14 寝相が悪いんですと言い訳してみる。
一文字一文字丁寧に魔力を込める。
すぐ側でじっと見られているのがちょっと恥ずかしい。あたしも字は下手な方じゃないけど、ジルの書く文字はすごく綺麗だったなぁ。
さらさらと魔法陣を書き上げた、ジルの指先を思い出す……ダメだ。集中しなくちゃ。
今日は楽しみにしていた、魔法陣を教えてもらう約束の日。
昼から線を引く練習をしていないので、あたしの魔力は満タンだ。
教えてもらう陣は任意の方向へ風を吹かせる魔法。殺傷力が低く、花びらの魔法と相性が良いということで選ばれた。
「中心に書かれている文字は『ヴァン』と読む。意味は『風』。ハクカに古くから伝わる古代文字だ」
「変な文字」
「……女神文字と同じく、力ある文字だ」
知らない文字を書くのは緊張する。
かつて無い集中力で、可能な限りお手本と同じ形に文字を書く。最後の線を引き、知ないうちに力の入って強張っていた指をペンから離した所で、とある失敗に気付いた。
「上手く……出来なかった、かも?」
「どこかで魔力が途切れたのか?」
「それは無いと思うけど……」
なら大丈夫。とジルは請け負ってくれた。
「それに暴走したところで手元で弾けて風に巻かれるだけだ。発動してみろ」
うぅ……暴走は心配してないんだけど。
風で落ちるような軽いものが無い、ベッドの方向に向けて発動する事にする。
「風よ、私の指し示す方へ『解放』」
あたしの言葉と同時に、轟と部屋が揺れた。
吹き抜けた風がシーツを吹き飛ばし、ベッドの天蓋を捲り上げる。ガシャンと割れる音がしたのは、サイドテーブルのランプが落ちたからか。
「…………どれだけ魔力を込めた?」
「今、魔力からっぽ……かな?」
陣の多くは、中心の力ある文字に込める魔力の量で威力が変化する。今回はお試しだから、あまり魔力を込めないようにと言われていた。
予定ではカーテンが揺れる程度の風が吹くはずだったのだけど。
「だって! 知らない文字だから間違えないように書くのに集中してたら、つい込め過ぎて……っ」
初めての魔法に感動する暇も無く、慌てて言い訳する。怒られはしなかったが、盛大にため息をつかれてしまった。
不器用でゴメンナサイ。高価そうなランプ割ってゴメンナサイ。
あたしが剥がれたシーツを敷き直している間に、ジルは椅子を寄せてめくれた天蓋を戻してくれた。
どうしよう。王子様に使用人がするような事をやらせてしまったよ……。
流石に申し訳なく思いながらシーツを敷き終わり、割れたランプを片付けようとするとジルに止められた。
「危ないから触るな。そのままにしておいて明日片付けて貰え。罰だ」
「?」
罰の意味がわからない。
確かに女官さん達には迷惑かけてばかりだから、申し訳なくて精神的にダメージ負うとは思うけど。
「じゃあ今呼んで片付けてもらう? まだ早い時間だしこのままにしておくのも危ないよ」
「……朝じゃないと罰にならない」
「なんで?」
首を傾げるあたしを見て、ジルは苦笑いすると「わからないならいい」と言う。益々訳がわからない。
あたしの魔力が尽きたので、その日は早々に床に着いた。
魔力を使うと疲れるのか、よく眠れる。熟睡したおかげで翌朝はスッキリと目覚め、早起きのジルが自室へ戻るのを見送った。
変だな? とは思った。
今までジルは早く目覚めても、女官さん達が朝を告げに来るまではあたしの部屋にいた。
ジルの起きる気配にあたしも大抵目覚めるから、話をしたりお茶を飲んだりと、のんびりしていたのに。
その疑問は、落ちたランプを見た女官さん達の反応で解決した。
朝の挨拶の半ばで顔色を変え、直ぐさま風呂に引っ張り込まれて
『無体な事はされてませんか!?』と、全身をチェックされる。
あたしの身体に何も異変が無い事がわかると
『仲がおよろしい様で安心致しました』と、何だか生暖かい笑顔が向けられた。
あたしは漸く理解した。
夫婦が使った寝室で、ベッド脇のランプが落ちる事態……。
恥ずかしさで、死ねると思った。