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番外編02 女神様は万能じゃない。

 何が原因で道が出来たかなんて知らない。

 まず最初にここへ墜ちてきたのはあたしとアイツの二人だった。


 パニックを起こして魔力を暴走させかけたあたしを必死で宥めたのは、アイツ。今思えばこの世界の危機だったと思う。あたしひとりだったらきっとこの世界を壊していた。人里離れた山中だったのもホントによかった。正気に戻った時には、樹木どころか山をも抉って盆地を作成していた。


 続けて沢山の日本人が際限無く墜ちて来たのを、数百人で食い止めたのは、あたし。『食うな!』って叫んだら何故か止まったんだよね。なんでそんな事を叫んだのかは、自分でもわかんない。


 住んでいた場所も時代も様々な人々をまとめ上げたのは、アイツ。知ってる? 同じ日本人でも昔すぎる人とは言葉通じないんだよ⁉︎ 魔力を使って奇跡を起こし、全ての人と意思疎通が出来るあたしとアイツは近代以前の人達には神様扱いされた。


 近代の人達と話し合って、あたしとアイツは神様兼王様……いわゆる昔の天皇のような存在として、人々を導く事になった。

 あたしとアイツは立場的には同格だったけど、あたしは実質アイツの小間使い。関西の名門大学のエリート様と、田舎のしがない女子高生では頭の造りが違う。人様に命令なんか無理無理無理。

 魔力を扱う事は出来るが限界のあるアイツは、底なしの魔力を持つあたしを便利な道具扱いでこき使いやがった。


 飲み水を浄化しろ。食料を確保しろ。家を作るぞ。森を開墾するから木を切り倒せ。獣避けの柵が必要だ。井戸を掘れ!


 一年が過ぎる頃にはあたし達は左の帝様、右の帝様と呼ばれ、完全に神様扱いされていた。生活が落ち着くにつれ、恋しくなるのはやっぱり元の日本での暮らし。帰る方法は無いのかと探し始めた矢先に


 再び人が墜ちてきた。


 慌てて魔力の流れを読んで、アイツと共に分析。一月の内に数人が墜ちてきて、『道はまだ繋がっている』という結論に達した。


『それなら帰れるかもしれない』とあたしは言った。

『このままでは犠牲者が増える』とアイツは言った。


 早急に道を閉ざすべきだというアイツに、あたしは帰る努力をすべきだと反対した。どちらにしても『道』の研究は進め、その結果はあたしではなく、アイツの主張を裏付けるものだった。


 道は、川の流れのように一方通行。


 試しにあたしの持っていたハンカチを送り返した時には、震度4〜5弱程の地震と、数日間の雷雨に襲われた。

 アイツと、その周囲の者達はあたしを除いて道を閉ざす方へと傾いた。


 そして、『声』が聞こえたのは、そんな時だった。




 ✳︎✳︎✳︎



「あれからもう十年かぁ。あんたも老けたね」

「うるさい。貴女も同じだけ歳を食ったでしょう」

「あたしはまだ二十代で〜す。三十半ばのあんたとは違いま〜す」

「……子供二人産んでまだその性格ですか」


 んなわけないでしょ。あたしだって成長したし、好きな人の前じゃもう少し可愛いかったから。

 人前では女神様らしくお淑やかにだってしたし、子供達の前では理想の母親であろうと努力したわよ。

 右も左も分からずに、あんたの言う通りに動いていた十年前とは違う。自分の頭で考えて、この国……大事な人の居るこの国の為に尽くしてきた。


「でもその結果がコレじゃ、ざまぁないよなぁ」

「……よく頑張った方でしょう。この国がここまで豊かになったのは女神の功績です」

「でも、人間の欲って際限ないって、気付けなかった」


 豊かになるにつれ、傲慢になっていったハクカ王家。女神の力を笠に他国に対して圧力をかけ、言うことを聞かない者には神罰が下ると脅す始末。

 「この世界の問題はこの世界で解決すべき」

 今ならこの警告を上辺だけでなく理解出来る。この世界にとって、あたしは毒にも薬にもなる劇薬だった。

 あたしや皇太子が諫めても直らず、公正だった国王にすらその影響が出始めるに至り、あたしは夫と子供達と別れる決心をした。


「本当にいいんですか? 今の私なら貴女の力を封印する事も」

「無理。女神が力を失ったなんて、絶対隠蔽されるよ。この国にはもう女神は要らないんだよ」

「貴女はどうなんです。貴女には旦那と息子達は必要じゃないんですか?」

「この子がいるから、大丈夫」


 今はまだ目立たない下腹部をそっと撫でる。

 ここへ小さな命が宿っていることを、この国の人は誰も知らない。この子の父親でさえも。

 黙っていなくなることを許してほしい。女神がいなくなってしまうことを知っていて見逃したなら、たとえ夫であろうと王族であろうと、罪に問われる可能性がある。

 ぼんやりしているようでいてあの人は意外と聡いから、きっとあたしがこの国を去る理由を理解してくれるだろう。


「行こっか。村がこの十年でどれだけ変わったか、楽しみ」

「もう村じゃなくて街ですよ。あと十年もしたら国になるかもしれませんね」

「えっ。そんなに人数増えたの?」

「ええ。誰かさんが開いたままの扉をほったらかしたままで消えやがったおかげで」

「ご……ごめんなさい」


 国ひとつの浄化で力使い果たして、半月ほど生死の境を彷徨ってたんです。すぐに帰るつもりではいたんです。目覚めた時には扉が閉まってて、目印失って迷子だったんです。

 しかしあたし無しでよく閉じれたよね。凄い。


「あなたが消えたことで人に頼らず全員で協力して、問題解決出来るようにはなりましたけどね。あのタイミングで消えた事だけは、今でも恨んでます」

「本っっっ当に、申し訳ありませんでした!」


 言い訳しません。出来ません。意思疎通すら危ういクセのある人々と共に異世界の山中で生き延びろとか、あたしなら三日でゲームオーバーだよ。

 罪悪感に駆られてうな垂れる。おかげで「まぁ、二百人ぐらいは新生児ですけど」という小さすぎる呟きは聞き損ねた。


「帰りましょう。皆、貴女の事を待っています。十年前には私との喧嘩で貴女が居なくなったんじゃないかと、散々責められましたよ」

「か……重ね重ね、大変ご迷惑をおぉっ」

「まったくです。しかもその大迷惑な十年ぶん、キッチリ働いてもらうつもりが妊娠中とは姑息な真似を。子供が 成長したらしっかり手伝って貰いますから、覚悟しておいて下さいよ」


 十年前と変わらない、嫌みっぽい口調に何処か安心する。十年前、子供だったあたしには気付けなかった、分かりにくい優しさに今なら気付ける。

 不安だった。十年前、結果的に皆を見捨てて消えたあたしは恨まれてるんじゃないかと。今更、村にあたしの居場所はあるのかと。


 この国を去る決心をした途端に現れた同郷の男。二年とかからずハクカの奇跡と女神の噂は大陸じゅうを駆け巡った。その時に連れ戻しに来なかったのは、きっとあたしが子を産んでいたから。

 ヘラッと思わず頬を緩ませたあたしを見て、「何笑ってるんですか気持ち悪い」と歪めた顔が微かに朱い。あたしはとうとう声を上げて泣きながら笑った。


「人の顔見て泣く程笑うなんて、相変わらず失礼な人ですね」

「ごめ……あたし、凄く幸せなんだなぁって思って」

「はいはいそうですか。そろそろ飛んでもいいですか」

「ねぇなんで耳赤いの?」

「うるさい飛びますよ」


 さよならハクカ。さよなら愛しい子供達。さよならあたしの愛した、愛してくれた大事な……。


 魔力の篭った数枚の札が光と共に弾け、ぐるりと景色が回るように入れ替わる。軽い目眩にぎゅっと一度目を閉じた。深呼吸をして、ゆっくりと目蓋を上げる。


 最初に視界に入ったのはピンク色の花吹雪。

 森で見つけて、あまりに似ていたので勝手に村の中央に移植して怒られた大樹。怒られはしたけど、あたしと同じ名の樹に良く似たそれを撤去しろとは誰も言わなかった。その木陰には幾つものベンチがいつの間にか設置されて……忘れかけていた記憶が一気に甦ってくる。


「おかえり、桜」


 寂しさと懐かしさに襲われて、子供のように泣いた。


 ああ。きっとあたしは、幸せになれる。


 だからどうか、どうか幸せに。

 離れていても、二度と会えなくても。

 愛してる。祈ってる。




 薄紅の花弁は風に巻かれ、慰めるようにあたしの周囲へと降り積もっていった。





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