番外編05 シンの逡巡
自慢じゃないが、魔力の量と発動の瞬発力はこの国随一だと自負している。この国で一番って事は、この世界で一番ってことだ。別の次元の世界の事は知らないが。
じゃあ世界で一番強いのかって聞かれると、ちょっと痛い。俺の歳の倍ほど死神やってるジジイ達には、俺には無い経験の蓄積ってもんがある。
知識や経験は、純粋な力を補って余りある場合もあるんだよ。ジジイどもには何度煮え湯を飲まされ……いや、これは今はどうでもいい。
ジジイどもは置いておいて、俺は若干十七歳で死神に就任した記録的な経歴の持ち主だ。十代で死神になった者は、百年程前に十九で就任したヤツ以来の二人目だ。どうだ? こう聞けばすげぇだろ。
死神は場合によっては国王を裁く権限すら有する、司法の根幹だ。始祖様の遺志とこの国を守る為には、人命を左右する決定すら許されてるんだぞ。
死神は国を守る為の存在なんだ。
決して、店番をしたり、喧嘩の仲裁をしたり、ましてや屋根の雨漏りを直す為に気軽に使って良い存在じゃないんだ。
おい。聞いてんのか? 俺、死神なんだぞ!
「はいはい聞いてる聞いてる死神えらい。いいじゃねぇか普段は魔力余ってんだから。俺は医者だから無闇に魔力消費出来ねぇんだよ」
「アタシ、今日スカート。屋根登れないも〜ん」
「魔術使わなくても屋根ぐらい直せるだろ! ズボンに履き替えろ! むしろパンツ見せやがれ!」
「エッチ! 旦那の前で良い度胸ねっ」
「七海のパンツを見ていいのは俺だけだバーカ!」
「人に修理頼んでおいて随分な言い草だなあぁ〜!?」
ガキの頃から付き合いがあるこいつらは、俺に対して一切の遠慮が無い。恐れ敬えとは言わないが、ジジイどもと俺との扱いの差が酷すぎる。最近では知らない奴らまで俺の事、便利屋扱いだぞ!?
修理自体は一瞬だし、いいんだよ。いいけど、街中で女の子に「便利屋さん」って呼ばれた時は流石にヘコんだわ!
穴の開いた箇所を塞いで、他に弱った場所がないかざっと魔力を走らせる。……ついでだよ。また呼ばれたら面倒だろ。
弱った場所がない事が確認できれば、屋根から手を離して立ち上がる。スレスレに飛び降りてヒビらせてやろう。踏み出しかけて、俺は知った気配に大通りの方角に視線を向けた。
「どうしたあ〜?」
「用が出来た。またな」
晩御飯三人分用意したのにぃ〜という声を背に、跳躍する。スマン。また今度食わせてくれ。
屋根を蹴ると苦情が来るので、頑丈そうな塀や街路樹を足場にして大通りまで跳んだ。屋根以外なら苦情が来ないってわけでもないが。
姿は消しているのになんで俺だと……いや、一般市民は『来客』の詳しい情報知らないからこういう真似は出来ないな。『来客』の詳細な位置把握してるヤツでこういう事するのは……俺しかいないな。うん。
ものの数秒で目的地に着いた俺は、驚かさないように姿を現してから目当ての人物に近付いた。何やら考え事をしなから歩いていた彼女はそれでも少し驚いた顔をしたが。
「よ。今帰り?」
「……シン様」
殿に気に入られたリリィは城で働いている。強制された訳ではないが、早く周囲に馴染みたいと彼女は城の女中が着る和装を好んで着ていた。縦縞の着物は良く似合っていたが、俺にはハクカで着ていた洋装の方が好ましい。髪を上げると白い項とか見えて危険だろぉ?
本人は全く気付いていないが、彼女はモテる。魔力の無い人間はアズマの民にとって庇護欲を刺激される存在だ。誰もがリリィの世話を焼きたいと願っている。
魔力量を少なくして、この世界に馴染みたいと願った二人の始祖様。彼らの遺志は今もアズマに根付いている。魔力の無い民は、皆に愛される。
愛されるからこそ、その愛が暴走した時の為の護身道具が必要。
今は殿が見合い相手を吟味してるって事で、辛うじて皆自制してるんだから。危険だ。自衛手段が無いのは絶対危険!
「これ、届けようと思って。左手首に着けて。魔力的な攻撃から身を守れる腕輪。日常生活の補助もしてくれるよ」
取り出したのは、俺の持つ呪符の技術にジルの持つ魔道具のノウハウも加えて作った最高傑作。ジルの技術は流石のハクカ仕込み。気に食わない相手だが頭を下げた。リリィのだと言えば喜んで協力してくれたが。
見た目にも気を使って女性が好むデザインを心がけた。こっちはお姫さんのお墨付き。
小箱の蓋を開けて中身を見せると、リリィは小さく歓声を上げて目を輝かせた。
「魔道具が使えるようになるんですか!?」
そっち?
あぁまあそれも重要だよなぁ。俺としては護身の方とデザインに力を入れて作ったんだけど。
「使えるようになる。この緑の石に魔力が蓄積されてるから、始めは石に触れて魔力を引き出して。慣れれば触らなくても扱えるようになる。近くに余った魔力があれば勝手に蓄積されるから、普段は魔力の補給は必要無いよ」
この国の住民は効率的に魔力を使うのが下手だから、余剰魔力は常に何処かに漂っている。普通はすぐに霧散してしまうが、この石が核になってその前に吸収してくれる仕組みだ。
「護身の為に使った時や、大量に魔力を使ったと思った時は誰かに頼んで補給して。この緑の石が黄色くなった時は必ず補給。赤になったら問答無用で俺が補給に現れるよ」
「……何処にいても、来てくれるという事ですか?」
「普段から位置を把握したり監視してるわけじゃないから安心して。赤にしなければ大丈夫」
まぁその気になれば腕輪なんて無くても、何処にいるか気配でわかるけどね……しないよ。
キモいと思われたかな? しょうがないじゃん。俺ら、出来ない事の方が少ないんだよ。
一人で留めるには留め金が厳重なので、了解をとって左手首につけてやる。
頑丈だし水も平気で、少し余裕があるタイプだからつけたままで腕も洗える。つけっぱなしを想定していて、護身の為にはできればそうして欲しい。監視が目的の腕輪じゃないから。
そう重ねて説明すると、彼女は大丈夫ですと笑う。
「普段から監視されていたとしても、構いません。私は陛下とシン様からは、どのように扱われても文句は言えませんから」
「アホ!」
何を言い出すかなこの娘は!
薄々感づいてはいたが、リリィは極端に自己評価が低い。光姫を理想の存在として、彼女と自分の相違点を数えては、自分は取るに足らないと思っている節がある。確かに姫はいい女だが、俺はリリィの方が可愛いと思うぞ。庇護欲そそられるし。健気だし。
どうやら本人は自分の事を腹黒いと思ってるらしいが、俺から見れば甘い甘い。何処に表裏があるんだこの娘。お姫さんの方がよっぽどしたたかだぞ。
「監視とか、しないから。これからお姫さんの所に行くのか?」
「はい。晩御飯を作るかわりに東語を教えてもらっているんです」
そういやそんな事をジルが言っていたな。両手に花で結構な御身分で。くそ。羨ましい。
イラッとしたから嘘っぱちの東語を教えておいたっけ。ふふん。恥かきやがれ。
「なら送る。すぐに日も落ちるし」
「そんな。慣れた道ですから大丈夫です」
「いいからいいから。道々詳しい腕輪の説明も出来るし」
こんな危なっかしい娘、放っておけるわけがない。
妾にしてくれと言われた時はどうせなら奥さんになってくれりゃ良いのにと思って、アズマに一夫多妻制度は無いと答えた。それなら愛人でと言われて、どうすりゃ良いのか途方に暮れた。
殿にそれはシンを侮辱することになると言われて納得したようだが、心臓に悪い。
「シン様は……この国の人は、何故私にこんなに良くして下さるんですか?」
そんなの、あんたが可愛いからに決まってる。
「リリィは色々考え過ぎだねぇ。ほら、行くよ」
恩を盾に、無理に自分のものにしなくて良かったと今は思う。この子は誰にでも愛される。
死神の仕事には誇りを持っている。他国にも行けて、色んなものを見て、知識を得る事の出来るこの仕事を天職だと思っている。
だが、待つものはどうなる? 長期の仕事を終えた後、幼馴染達に会いに行くといつも感じる、強い安堵の気配。
ジルに嫉妬した。どんな困難があっても、命をかけても想い合える相手が、俺を選んでくれる相手が、いつか見つかるだろうか。
「シンだけは嫌じゃと言うておったぞ」
笑いを堪えながら殿から告げられた言葉に、想像以上にショックを受けた自分がいた。考えてみれば至極当然だ。こんな、危険と隣り合わせの仕事をしている男、好き好んで選ぶわけがない。
殿に何と答えたか、正直覚えていない。
「……短い夢でした」
「え?」
「いや、あんたは恩だとか余計な事は考えずに、幸せになればいいんだよ。お姫さんやジルが幸せになれば嬉しいだろ? 誰だって親しくなった人間が幸せになったら嬉しいんだよ」
首を傾げ、しばらく俺の言葉を咀嚼した後、彼女はふっとはにかんだように笑う。
「そうですね。私もシン様が幸せなら嬉しいです」
…………ああぁもう可愛いなぁ〜〜〜っ!
なんだよコレ、よく分からないけど何かがメッチャ悔しいんですけど!
この悔しさは……そうだジルにぶつけよう。
何であいつこんな可愛い子に慕われてんだよ。お姫さんを奥さんにもらっておいて贅沢な!
「あの、ここまででいいです。ありがとうございました」
「何で? ここまで来たんだから玄関先まで送るよ」
「でも。リュミ……ヒカリ様に見られたら。一緒に食事をと言われるかもしれませんし」
え? どゆこと? 上り込むつもりは無かったけど、リリィは俺と食事するのは嫌なわけ? それとも一緒にいる所にを見られるのが嫌なの?
えっと……駄目だショック再び。頭が上手く働かん。
「あぁ……あんまり知らない相手との食事は億劫だよねぇ」
「えっ!? あ! 違います。私はシン様とご一緒するのは嬉し……じゃなくてですね。ジル様もいるので!」
は? ジル? そりゃ自分ちなんだからいるだろ。
「お二人が仲良くされている所、シン様は見たく無いと思って……」
「…………」
はあああぁ!?
待て、それはつまり俺がお姫さんに好意を持っていると、この娘は思っていて。
それでジルとイチャイチャしてる所を見たら俺が傷つくと心配してるわけ?
ないないない! 何でそういう結論に
「シン様のお気持ちは分かりますが、ジル様も私にとって大事なお方なので……」
……あ。俺のせいだ。俺がジルにちょっかいかけるからだ。
いやでもあんなの男同士の軽いじゃれ合いだろ? ジルもいい意味で世間擦れしてないから結構図太いぞ。全く堪えた様子がないぞ。アレは。
「いや、全く気にならないし。俺、お姫さんに特別な感情持った事無いし」
「…………ええ!?」
いや、そんなに驚かれても。まともに会話する前からずっと、他の男とイチャコラしてるのを見てた相手に、どうやってそういう感情を抱けと。
そりゃ嫉妬はしたが、それはむしろ……。
とにかく、こんな知人に大爆笑されそうな誤解は勘弁してほしい。恥ずかしそうに顔を赤くするリリィに、絶対ありえないからねと念を押す。
「そ、そうなんですね。私の勘違い……じゃあシン様は今、お好きな相手はいらっしゃらないんですね」
「あ。いや、まぁ……」
気になる相手は目の前にいますが。
思わず言い澱むと、赤く高揚していた顔が何故かみるみる青白くなる。
「他に……誰かいらっしゃるんですか?」
は! え? 何だその…………
「リリィ、いらっしゃい! 何騒いでんの? あ、シンだ。久しぶり!」
こぉこで出て来るかお姫さん〜〜〜〜!
空気読んでくれよお願いだからぁ!
弾かれたようにリリィが駆け出して、開かれた扉から中へと入る。
「送っていただいてありがとうございましたシン様! お邪魔しますリュミエール様!」
逃げられた! 嘘だろ!
残されたのは、呆気にとられた顔の光姫と、茫然と立ち尽くす俺。
勢いよく閉ざされた扉と俺の顔とを見比べて、お姫さんはふぅん。と、小さく鼻を鳴らした。
「シンもご飯食べてく? リリィの手料理だよ」
貴女の勘の良い所、こういう時は嫌いです。
「帰りますよ。頭冷やしてから網張ります」
「あんまり待たせないでね。あの子もう結構泣いてるから」
気付いてたのか。もしかして殿もか?
いやでもこないだのアレはむしろ逆効果だろうと悩んでいれば、長かったなぁとお姫さんがボヤく。
「シンがちょくちょくリリィに会いに行ってたから成り行きに任せたけど、口出したくてイライラしたよぉ」
「せめて彼女の誤解だけでも解いた方が良かったんじゃないでしょうかぁ!?」
絶対これ殿も気付いてた! あっちからも情報回ってる!
え〜でもおかげでリリィの本音に気付いたりはしなかった? と首を傾げる様子に、聞いてたんじゃなかろうかと疑念が過ぎる。気配感じなかったからそれは無いとわかってるけど!
そうか。泣かせたのか。嬉しいと思ってしまうのは酷いだろうか?
絶対に捕まえる。もう逃してやれない。緻密に網を張って、外堀も埋めて(もう埋まってるような気もするが)、俺以外の幸せは絶対見えないようにしてやる。
腹黒いっていうのはこういうことを言うんだ。覚悟しろよリリィ。
「帰ります。彼女のフォローをお願いします」
「任されました! おじいちゃんが痺れを切らす前に勝負決めてねっ」
…………やっぱりかああぁっっ!
結局一睡も出来なかった俺が、泣き腫らした目の彼女を見つけたのは、それから十二時間後。
考えた作戦も他人の目も全て忘れて、早朝の往来で彼女を抱きしめたのはその二秒後だった。




