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13 マッド ティー パーティー。

 柔らかな光の入るサンルーム。

明るく暖かいのに、直接日の光が射すことはない。計算して配置されている庭の木々が見事だ。花の咲き乱れる庭園の景観を阻害することも無い。大きなガラスの窓は一枚の絵画のような景色を見せてくれる。

 テーブルの上には色取り取りのお茶菓子が所狭しと並んでいる。あたしの大好きなケーキも沢山、何種類も。食べてしまうのがもったいないぐらいに見た目も可愛らしく、見ているだけでワクワクする。

 テーブル中央には大きな花瓶に春の花。紅茶の香りを邪魔しないよう、香りの少ない品種が選ばれているのが心憎い。茶菓子に負けず色鮮やかで可愛らしくテーブルを彩っている。

 手際よく淹れられたお茶は、水色が薄いのに香り高く爽やかで、匂いだけでも高級品だとあたしにもわかる。もちろんお茶の淹れ方も茶葉と同じく一級品だ。あまりの手際の良さに、うっとりと見惚れてしまった。


 そして目の前の席には華やかで優美なドレスの貴婦人。

 座り心地の良い重厚な椅子にゆったりと腰かけた彼女は、あたしを見てにっこりと上品に笑うと、手にしていた扇をパチンと閉じた。


 途端に薫る濃い化粧と香水の匂い。



 だ い な し ♪



 身動きする度に匂って来るんだけど! 茶会に持ってくる扇にまで、なんで香水振りかけるかな!? 紅茶は香りを楽しむものでしょうが!

 心の中で思い切り毒づきながら、あたしもにっこりと笑い返す。

 ああもう初っ端から嫌な予感しかしない……なんであたしこんな所に来ちゃったんだろ。



      ***



「お茶会のお誘い?」

「断ることはできるが……どうする?」


 そう言ってジルが持ってきた招待状は濃い香水の匂いがした。

 招待状に書かれている名はシルヴェーヌ・ヴァレリ・ドゥ・ベルソー・コルボウ・ハクカ。皇太子妃だ。


「正直行きたくはないけど……当たり障りなくお付き合いするのが無難だよね?」

「そうだな。イシドール兄上まで敵にまわされると、困るかな」


 うぁ……それを言われると……。


「個人的な誘いだから、他の妃や令嬢の同席はないそうだ。吊るし上げられる危険は無いだろう」


 招待状にも女神様と二人でゆっくり話したいと書いてある。二人だけなので気楽にどうぞ……と。

 あたしとしては大規模なお茶会の方が気楽なんだけど。

 集団で虐められても、お茶をひっかけられても別に平気だし、むしろ虐められた方が戸惑う演技をするだけでいいから楽。それに名ばかりとはいえあたしは『女神様』だ。人目が多ければ多いほど、危害を加えられる可能性は減る。

 それよりも他人の目が無い所での、親切めいた駆け引きの方が、恐い。


「良いか悪いかで答えて欲しいんだけど。イシドール皇太子殿下とアンセルム殿下の仲は良い?」

「悪い」

「……お受けいたします」


 アンセルムへの牽制にはなるからなぁ。ジルも受けて欲しいから、すぐに断らずに相談してきたんだろうし。


「助かるが、不安なら断ってもいいぞ?」


 満足そうに笑いながら、今更何を言う。


「あたしなら大丈夫だと思って持ってきたんでしょ? ご期待に応えてみせますよっ」


 シルヴェーヌの情報を覚えれるだけジルから聞く。彼女の生家はコルボウ家。保守派貴族の筆頭だ。アンセルムはどちらかといえば革新派寄りだから敵対状況にある。

 ちなみに保守だの革新だのは政策の事ではなく、既存権益が大きい方が保守派でその他が大体革新派らしい。激しくどうでもいい争いだが、降りかかる火の粉があるから無視はできない。情報は力だ。敵の敵は味方では無いけど、利用する事はできる。


 先日の失敗を取り戻す為にも、あたしは気合いを入れてお茶会に臨んだ。



      ***



 ……わけだけど、すでに心折れそうです。


 挨拶を交わしてからずっと、シルヴェーヌはあたしの髪と眼をじろじろと観察している。居心地が悪い。

 どうにも波長が合わないらしく、挨拶の言葉もちぐはぐした。


「本当に真っ黒な髪と眼なんですのね」


 ええと、それは褒めてるのかなぁ?

 反応に困る。とりあえずニコニコしておこう。困った時は笑顔で誤魔化せだ。


「私ももう少し濃い髪色がよかったわ。眼の色は黒に近い茶ですけれど、髪は薄い茶ですもの」


 あ、褒めてくれてたみたいだ。よかった。なら挨拶がわりのお世辞合戦しなきゃね。


「でも淡い髪色だからこそ、その華やかな髪型がお似合いです。髪飾りも、本当に素敵」


 実際緩く結い上げた髪型は、どこか幼さを残すシルヴェーヌに良く似合っていた。着飾る事が好きなタイプに見えるから、衣装を褒められると喜ぶんじゃないかな?

 案の定、機嫌よさ気に扇で口元を隠して破顔する。


「この髪飾りはイシドール殿下に頂きましたの。女神様はジル様から何か贈り物は頂きまして?」


 イシドールは『殿下』でジルは『様』ね。

『まだ何も……』という答えが欲しいんだろうけど、ちょっとだけ反抗心が顔を出す。


「先日このカメオを頂きました」


 にっこり笑ってペンダントに触れる。

 シルヴェーヌは少し不満気に「あら」とペンダントを一瞥した。


「あまり上等な品ではありませんわよ。もう少し良い品をお願いした方がよろしいわ」

「シルヴェーヌ妃殿下と違って、私には華やかな品は似合いませんから」


 プレゼントの価値は値段じゃ無いんだよ。あんたのはただ金がかかってるだけじゃん。

 心の中で毒づきながらもドレスを褒めにかかればあっさりと機嫌が直る……思ったよりも楽な相手かも?

 会話に困ったら綺麗に整った爪を褒め、お茶菓子を褒め、立ち振る舞いの優雅さを褒め、ドレスの選び方についてご教授頂いたりなんかもして、時間を稼ぐ。

 うん。楽だ。ニコニコ笑って『素敵ですね〜』『流石ですね〜』で万事OK。


 心の中では

『無駄金ばっか使うな税金泥棒』『昼間っからイブニングドレス着るな! 茶会の格好じゃないっ』『香水臭い! 臭い!』『自分の夫に殿下つけるならジルにも殿下つけろバカ!』『臭い! ジル馬鹿にすんなバーカバーカ!』

 ……うん。多少のストレスはあるような気がするけど、楽だ。


 笑顔で延々と続く自慢話を聞き流していれば、いつのまにか時刻は夕刻。思ったより早く……はなかったな。途中眠くて意識飛びそうになったわ。


「日が落ちてまいりましたね。すっかり(あんたが)話し込んでしまってごめんなさい。そろそろお暇致します」

「あら。もうこんな時間。私ったら肝心な話をしてなかったわ」


 ……来た。微笑みながらも身構える。


「私。まだ御子に恵まれていませんの」

「え?」


 予想外の言葉にうろたえる。皇太子夫妻には姫が二人。秋には待望の王子が生まれたとジルに聞いている。

 生まれた子の体が弱いとか、そういう話だろうか?


「御子様のお具合が悪いのですか?」

「そうですの。嫌になってしまいますわ」


 何だろう? どこか話が噛み合わない。嫌な予感に胸騒ぎがする。


「私とイシドール殿下の御子なのに、市井の占い師並の神力しかありませんのよ? 私だって王家の婦女子の中では神力の強い方ですのに」


 養子が欲しいという話……か? それにしても気が早過ぎる。こっちはまだ身篭ってすらいないんだし。


「このままでは未来の王として格好がつきません。ですから……」


 あたしは甘すぎた。シルヴェーヌの言葉は予想の範疇を越えていた。



「女神様の生んだ子と、とりかえません?」



 チェンジリング。王家の罪。

 神力を尊ぶあまりに起きた、女神の力の弊害。


 王家はあたしの産んだ子を、皇太子の養子にでもする気なんだと思っていた。姫しか生まれなければ、皇太孫の后にすればいい。

 実際、王はそのつもりだと思う。『女神の産んだ子』という付加価値は捨て置けない。


 でも、彼女の口ぶりは


「一年や二年ぐらいなら皆さん上手く誤魔化しますわ。イシドール殿下なんて本当の年齢は四つも下なんですのよ」


 ああ。やっぱり。

 これは、珍しいことでは無いんだ。


 無邪気に笑う彼女に罪の意識は全く見えない。自分の子を愛するという、獣にすらある本能を捨てた人達。

 怒りを通り越して、恐怖すら覚える。

『腐った王家』と吐き捨てたジルの言葉を、あたしは微塵も理解していなかった。彼らは肉親の情を捨てたわけでも、忘れたわけでもない。はじめから『持っていなかった』んだ。


 元々、シルヴェーヌは皇太孫を『とりかえる』つもりだった。そこに現れた、黒髪黒眼の『女神』。

 養子では彼女の立場が守られない。皇太孫は自分が『産んだ』御子でなければならない。だから、あたしに近づいた。


「きっと、男の子をお産みになってね」


 そう言って嬉しそうに笑ったシルヴェーヌの顔が、自分とは違う生き物に、見えた。


 

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