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思い出

 八月五日、文彦は四十歳になった。とうとう三十代ともお別れだ。もう四十か……本当にオジさん——若くないんだな、と考えると少し悲しくなってきた。

 もっとも年齢云々を気にしている程、のんびり考えている訳ではない。こうしている間にも身体の変化——<若返り>は着実に進んでいる。そして——当然それに伴う全身の痛みと戦わなくてはならないのだ。

 近頃は痛みも更に増して、身体も満足に動かし辛い。トイレに行くのも困難になりつつあった。

 ため息をついて、ふと窓を見た。

 窓の外はまだまだ暑い盛りで、外にいれば汗でびっしょりだったろう。しかしこの病室にいれば快適だ。

 しかし文彦には汗を掻いて外にいる事がとても懐かしく、生きている事を実感させてくれていたと思った。


 入院して間もない頃から、定期的に見舞いに来てくれる親戚がいる。

 母方の叔父夫婦、角川慎介と晶子の夫婦だ。

慎介は文彦の母親、宣子の兄になる。早川家が住んでいる瀬戸内市にこの夫婦も住んでいる為、他の親戚より付き合いが良かった。

 文彦もよく知っており、この入院でも時々やってきては話し相手になったり、よく見舞いに来てくれていた。また文彦が小説をよく読んでいるのを知ってからは、毎回二、三冊の文庫を買ってきてくれていた。文彦がこれが読みたいと伝えていると、次に来た時に持ってきてくれる。

 二人とも温厚で優しい人たちだ。

 この夫婦には二人の子供がおり、両方とも既に結婚して関東で生活している。

 世間では丁度盆休みの今日、この二人の従兄弟が帰省の際に見舞いにやってきた。

「久しぶりねえ、文くん」

 中年差し掛かる手前くらいの女性が病室に入るなり、文彦に声をかけた。

 彼女は高村景子といい、角川夫妻の娘だ。実は文彦と近い年齢という事もあり、昔はよく遊んでいた。現在は結婚して二人の子供がいる。

「体の調子はどう?」

 続いて入ってきたのが、景子の兄である角川昭司だ。気さくな性格で非常に感じのいい人だ。はやり昔はよく遊んでもらっていた。昭司も結婚して三人の子供がいる。

「文くん。どう、分かる? 昭司と景子」

 その後から入ってきたのが慎介だ。三人で来たらしい。

「ああ、始めは誰かと思ったけど、よく見たら昭ちゃんと景ちゃんだね」

 文彦は始め分からなかった様だが、すぐに思い出して分かった様だ。

 久しぶりだった事もあり、暫く思い出話に花を咲かせた。文彦が子供の頃は岡山市内に住んでいたが、角川家も昔、岡山市内に住んでいて家が割と近かった事もあり、その頃よく遊びに行ってはこの二人の兄妹とは仲が良かった。

「もう何年ぶりかしら。昔はよく一緒に遊んだよねえ」

「そうだね」

 文彦は少年時代を思い出し、懐かしい記憶を蘇らせた。昭司は性格は優しく手先が器用で、文彦の憧れのお兄さんだった。景子は元気のいい性格で、よく引っ張り回されていた記憶がある。文彦の方が年下だった事もあり、景子の方が立場が上だった。

「遊んだと言えば、さっちゃん思い出したわ。覚えてる?」

 景子はふと思い出す様に言った。

「さっちゃん?」

「そう。小学校の頃一緒に遊んだよね」

「うーん、小学校の頃ねえ……」

「まあ文くんは時々だったから、忘れちゃったかな。五年生か六年生かくらいの頃よ。岡山市内に住んでた頃に、うちの隣の家でね」

「ああ、もしかしたら……そうそう、思い出した。さっちゃん」

 確かにそういう子がいた様な気がする。文彦はぼんやりとその子の姿を思い浮かべていた。

「懐かしいよね。外国に引っ越してずっと会ってないけど、元気にしてるかな」

「そうだね」

 文彦は懐かしい思い出をまたちょっと思い出した。

「そういえばさっちゃん、文くんのお嫁さんになるなんて言ってたよねえ」

 ニコニコしながら昭司が言った。

「そうそう、私も覚えがあるな」

 笑いながら景子は同意した。

「そんな事あったかな……」

 それは文彦には思い出せなかった。というか、やっぱりそういう話は誰でもあるものだ。しかし文彦の様に、その後ハッピーエンドになるとは限らない。

 それにしても、この二人はよくそんな事覚えているなと思った。

「いつかまた再開出来るといいね」

「まあね、でもそんな機会がやってくるとは到底思えないけど……」

「信じるものは救われるって。私もいつか会いたいし」

「会えるといいね」

「その為にも、病気治して元気になろうよ」

「うん……そうだね」

 その後もかれこれ一時間くらい話して帰って行った。その間も痛みはあったが、やっぱり楽しい時間は痛みを忘れさせてくれるのだろう。あまり痛みを意識する事は無かった。

 彼らとはまた会いたいな、そう思いつつ暫し眠りに落ちていった。

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