16 初回は緊張、2回目は薬、今回は魔法。
王宮内の空気がおかしい。
あたしの部屋は主殿から離れた王宮の外れ。人の集まる場所からは離れているのに、ざわめきがここまで届くのは尋常ではない。
怒号が聞こえるに至ると、心配するあたしを置いて女官さんの一人が外の様子を見てきてくれた。危険があれば逃げてよ。お願いだよ?
緊張の面持ちで部屋を出た女官さんは一瞬で戻ってきた。ジルと一緒に。
えっと、扉前で会ったのかな? あとほんのちょっと我慢すればよかったね。
覚悟が空回りして微妙な表情の彼女を、あたしは心の中で慰めた。
「アンセルム兄上の側妃の部屋に、何者かが侵入しました」
ジルは騒ぎを聞いて、あたしの身を心配して来てくれたらしい。興味ないから聞いてなかったけど、やっぱり側室いたんだあいつ。
「ご側室はご無事なのですか?」
「部屋を空けた時の事らしく、無事です。貴金属やドレスなど、金目のものが盗まれました」
「王宮に泥棒ですか……!」
警備はどうなってるんだ? ありえない。
侵入を許した王宮も王宮だが、盗みに入った泥棒も頭おかしい。
「悲しい事です。犯人は捕まったのですか?」
「逃げられました。今は念のため、王宮内に賊が潜んでいないか捜索しています」
うわぁ……信じらんない。国辱ものの事態だ。
ジルの顔も強張っている。警備体制が見直されるまで、必して女神を一人にしないよう言い含め、足早に部屋を出て行った。
剣を帯いているのを初めて見た。
ジルは皇太子の名代として王宮魔術師を統べる立場にあるが、普段は護衛もつけず剣を手にしたりはしない。
午前中に仕事に就く事が多いので、私の部屋から直に執務室に行ったりもするがいつも貴人の略装だ。
騎士っぽい恰好をしたり、いかにも魔術師なローブを羽織ったりすることはない。
普段と違う姿になんとなくむずがゆい気持ちになりながらジルを見送ると、入れ替わるように見知らぬ女官が部屋を尋ねて来た。
女官長より事態の説明と対応について話があるので、集まるようにとの指示が伝えられる。
ジルの指示もあり皆あたしの側を離れるのを渋ったが、彼女も仕事なので引き下がらない。困り顔で重ねて要請され、渋々従う。
それでもあたしを一人にする事は出来ないので、先程の勇敢な女官さん(リリィって名前だったと思う)だけは残る事になった。
「ご心配ですものね。女官長からのお話はもう伺いましたから、皆様が戻るまで私もお側にお付き致します」
呼びに来た女官さんがそのまま部屋に残ることになった。
知り合いなのか女神付きの女官さん達は歓迎ムードだけど、あたしはちょっぴり人見知りモードだ。
さっきもそうだし、ランプ事件の時にも思ったけど、あたしに付いてくれている五人の女官さんにはずいぶん大事にして貰っている。
最初のうちは警戒して距離を置いていたけれど、最近は全員の名前が知りたいな。なんて思ってたり。
その分他の女官さん……に限らず、知らない人には緊張する。
基本的に王家の目的はあたしにジルの子供を産ませる事なんだから、身体的に危害を加えられる可能性は低いとわかってはいるけれど。
「お茶をお入れ致しましょうか?」
人当たりの良い優しげな彼女はそう言ってくれたけれど、首を振って断る。
リリィ(仮)が不思議そうな顔をした。朝の支度が終った後は冷たい紅茶を飲むのがあたしの習慣になっていたからだ。
でも知らない人の入れたお茶は飲みたくないし……。
「……用心深いですね」
「え?」
突然、リリィの身体が床に崩れ落ちた。とっさに支えようと伸ばした腕に白い紙が押し当てらる。
魔方陣。白い炎と共に強い光が弾けると、意識が遠くなって身体から力が抜け落ちた。
リリィごと床に倒れたあたしの脳裏に浮かんだのは『二度あることは三度ある』という、父から教わった古からの教訓だった。