのは憚られます。内心ソワソワしながら見守っていれば、程なく紅茶の良い香りが鼻を擽りました。
「支配人、お茶です」
流石レノラちゃん仕事が早い。よしこれを持って行って、そのまま会話に加わってフォローしましょう。
「失礼致します。どうぞこちらをお飲み頂きまして、ゆっくり御検討下さいませ。私、支配人の……」
「お。ちょうどよかった。五十から八十番台のチェーンの見本を工房から持って来てくれ」
オーナーアァあああ〜!?
自分で取りに行けよ! あんたの作業机カオスなんだよ!
レノラちゃんに取りに行ってもらいたいですが、簡単な接客担当の彼女にはおそらく発掘不可能。青筋立てながらも、笑顔で奥へひっこむと、併設されている工房へと走ります。作業中の職人にも手伝わせ、見覚えのある木箱をなんとか数個掘り出しました。番号を確かめて必要な四つを掴むと、大急ぎで店へと戻って
「ああ、すまん。時間が無いから俺のセンスに任せてくれるそうだ。受注手続きをしてくれ」
その残り少ない頭髪毟り取るぞゴルアアァ〜!
説教。説教決定。半刻は絞り上げてやる。
だがまずは目の前のお客様です。接客業のプライドを総動員してにこやかに対応致します。
「お名前を頂いてもよろしいでしょうか?」
「いや、手付けで頼みたい。これで足りるか?」
「充分でございます。ありがとうございます」
身分を隠してお忍びで来店される方は、初回は代金の半額以上を手付けにしてご注文頂くのがこの国の慣わしです。
何度かお取り引き頂いて、馴染みとなれば通名を登録して他のお客様と同じように取引させて頂くようになります。
「受け取りの方のお名前はどのように致しましょうか?」
「そうだな。エルマンで」
「承りました。オーナー、納期はいつですか?」
「へ?」
「……え?」
まさか決めてないのか!? 何やってんだあんた! えぇと、銀細工のロケットを作って魔法陣を刻むなら……。
「あまり早くに取りに来られても困るだろう。閉店間際に人を寄越すからよろしく頼む。一刻程なら待たせても構わないから、丁寧に仕上げてくれ」
……ハアァあぁあああ〜〜〜!?
声に出さなかった自分を褒めてやりたい。
お客様の背後を見るとオーナーが真っ青になって首をブンブン振っています。
今日中なんてさすがに無理です。お断りしなくてはと頭を下げかけて、視界に入ったものに血の気が引く。
え? ちょっとまって、あの紋章は……。
「まさか、希望通りのものが今日手に入るとは思わなかった。嬉しくてつい話し込んでしまったが、そろそろ帰らねば」
「お、お引き止めシテ申し訳ありませんデシタ……」
「いや、楽しかった。ではよろしく頼む」
「アリガ……ありがとうゴザイマシタ……ッ」
やばいやばいやばい。
足が震えて店頭まで出る事すら出来ず、その場で最敬礼で見送る。
レノラちゃんが慌ててドアを開け、店の外までお見送りしてくれました。なんて機転の利く良い子だ。給料上げてあげなければ。
「無理だろ! なんで断らなかったんだよ!?」
それに比べてこのボンクラオーナーはっ!
「断われるわけ無いでしょう! あんたあの紋章見てなかったんですか!?」
「は? 紋章?」
「花に竜と水紋! あの方王族ですよおおぉっっ」
私の叫びに店内に戻ったレノラちゃんがうそぉ! と悲鳴を上げた。オーナーの顎が落ちる。
「私の予想では、名前は申し上げませんが先日ご成婚された方です。ええ、あれは奥様に差し上げる品です。レノラちゃん、他言は厳禁ですよ。自分が可愛いなら誰にも話しちゃダメです」
座った目で話す私に二人は口を押さえてコクコクと頷く。しかしジル王子は比較的まともな王子との噂なのに、何故こんな事になったのか。
「無理を通すような方だとは聞いた事がないのに何で……!」
「あ、あの、全部の会話を聞いてはいないのですが、あのお客様は何度も時間が無いが大丈夫なのかっておっしゃってました。オーナーはまだ大丈夫でしょうって言ってましたが」
「え? いやそれは昼食まで時間が空いたから店に来たって言ってたから……まだ昼の鐘まで半刻あるし」
「やっぱりあんたのせいかあああぁ!」
ええぃ! とりあえずこいつを締め上げるのは仕事の後だ。
「臨時休業にします! レノラちゃん、お店閉めてお詫びの貼り紙書いて。オーナー、カメオと見本の鎖持って工房行きますよ。死ぬ気で仕上げて下さい!」
オロオロしているオーナーの襟首を掴んで、引き摺るようにして工房へと入ります。立て続けに私が工房で起こす騒ぎに、職人達が何事かと目を丸くしました。
「全作業中止! 馬鹿が大馬鹿やらかしました。閉店までにこのカメオをはめ込んだ銀細工のロケット一つ、最大限の完成度で仕上げて下さい。手抜きは許されません。完璧なものをお願いします!」
「大馬鹿って、俺オーナーなのに……」
「裏面には星のモチーフを刻んで、軽量化の魔法陣も見えない場所に入れて下さい。その他の詳細はオーナー、ちゃんと指示して!」
ぐずぐずといじけている馬鹿を前へ押しやると、呆気にとられていた職人達が漸く我に返ります。銀細工を得意とする職人が悲鳴を上げました。
「無理です! ロケットなんて寝ないでやっても数日かかりますよ。土産物屋の粗悪品じゃないんですから」
「ああ無理だ分かってる。このカメオが嵌るもので、完成品か完成に近いものが無かったか?」
「今、ロケットはやってません。店に出しているので全部です」
「昨日磨いてたアレはなんだ?」
「あっ、アレは来週の彼女の誕生日のプレゼントですよ! 名入れしたら完成なんです。酷い事言わないで下さい!」
そういえば彼は自分の仕事が終わった後にコツコツと、この一ヶ月夜遅くまで何かを作っていました。名入れを考えているという事は、おそらくプロポーズの為の品でしょう。確かに酷い。だが名入れ前ならば、使える!
「最近人気で品薄の、ルシエル湖のピンクパール」
「え?」
「恋人から贈られれば幸せな結婚ができると、女性の憧れですね。少し高額ですが」
「そ、それを?」
ふふふ。宝石の仕入れは老舗である程有利。
「そのロケットと交換致しましょう」
「何なりとお命じ下さい支配人!」
「あ、うん。いや、だから俺がオーナーで……」
これで最大の難関は突破。後は魔法陣と裏面のモチーフ。ここからは職人の領域で私は役に立ちません。頑張れオーナー!
「よ、よし。お前らとりあえず石を外せ。陣担当、魔力はまだ残ってるか?」
「軽量化ならすでに刻んで貰ってま〜す。店に出してるやつより高品質に出来てますよぉ」
「それはそれで……ちょっと後でお話ししようか。浮かれてないで手ぇ動かせ! 後は彫刻か。星……どんな図案にするかな」
「星単独ですか? 五芒星?」
「ダサいだろ」
「せめて星と月とか組み合わせた図案じゃないと、簡単な彫刻だとダサいですよ?」
「でも月とは言われてないんだよなぁ」
ピンと来ました。
「女神讃歌! あれに女性に人気の一節がありますよね。月と星でなんとかで愛するってやつ。月と星のモチーフにその言葉を刻めばロマンチックじゃないですか?」
「それだ! 誰か神官捕まえてその一節聞いてこい。俺は図案を考える!」
「了解です!」
やる事のなくなった魔法陣担当の職人が神殿へと走ります。
「後は何が必要だ?」
「チェーンは見本のものを使っちゃいましょう。傷がないかチェックします」
「箱! 納める小箱が必要です」
「手配します!」
「近場で運良く神官捕獲しましたあっ」
「よっしゃでかした!」
「何なんですかっ!? 私お昼ご飯食べてる途中だったんですよっ」
「緊急事態なんだ。女神讃歌の月と星の一節を教えてくれ!」
「め、女神讃歌? あれすごく長いし教典が無いと……」
「「「使えねえぇ〜っ」」」
「なんなんですかあああぁ〜〜〜っっ」
その後もチェーンに付ける金具で揉めてみたり、無理言って教典を取りに行かせて漸く正解が解った直後にレノラちゃんが「女神讃歌ですか? 月のように優しく星のように永遠に愛を謳うって一節が素敵ですよねぇ」とアッサリ諳んじて不幸な神官をマジ泣きさせたりと、色々と事件はありましたが無事に閉店時間を四半刻過ぎた所でエルマン様に素晴らしい作品をお引き渡し出来た事をここへ記しておきます。
さぁオーナー。お説教のお時間ですよっ




