表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/37

22 あんただけは恐くない。

 円卓の間から出て数歩歩いた所で、床へ崩れ落ちそうになった。慌ててリリィがあたしを支える。


「無茶のし過ぎです! アンセルムだけを相手にする予定が、国王まで引っ張り出すなど……肝が冷えました!」

「この先の中庭にレナとフラヴィが控えています。そこまで御辛抱ください」


 はは。足が笑ってる。ごめんリリィ重いよね?

 リリィに支えられてヨロヨロとその場を離れる。角を二回曲がった所で、二人の女官があたしたちを認めて走り寄ってきた。


「女神様!」

「いかがなされましたか!?」


 リリィからあたしを受け取ると、二人は中庭のベンチにあたしを座らせる。早く自室に戻りたかったけれど、足が言うことを聞かないので仕方ない。気を許した者だけに囲まれて、ホッと一息ついた時だった。


「女神様!」


 空気が凍る。あたしを除く四人全員が般若の表情で声の主を見遣った。あたしは……もうなんかどうでもいいわ……。


「どうか、もう一度お話をさせて下さい。何か誤解があったと思うのですよ」

「そこで止まりなさい! 女神に近付く事を禁じます!」


 ぬけぬけと言い放ち、近寄るアンセルムにディディエが切れた。

 アンセルムに一番怒りを覚えているのは彼だろう。彼の王(ジル)を奪われたのだから。勿論あたしも腹は立っている。殺してやりたいと思った事もあるけれど……。


「ありがとうディディエ枢機卿。でも私は大丈夫です」


 にっこりと笑ってみせれば眉を寄せた彼は一瞬沈黙し、横を向いてため息をついた。……何そのジルみたいな反応。

 あたしが向き直るとアンセルムはニヤリと笑い、手を振って護衛を遠ざける。西側の回廊の方へ下がろうとした護衛は、踵をかえして南の端へと控えた。


「気をつけた方がよろしいですよ。私は貴女の過去を知っているのだから」


 周囲に聞こえないように小声で話すだけの知恵はついたようだ。言葉遣いを崩さないようにしてるのも成長だね。でも切り札のつもりで手にした武器が、両刃の剣である事に気付かないのが残念すぎる。

 あの時あたしは泣き叫び、取り乱した。さっきも震えて逃げるように退室した。だから、ちょっと脅せば言うことを聞くと思ったのだろうけれど。


「何の話でしょう? 前から思っていたのですが、私にご不満があるのでしたら」


 目を細め、口端だけで笑って小首を傾げる。


「国王や王妃、それから皇太子殿下などに全て(・・)お話しして、助言して頂いてはどうでしょう?」


 ……できるもんならね。


 顔色を変えたアンセルムに、ディディエが失笑する。レナとフラヴィは相変わらずアンセルムを睨んでいたが、リリィはいつの間にかにこにこと穏やかな笑顔を浮かべていた。

 ……怖いよこの子。どこまでわかっているのか、それとも空気を読むのが上手いのか。


 黒髪黒眼のあたしをこの国に攫ってきたのは、完全にアンセルムの独断だ。国王の許可を得たものじゃない。

 そしてアンセルムがあたしを使って手に入れようとしたのは、おそらく『国王の父』という権力。黒髪黒眼の王子をあたしに産ませ、ゆくゆくはその子を国王の座につける……そんな計画が許されるわけがない。公になれば破滅だ。


「だ……騙したのか? 人と話すのは怖いんじゃないのか!?」


 怯む事なく対峙するあたしに、アンセルムがうろたえる。

 べつに、騙したわけじゃない。他人に会うのはまだ怖いけれど、あんただけは怖くない。


「罪には罰。傷つけられるのは恐ろしいですよ。私に害をなすものへの罰を、私自身で決めることができませんから」


 人差し指を立てて、天を指す。


「貴方を救う事はもう出来ない。ですから……貴方だけは、恐ろしくありません」


 目線が泳ぐ。いよいよ蒼白になったアンセルムは怯えたように辺りを見渡した。庭の隅に吹き寄せられたままの薄紅の花弁が目に入ると、顔を引き攣らせて後ずさる。

 まさか、と思いはじめたんだろう。誰にも真似の出来ない、大規模な花吹雪。……ただの小娘のはずだ。天の裁きなど下らない。でも万が一、本物だったなら…………?


 ふわり。


 一陣の風が吹き抜け、花びらが舞う。「ひっ」と小さな悲鳴を上げて、アンセルムは挨拶もせずにその場から逃げ出した。慌てて護衛が後を追う。あたしは腕を下げると、回廊の柱の向こうに声をかけた。


「……意地が、悪いですね」


 あたしもディディエも風を起こしてはいない。花びらを舞い上げてアンセルムを怯えさせたイシドールは、相変わらず感情の見えない顔でこちらに歩み寄ると、完璧な所作で一礼した。


「女神に無礼を働いた弟に、少し灸を据えただけです」


 笑ったり怒ったりして言えば親しみの持てるセリフなのに。抑揚なく、無表情に話されると何だか気が滅入る。

 アンセルムを脅して大げさなパフォーマンスをしたのは、柱の影で盗み聞きしていた皇太子に見せるためでもある。花びらの奇跡が記憶に新しい間に、できるだけ「もしかしたら本物かも?」という空気を作っておきたい。

 リリィ達が膝をついて頭を下げた。そういえば、三人共アンセルムには頭を下げなかったね……あなた達強気すぎるよ? あれでも一応王族なんだよ!?


 そんな事を考えていたせいか、反応が遅れてしまった。彼があたしに敵対することはないと思い込んでいた所為もある。大仕事を終えて、少し気も緩んでいたのかもしれない。


「失礼します」


 イシドールが、いきなりあたしとの距離を詰めた。

 頬へと伸ばされた腕を反射的に振り払う。一番近くにいたディディエの腕にすがりついた。恐怖にヒュッと喉が鳴る。リリィが悲鳴を上げてあたしを抱きしめた。


「殿下!?」


 私を背後に庇うと、ディディエが怒りを隠さずに叫ぶ。イシドールは素知らぬ顔でディディエを一瞥すると、私に向けて指先に挟んだ小さな欠片を示した。


「髪に、花弁が付いておりました」

「口でおっしゃってください! たとえ髪の一筋といえど、許可無く女神に触れることは許されません!」


 ……び、びっくりした。心臓がバクバクしてる。驚いたけれど、イシドールが何故こんなことをしたのかは理解できる。私の対人恐怖症が本物なのか、確かめたんだ。


「気が……済みましたか?」


 流石に腹が立ったので、恨みの篭った声が出た。イシドールは暫く無言であたしを眺めていたが、ふっと目を伏せるとほんの少し感情の滲む声でつぶやいた。


「貴女は、きっとジルの女神なのでしょうね」


 ……どういう意味だろう?


 わからない。いったい何が言いたいのか、何をしたいのか?

 無気力すぎる男。何もかもに興味が無いようなこの男が、何故わざわざあたしに接触する?


「ジルは、解放されるでしょう。王は貴女に(・・・)興味を持っています」


 一瞬後には優雅な礼を済ませて踵を返した皇太子に、あたしはかける言葉を見つけることが出来なかった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ