03 神殿に着きました。
人がいっぱい……。
さすが魔法大国ハクカ。今まで通過してきた小国の街とは比べものになんないわ。市でも立ってんのかってくらいの人の多さだけど、ここはまだ入口近くなんだよね。
王都までは荷馬車で送ってもらった。あたしが騒ぎにならないように入りたいと言ったら、村長さんも着いてきて身分証を提示してくれた。
おかげでスムーズに門をくぐれました。ありがたや。
「大変お世話になりました。あなた方のご親切はけして忘れません」
ボロを出さないために、ここまでは可能なかぎり喋らずにこにこしていた。そうすれば勝手に周りが気を使って、色々と世話を焼いてくれる。
心苦しく思いつつも当然のような顔をして任せていたけれど、お礼だけは別。心を込めて丁寧に。でもできるだけ上品に微笑む。
「ここから先は私一人で。村でのこと、心に留めておきますね。いつかお礼に伺えたらと思います」
「め……貴女様はこれからどちらへ? 言っちゃあなんですが、若い女性にはここは村や森より危険です。お送りしますんで
村長さんの言葉にちょっとだけ悩む。あたしの目的地はハクカ教の神殿だ。
さすがに神殿のお偉いさんなら、東では黒髪黒眼が珍しくとも皆無ではないと知っているだろう。神殿では、女神ではなく東国の出身だと打ち明けて保護してもらう予定だから、村長さんたちが着いてくるのは正直マズい。
しかし治安が悪いと評判のこの国で、田舎者のあたしが無事に神殿までたどり着けるかは……うん。不安すぎる。
「では、入口までで構いませんから神殿まで送って頂けますか?」
「国教の本神殿までですな。任せて下さい」
神殿まではあっさり辿り着いた。真っ直ぐに大通りを進むと、白い石造りのいかにも『神殿』な建物が堂々と建っている。
これならあたし一人でも簡単に来れたなぁ。道順だけ聞ければよかったんだけど、あたしは王都にいた事がある設定にしちゃったから神殿の場所知らないのは不自然なんだよね。
神殿ある位置で道は大きな門で仕切られていて、衛兵が数人立っている。ここから先は特権階級の居住区と王宮があるのだろう。神殿がこの位置にあるのは、門の向こうの人々が拝殿しやすいようにという配慮かな? もしかしたら、門の向こうから直に神殿に入れる入口があるのかもしれない。
ではここで。と、村長さんたちに別れを告げる。自分達も礼拝したいと言われたが、目立たず帰りたいので一人が良いと言って、なんとか別れる。
よしよし。これで後は誰か神官を捕まえて事情を説明するだけだ。
あたしが髪と眼を晒したら市井に混乱が起きるから、野放しにはできない。かといって女神と同じ色のあたしを無下には出来ないだろうから、最低でも衣食住は確保できるはずだ。
まがりなりにも神の御許だ。牢に入れられたり、殺されたりはしないでしょ。軟禁はされるかもだけど、身の安全には変えられない。故郷の村を出て|(攫われて)一年と少し。いい加減安心してベッドで寝たいんだよ。
うきうきと入口の大階段を登るあたしは完全に浮かれていた。
豪華な馬車が停まり、中から一人の神官が恭しく傅かれながら降りてきたのにも気付かなかった。
「そこのフードを被った女!」
鋭い声にあたしはぎくりと身を跳ねさせた。
「参拝に顔を隠すなど、礼儀を知らないのか。頭のものを取ってから中へ入れ」
こ こ に き て こ れ か !
女神のふりが上手くいき過ぎてて自分の不幸体質忘れてたよ。
あたしのバカバカ! なんで足を止めたの。ちょっと怒られたからってビビってどうすんの? 聞こえないふりしてさっさと中に入ればよかったのに……っ
足がすくんで動けない。あたしを呼び止めたまだ若い神官は、颯爽と階段を上って側に来る。
やめて。なんでそんなフットワーク軽いの。お付きの人が置き去りで困ってるよ!
「も……申し訳ありません。顔に傷があって人目に晒したくないのです」
震える声でようやく考えた言い訳を口にする。ベタだけどたぶんコレが一番説得力ある。たぶん。
「……それは気の毒だが、身許を隠す者を神殿内に入れるわけにはいかない。私の陰にいて良いからフードを落としなさい」
苦し紛れの言い訳を聞いた神官は、口調を緩めてあたしを庇うような位置に立った。あれ? 思ったより優しい人かもしんない。
おかげで少し落ち着いて、体の震えも治まった。よくよく見ると法衣は豪華だし、位の高い神官みたいだ。それなら……
「騒ぎを起こしたくないのです。お話ししたい事があります。そっと中に入れて貰えませんか?」
周りに聞こえないように小声で言って、彼にだけ髪と眼が見えるようにフードを持ち上げる。気難しそうに見えてそうでもなかった神官は、一瞬唖然としたがすぐに眉間にシワを寄せて左右に視線を走らせた。
――――よかった。伝わった。
ホッと息吐く。こちらの意図が伝わった様子に安堵して、体から力を抜いた時だった。
「――――ッ!?」
その場に、崩れ落ちてしまった。神官が腕を回して支えてくれなければ、階段から転げ落ちる所だった。
思わず口を押さえたが、上げてしまった悲鳴はもう取り返しがつかない。
「女神様!」
誰かが叫んだ。通りにいる全ての人々が跪いていく。
視界の端にここまで送ってくれた村長さん達の姿が見えた。さっきの声はあんたか。まだ帰ってなかったの。
「女神様だ!」
「女神様が降臨なさった!」
徐々に大きくなっていく声に呑まれて頭が上手く働かない。
考えろ。何の力も持たないあたしが考えることをやめれば、終わりだ。真っ白になった頭を叱咤する。
「女神様」
支えていた腕を解いて私を立たせると、フードを取り去った犯人は恭しく一礼した。
「ご尊顔を拝しまして、光栄に存じます。お話しは中で……どうぞお手を」
……何考えてんだこの人。絶対にあたしの意図は伝わっていたはずだ。あたしを女神だなんて思ってないだろ。思ってたなら、無理矢理顔を晒すなんて無礼を働くわけがない。
胡散臭い笑顔を浮かべた神官に支えられ、人々の歓声を背に。
あたしはよろめきながら神殿に足を踏み入れた。