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17 嫌われ過ぎたかもしんない。

 失神して知らない場所で目覚める事に、慣れてしまうとは思わなかった。

 この短期間で三回目だよ三回目! しかも徐々に難易度上がっていってるし!


 過去二回は身体的には一応丁重に扱ってもらっていたけど、今回は(まご)うことなき虜囚だ。

 窓の無い殺風景な部屋。両手首は部屋に不釣り合いに重厚なベッドのヘッド部分に、バンザイの形で縛られていた。

 女神を縛るって! 普通貴人の監禁で身体を拘束したりはしないでしょ!


 重ねて着ていたローブが全て脱がされていて、袖の無い薄い衣装だけなので肌寒い。じゃらじゃらとつけられていた腕輪の感覚が無くなっていたので、慌てて胸元を確かめる。

 身動きするとペンダントの鎖が首に当たる感触がして、ホッと息をついた。どうやら縛るのに邪魔なものを取り払っただけのようだ。


 ――落ち着け。


 ここがどこかはわからないけれど、ジルが必ず助けに来てくれる。

 あたしがすべきなのは時間稼ぎだ。できるだけ一カ所に……できればこの場所に留まり続ければ、発見される可能性が上がる。


 リリィは無事だろうか? 一緒に捕まっていたり、傷付けられたりしていないと良いけれど。

 まさかこんなに乱暴に攫われるとは思わなかった。一人になると危ないかもしれないという危機感は持っていたけど、自室で……しかも人目がある時にこんな強引な手段に出るなんて。

 なんとなく、誘拐犯には心当たりがある。きっとジルも同じ疑いを持つと思うけれど


「予想が外れるのも困るけど……会いたくないなぁ」


 まあ、案の定予想通りだったんだけどね。




「いい恰好だな。『女神様』」


 一刻ほど後にニヤニヤと、王族らしくない下卑た笑いを張り付けたアンセルムが登場しました。


 うん。そうだろうと思っていたよ。

 今このタイミングでは疑ってくれと言わんばかりなのに、なんでこんな暴挙に出るかな? 理解できない。


「ご機嫌ようアンセルム殿下。リリィは無事ですか?」


 とにかく時間稼ぎだ。縛られたままでにっこりと笑ってみせる。

 私は女神。この程度のことで動じてはいけない。可能なかぎり威厳を保たなくちゃ。


「リリィ? 誰だそれは」

「私の世話をしてくれている女官です。共に居たはずですが」

「女官など知るか」


 興味なさげなアンセルムに安堵する。おそらくリリィはそのまま部屋に捨て置かれたんだろう。


「殿下。部屋に帰して下さい。今ならまだ間に合うかもしれません」

「間に合う? 意味がわからないな。どちらかと言えば色々と手遅れだろう。お前は」


 ゴメン忘れてた。あんた馬鹿だったね。遠回しな言葉じゃダメなんだった。


「このままでは、殿下は罪に問われます。今すぐ私を解放すれば、その罪も少しは軽くなりましょう」

「罪?」


 突然笑い出したアンセルムに思わず眉をしかめてしまった。女神らしくない表情だ。

 慌てて悲しげな顔を作る。


「殿下……何が面白いのです。私にこのような真似をして、赦されると……」

「黙れ下民が。奴隷に何をしようが罪になどなるものか!」



 アンセルムの言葉に、背筋が凍った。



 あたしがこの国に来たいきさつは、ジルとディディエしか知らない。それも『知り合いに迷惑をかけたくないから』と、ざっくりとした概要だけだ。

 あたし自身の事は出来るだけ話さないようにしている。


 なのに、アンセルムの言葉は確信を持ったものだ。

 カマをかけてるようには見えない。カマをかけれるほど頭良さそうにも、見えない。


「フォレスタ国」


 続く言葉に目眩がする。あたしの生まれた国。

 動揺するな。何があってもあたしは女神でいなきゃいけない。


「奴隷商の名はザザ。お前を買うのは私のはずだったんだ。商人が鳥で手紙をやり取りしているのを見ただろう。誰が本当の主人なのかをしっかりと……」「奴隷などというものが、この国では認められているのですか?」


 大丈夫。声は震えていない。

 どれだけアンセルムが確信を持っていても、言質を取られることだけは避けないといけない。


「寝ぼけたことを。身をもって知っているだろう」

「何のことかわかりませんが、人身売買など許されるものではありません。今すぐやめるように国王陛下に……ッ」


 強く肩を掴まれて言葉が途切れる。イラついた顔で爪を立てながら、アンセルムは私の上に馬乗りになった。


「とぼけるのもいい加減にしろ。お前は黒髪黒眼の私の子を産むために、この国に売られてきたんだ」


 容赦なく体重をかけられて足が軋む。

 細身とはいえそれなりの身長のある男の全体重は、痛い。


「離しなさい。私に触れることを許可した覚えはありません」


 痛みに耐えながら、虚勢を張る。

 恐い。男の力には敵わない上に、両手の自由が利かない。

 それでも、この男に対する怒りが恐怖を上回る。あたしの不幸の原因の大半を作った諸悪の根源。

 絶対に、許さない。こいつにだけは屈してなるものか!


「何の力も無い下民が偉そうにほざくな! 女神だと言い張るなら奇跡でも起こしてみろ!」


 怒声と共に容赦の無い力で頬を張られる。

 失敗した。今の言葉は晩餐会での屈辱を思い出させてしまったな。

 物理的な涙が滲む。口内を切ったらしく、鉄臭い味が広がった。


 口の中を切っただけでよかった。仰向けで鼻血とか出たら息が出来ない。

 まだ大丈夫。怒りの方が強い。口も身体も動く。(すく)んでる暇は無い。


「これが、神の血を引くハクカの王族の振る舞いですか! 今すぐ私の上から退きなさい!」


 怒るなら怒れ! 身体の痛みなんて我慢してやる。あんたにだけは、たとえ殺されても(へりくだ)ったりするもんか!


「黙れ女神を騙る売女が! お前は大人しく股だけ開いていればいいんだ!」


 足首を掴もうとしてアンセルムの腰が浮く。あたしは迷わず、思い切り右足を蹴り上げた。


「ガッ……!」


 下腹部にまともに膝が入って、アンセルムが身体をくの字に曲げる。ベッドから滑り落ちたので更に蹴る事はできなかった。

 また失敗……本当は下手な事が出来ないように、金的食らわせたかったのに……ッ!


「……淑女ぶって周りを騙して、これが本性か」


 暫く嘔吐いていたアンセルムが、据わった眼で取り出したものに血の気が引く。

 落ち着け。殺されはしない。怪我をしてもきっとジルが治してくれる。


 抜き身のナイフを手に、逆の手で右足を掴まれる。左足で蹴ろうとしたけれど、角度が悪くて上手くいかない。

 焦っているうちに膝で抑えこまれ、身動きできなくなる。


 視線が、武器になればいいのに。


 勝ち誇った顔の男を睨みつける。

 振り上げられた刃がランプの炎を受けて、ギラリと閃いた。


 

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