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21 ストライキするからねっ

 足が震える。円卓の間の扉を開けた途端に回れ右したい衝動に駆られたが、かろうじて耐えた。

 右隣を見れば内心はどうあれ涼しい顔のディディエ……心臓強いな少し分けてよ。左には流石に強張って白い顔のリリィ……こんな所に引っ張り出して、ほんとにごめん。

 リリィの献身に酬いる為にも踏ん張らなくちゃ。席を立ち頭を下げる王族貴族……特に国王と王妃を努めて視界に入れないようにして、円卓の上座へと着席した。


 隣と席が離れていてよかった。近かったら逃げ帰ってたかも。

 ディディエは自分の席には行かずリリィと共にあたしの後ろへ立つ。ありがとう……いつか泣かしてやるリストから名前消しておくよ。


「ご機嫌よう女神様。さて、ようやくお顔を拝見でき嬉しい限りなのですが……。ディディエ枢機卿とその女官は、一体どういうつもりか?」


 進行役らしい、たっぷりとした白い髭の割に頭の艶やかな老人が二人を見咎める。

 うん。言われると思った。でもこれだけは譲れないからゴリ押しさせてもらうよ。


「私がお願いして傍に置いております。まだこうして人目にさらされるのは恐ろしいのです。二人がいなければ、私はここにこうして座っている事すらままなりません」


 いやマジで。二人から離されたら走って逃げるからね!

 白髭の老人は苦々しそうな顔を作り、更に言い募ろうとしたが、「まあまあ」と割って入った声に口を閉ざす。


「女神様がそうおっしゃるなら良いではないか。せっかく無理を推して足を運んで下さったのだ。そのような瑣事でお心を煩わせることもなかろう」


 擁護の声が上がるとは思わなかったので少し驚いた。ちょっと趣味の悪い豪奢な衣装に身を包んだ中年の男。ギョロリとした大きな目と秀でた額には覚えがある。晩餐会でジルがこっそりと教えてくれた革新派筆頭の、名前は……えっと、とにかく革新派筆頭。


 女神に恩を売りたいのだろうか? アンセルムが役立たずになった今、革新派派としては何かひとつ切り札的なものが欲しいのだろう。今はアンセルムを嫌うあたしを保守派から奪うチャンスだし。


 ディディエの話によるとアンセルムは王妃によって擁護された。彼は王妃の実子。彼女にとってはイシドールに何かあった時に必要になる、大事なスペア。

 保守派の中心人物である王妃はアンセルムの主張を受け入れることで恩を売り、革新派寄りだった彼を保守派へと取り込んだ。その結果、ジルは無実のアンセルムを害そうとした責を取らねばならなくなった。国王は我関せず……どちらの息子の主張が通ろうと構わないんだろう。


 おかげさまで保守派だったはずの女神は夫を失い微妙な立場。

 つまり、革新派には女神を取り込む絶好の機会ってわけだ。もちろん保守派も黙って女神を渡すつもりはないから、今日の会議はジルの罪を問う裁判というより女神の取り合いになる。

 ……そんなものに付き合うつもりは毛頭無いですけども。


「ありがとうございます。長くこの場に留まるのは難しそうなので、手短にお話しさせて頂きます」


 誰かに反論される前にさっさと礼を言って、早速本題に入る。長く耐えることが出来そうにないのも本当だし。


「私がここへ来たのは、夫を救う為です」


 ざわり。と場がざわめく。この展開は予想外ではないだろうけれど、飾らず、真っ向から王妃に対抗する言葉は場を荒らす。不快そうに何人かが顔を歪め、眉を潜めた王妃が扇で口元を隠した。


「アンセルムの罪は今更問いません。彼が罪を私は知っていますが、それを裁くのは私ではありません。今回の騒動で実際に傷つけられたのは私ひとりです。ならば、その裁きは人ではなく天へ任せましょう。いずれ……」「私の罪だと!」


 あたしの言葉を遮って、アンセルムが叫ぶ。


「何を今頃になって……私は女神を救いに行っただけなのに、誤解してジルは私を殺そうとした! それが真実だ!」


 何故ここにアンセルムはいるのに、ジルはいないのか。昨日までとは女神の立ち位置が少し違っていることにも気付かず、喚くアンセルムを見ながらジルの立場の弱さを嘆く。

 今、ジルを救えるのはあたしだけ。怖がるな。逃げるな。それに、アンセルムは恐くない。この男に抱くのは怒りと、ほんの少しの……憐れみ。


「アンセルム殿下。女神のお言葉を遮るなど不敬が過ぎます」


 気負いなく、淡々とディディエがアンセルムを咎める。うっわ〜……無表情が逆に嫌みっぽいぞ。


「不敬!? お前のその言い様の方が私に対する不敬だろう! ジルに続いてお前もその女に……」

「アンセルム!」


 鋭い女性の声と扇を叩きつける音に、沈黙が落ちる。かろうじて壊れてなかった扇をゆったりと広げると、貴婦人らしい落ち着いた声音で「失礼致しました」とソレーヌ王妃は微笑んだ。


「アンセルム、女神に謝罪を」

「は……母上?」

「謝罪を」


  くっそ~……ちょっと足りない。もう少し女神を罵らせたかったのに。やっぱり王妃は一筋縄ではいかないな。

 アンセルムは王妃に逆らえない。悔しそうな表情で「申し訳ありませんでした」と唸るような声で謝罪する。


「女神を傷つけた罪は天に裁きをまかせよと、そうおっしゃるのですね。人は裁くことならずと」


 にっこりと貴婦人のお手本のような笑顔で問う王妃に、ぞわりと背筋に嫌なものが走った。ハクカ王家の澱みそのもののような女。この人を相手に言葉遊びはできないと直感する。こんな化け物に、口で敵うもんか。あっという間に言葉尻を取られて追いつめられるに決っている。


 アンセルムの馬鹿に女神を罵らせ、不敬を咎めて譲歩を引き出す予定だった。神への不敬とアンセルムへのジルの害意では格が違う。案の定アンセルムは容易く激昂したが、これ以上の女神への不敬は、王妃が許さないだろう。なら


「いいえ。アンセルムは天により裁かれるので私はもう関与しないと、そう言っただけです」


 ディディエが息を飲む音が聞こえた。ごめん。勝手に方針変更して。


「最初に言った通り。私はジルを救いにここへ来ました。ジルが解放されなければ、私は今後一切女神として持つ力を行使することを拒否します」


 王族と女神の会話に割り入るわけにもいかず、空気のようだったその他の人々が一斉にざわめいた。

 花びらの奇跡は想定以上の効果を上げた。ただの魔法だと知っているはずのディディエですら、息を飲む神秘的な光景。偶然それを目にした人々が東の塔の周りに押し寄せ、一時周囲は騒然とした。


 風に運ばれ城下にもその騒ぎは広まり、今も拾われた花びらと共に多少の脚色を交えつつ、奇跡の光景は市井を賑わせている。

 おそらくジルの処遇以上に関心を持たれている、女神の起こした『奇跡』。それを封印すると言われれば……。


「……女神としての責任を放棄するというのですか?」


 何が責任だよ。女神にやらなきゃいけない使命なんてものは無い。今のハクカの問題は、すべて王家が責任を取るべき事案でしょうが。


「夫ひとり救うことの出来ない女神に、何が出来ましょう?」


 そう言って悲しげに目を伏せてみせれば、苛立たしげに扇を閉じる音がした。流石にここまで強攻な姿勢を見せられるとは思ってなかったのだろう。おそらく、これはギリギリの綱渡りだ。背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「いかが、致しましょう?」


 周囲のざわめきが消え、誰もが口を閉ざして注目する。王妃は感情を殺した平淡な声で国王に問いかけた。ジルとアンセルムの去就に国王はさほど興味がない。だから王妃は今迄口を出し、思い通りに事を運ぶことができた。だけど、女神に関することではそうはいかない。

 ふむ。と顎を撫でたコルデロスは、この場に不釣り合いな楽しげな声音ですぐ近くに座るラウール宰相に話しかけた。


「そなたは偶然女神の奇跡の一部始終を見たそうだな。どのように感じた? 他の者の反応はどうであった?」

「年若い女官はうっとりと見惚れたり、綺麗だとはしゃいでおりましたな。歳の寄った者の中には感動して泣いておる者もおりました。私は……何故か少し恐ろしく感じましたが」

「ほう。人により感じ方が違うか。面白い」


 ふうむ。と国王は再び顎を撫で、相変わらず人形のように無表情のイシドールに声をかける。


「イシドール。どうだ、お前は同じことが出来そうか?」

「いいえ。似たような陣は存在しますが、その陣ではあれほどの規模の花弁を降らすだけの魔力を込めることができません。複数の陣を使ったとしても、あの量は難しいでしょう」


 それに、と続けたイシドールは私たちが気づいていなかった事実も調べていた。


「時間がなくまだ充分には調べてはおりませんが、あの花弁を持つ花を誰も知りませんでした。花の種類を指定することはできますが、多く降らすには使用する土地のその季節に咲く花を指定する必要があります。あの花吹雪は、全てにおいて規格外です」


 さすが。普段ジルに仕事を丸投げしているとはいえ、この国で二番目の魔力の持ち主だけはある。これは助かる。あたしの力(というか女神様印の力だけど)の価値が上がればそれだけ勝率が上がる。

 感謝するべきなのかな? イシドールとシルヴェーヌ的には、あたしとジルの間に産まれた子供が欲しいから援護してくれてんだろうし……微妙。


「そうか。しかしそのような素晴らしい技が使えるというのに、何故女神様は自力で賊から逃げる事が出来なかったのでしょうな?」


 意地の悪い。煙に巻かれないようにしなくちゃ。あたしの要求はひとつだけ。これを見失なわなければ他はどうでもいい。


「私には先代のような力はありませんので。邪気に侵されているわけでもない今のこの国で、過ぎた力は害にしかなりません」


 むしろ、その方が好都合でしょ? あたしが先代に匹敵する力を持つ『本物』だったなら、御するのは難しい。害の無い奇跡を起こすことのできる程度の存在なら、本物だろうが偽物だろうが楽に利用できるんだし。

 それでも絶対譲れない条件は、ある。


「私の力が必要なら、夫の解放を。ジルが隣にいれば私は強くあれます」


 簡単なことだ。アンセルムを罰しろと言うわけじゃない。ちょっと王妃が不快に思うだけで失うものは何も無い。王妃は保守派の中心人物だが、保守派の筆頭はコルボウ家当主のジャン=エメ。ジルを解放するということは、シルヴェーヌの父である彼に恩を売ることにも繋がる。


 顎に手を当て髭を撫でながら、面白そうに私を観察するコルデロスの目が笑っていない事に気づいて、さりげなく目線をそらす。

 怖い。この国を統べる、支配者。この男があたしに害意を持ったなら……。

 いつの間にか指先が氷のように冷えていた。


「失礼致します」


 あたしの震えに気付いたリリィが小さく囁いて、背中に手を当ててゆっくりさすってくれる。その様子を横目で確認したディディエは、リリィと視線を合わせるとひとつ頷いて前へ出る。


「陛下。女神様をそろそろ部屋へ帰さねばなりません。私共ではジル殿下ほどに女神をお慰めできないのです」


 苦渋の表情でディディエはコルデロスに言上した。役者だなぁ。打ち合わせ外の事にもすぐに対応してくれる。

 限界か。あたしの出来る事はすべてやったと思う。貴族の力関係に疎いあたしが、これ以上粘った所で大した成果は上げれそうにないし、国王に対峙するのは怖い。王妃との会話もギリギリだった。


「どうか、女神に平安をお返し下さい」


 ディディエの嘆願を最後に、私は円卓の間から逃げ出した。


 

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