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番外編 03 リリィの屈折。

 アズマの王城は不思議な形をしている。

 建物自体も木と土で出来ていて風変わりだが、ホリと呼ばれる人工の川に囲まれているのが面白い。城壁が無いわけでは無いが、深く水量の多いそれが城の守りの要らしい。

 広い城下町も同じく城よりも広いホリに囲まれている。橋を壊せば容易に攻め込む事はできないし、平常時は防火用水として利用出来る。四方を山に囲まれている場所で水は貴重だし、合理的だ。


「よく燃えそうだしね」


 フスマと呼ばれる、紙で出来た扉を開けながら思わず呟く。この国の建物は木と紙が多く使われている。煉瓦や石造りの家も一応あるのだが、何故か金銭に余裕のある者は紙の扉と草の床で出来た建物を好んで建てるようだ。

 これから私が会うお方も、ニホンカオクと、タタミを愛してやまない人物だ。


「リリィ・プラントン嬢がお見えになりました」


 扉の前に控えていた護衛に名を告げて取り次いでもらう。今日こそは完璧に覚えたアズマ式の挨拶を披露しようと、指をついて頭を下げた。


「お……「ゆりちゃん! 待っておったぞ。早う入れ入れ!」……はい」


 ……一言も喋らせてもらえませんでした。

 ちなみに、ユリというのはアズマ語に訳した私の名前です。お花の百合という意味です。


「今日の茶うけは苺大福じゃ。果物が好きと言うとったろう? これは日本茶の方が合うのぉ。煎茶を入れておくれ」

「畏まりました。いつも美味しいお茶菓子をありがとうございます。……陛下」


 驚愕の事実ですね。

 そうです。今、私の目の前でうきうきと茶菓子の包みを開いているお爺ちゃんは、恐れ多くもここアズマ国の「国王陛下」であらせられます。

 何故だかわかりませんが私は陛下に気に入られたらしく、ここ数日は孫か茶飲み友達の扱いです。一国の王様がこんなに気さくで良いのでしょうか? 流石はリュミエール様の祖父君です。


「さぁて。今日はこの五人じゃ。少しでも気になる相手がおったら言うておくれ。全力で席を設けるからの!」

「ありがたい事ですが……本当に誰でも構わないのです。私を気に入ってくださる方がいらっしゃいましたらもう、それだけで」

「それはならん」


 孫の帰郷を楽しみにしていた陛下は、大量の釣書を密かに用意していました。アズマの国民と結婚すれば、アズマにずっと住んでくれますからね。

 ところが、孫にはすでに素敵な旦那様が。しかもハイスペック。さらにラブラブ。

 リュミエール様の結婚を仕切る気満々だった陛下は大変落胆されました。そこに現れた、誰とでも結婚するからアズマに住ませてくれと言った私。嬉々として捕獲されましたよ。ええ。

 そして、吟味に吟味を重ねたリュミエール様への見合い相手が、そのまま私へ紹介されるという恐ろしい状況に……逃げたい。逃げちゃダメですか?


「ゆりちゃんは自分の価値がわかっておらん。シンも随分と褒めておったぞ。頭が良くて、努力家で、自分よりも人の為に一生懸命になる健気な良い子だと」

「シン様が、ですか」

「うむ。シンはどうじゃ? 妾になるから連れていってくれと縋って、アズマに来たんじゃろ?」

「あ、あの時は! アズマでは一夫多妻が認められていない事を知らなかったものですから」


 シン様は、条件が揃えば国王様ですら裁く権利を持つ、司法の重鎮です。妾ならともかく、妻になど恐れ多い。


「シンの釣書もここにあるぞ。写真写りが悪いな。こやつは」


 陛下の用意した釣書には、シャシンという恐ろしく精密な肖像画が添えられています。

 見ればいかにも武官、文官然とした有能そうな殿方に混じって、パン屋の二代目のような、呑気なお顔がひとつ。


「満面の笑顔ですね」

「笑うと目が無くなるのぅ」

「……優しそうですよ?」


 『死神』に憧れるおなごなら、優しさよりも格好良さを求めるだろうと陛下は渋いお顔。確かに……女性心理に明るいですね、陛下。


 でもシン様はこの人当たりの良い笑顔を、最大限にお仕事に活かしています。油断を誘う笑顔の裏で、腹黒く考えを巡らせているのはすぐに分かりました。私も同類なので。


 ただ、彼は私と違ってオン・オフの切り替えが顕著でした。取り繕う必要が無いと判断してからは、リュミエール様にも私にも全く遠慮が消え、特にジル様に対しては意地が悪いとも言える態度。


 これは陛下より、リュミエール様とのお見合いの打診があったからからだと、後に判明しました。

 王家との縁談です。しかも拐われたお姫様を助けるという、胸の躍る役目まで貰って、彼は随分と張り切っていたようです。


 それなのに、当のお姫様はすでに既婚者。目に見えてシン様はガッカリされておりました。

 そのお気持ちは分からないでもないのですが、ジル様にチマチマと嫌がらせ行為をするのには正直呆れました。小さい。小さすぎる。


「……とはいえ、基本的には優しくてお人好しなんですよねぇ」

「お? そうじゃ。シンは女子供には優しいぞ。席を設けるか?」


 陛下は声を弾ませましたが、私は緩く笑って首を振る。シン様だけは、ありえない。


「シン様はヒカリ(リュミエール)様のような方がお好きです。私のような捻くれた女はお好みではないでしょう」


 リリィは良い子。リリィは優秀。リリィは隙が無い。彼女は何でも卒なくこなす……あの女は、可愛げが無い。


 太陽のようなリュミエール様とは正反対の私。殿方は大体において自分に無い美点を持った女性を求めます。自分と似たような黒さを持った私など、同族嫌悪の対象でしかないでしょう。

 私は、リュミエール様には敵わない。比べる気にすら、なれない。


「ゆりちゃんはちょっと卑屈になり過ぎじゃ。まぁその真面目さが可愛いんじゃがの」


 真面目でしょうか? 腹黒いと自分では思っているんですけど。


「シン様だけは、ご寛恕ください。困らせたくありません」

「ふむ。シンだけは(・・・・・)嫌か」

「はい」


 彼には恩があります。私の大事な方を救っていただいた上に、この国に入る事を許可してくださいました。今も細々と気にかけて下さり、便宜を図って頂いています。

 その彼に、リュミエール様をお好きだった彼に、私と見合いしろだなんて何の嫌がらせかと。そんな真似、出来るわけがない。


「そうか。まぁゆっくり考えればよい。釣書はまだたっぷりあるし、さっさと決まって儂とお茶してくれなくなったら寂しいしの」


 やっぱり茶飲み友達でしたか。


「ありがとうございます。私も陛下とお話し出来なくなると悲しいです」

「明日の茶菓子を豪華にする方法をよぉ知っておるな!」


 カラカラと笑う陛下の屈託の無い笑顔は、リュミエール様に良く似ています。決して苦労を知らない訳ではないでしょうに、こんな風に笑える心の強さが、私には眩しい。


 アズマは秘密を抱える国と聞いて、私は王家の権力の強い陰気な国を想像していました。実際はそんな事はなく、陛下を筆頭にアズマの人々は私のような何の力も無い小娘にも、呆れる程に優しい。


 リュミエール様達と離れたくなくて、お二人のお力になりたくて、この国へ来ました。でも、この国の人たちは皆親切で、私と違って色々な事が出来て。

 私だけが、何も出来ない。誰かの助けがなければ、ここではごく普通に使われる家事の為の魔道具すら扱えない。

 きっと陛下は見合いの世話がしたかったわけではなくて、そんな私の立場に気付いていたのでしょう。


 ……私は、誰かの庇護下に置かれるべき弱い存在。


「ゆりちゃんは、幸せになるべきじゃ。そなたのおかげで光は幸せになれた。この国の者は皆、ゆりちゃんが好きなんじゃよ」


 他人の感情には敏感な方です。

 陛下の好意は素直に嬉しく思います。明るく優しいこの国の人たちが大好きです。だけど


「ありがとうございます。私も、陛下とこの国が大好きです」


 だけど、私はその大好きな人たちに何も返せない。


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