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若返り

 暦は七月に入った。山陽医大に入院してそろそろ三ヶ月程が経とうかという頃、文彦は衝撃的な言葉を聞かされた。


「そうです。<若返っている>と思われます」


 岡本は病室のベッドに横たわる文彦にそう告げた。

 確かに最近自分の体を見ると、病人という感じではなくなってきていた。とても華奢な体付きだ。病気で痩せ細るという感じではなくなってきた様に思えた。前にも若く見られたりしていた……何にせよ、明らかに以前より若々しい容姿になっている様に感じる。

「どうして若返るんでしょうか?」

「それは分かりません。検査の結果は肌の質など、およそ二十歳代くらいです。通常ありえません。老化が急激に進むというのはあり得ない事ではないのですが、若返るというのは生物としてありあないのです」

 岡本は説明のつかない事態に驚きを隠せ無いが、事実は事実だと結論付けている様だ。

「実は先日、フランスに若返っていると結論付けられた患者がいる様です。この患者も早川さんと同じく全身の痛みがあります」

「フランスで若返っている人が……そんな事があったんですか……」

「世界中で研究が進むものと思います。治療が大きく前進するかもしれません」


 その晩、テレビで老人になる症状――<老化>の事をまた放送していた。

 前に聞いた通りで、一ヶ月から三ヶ月くらいかけて凄まじいスピードで老化が進み、ある程度の所で止まった後は特に変化は無いという。しかしその変化の工程で身体の肉体的苦痛は特には無いという。だいたい二十年から三十年くらい歳を取った容姿になってしまう様で、アメリカでは既に百人以上の患者がいるという。

 老人になる病気。これはかなり恐ろしい病気だ。僕の様に体が痛く無いのは良いかも知れないが、精神的なショックは結構大きいのではないかと思った。

 例えば——二十代くらいの若者が、四十~五十代くらいの中高年に――発病した人は辛いだろうなと考える。しかし、それよりも自分のこの身体の苦痛がどうにかならないのかと思った。


 それから数日後、テレビでニュースを見ていると、いくつかの事件などのニュースの後、先日岡本が言った<若返り>の事が報道された。ドイツの研究チームが正式に<若返り>という症状があると発表したのだ。

 ドイツには<若返り>の患者は二十二人確認されているという。更に主な国で、アメリカでは三十八人、イギリスでは七人、フランスでは十四人など、各国で同様の<若返り>患者が発表された。

 ちなみに日本では十二人いるという。文彦は、この十二人の中には自分も当然含まれているんだろうと思った。岡本が言うには僕以外に東京都に六人と石川県に一人、大阪府に二人、福岡県に二人いるという。


 文彦は自分の手を見る。細い。白い。若返っている為、肌の艶やかさはむしろ良くなっていると思うが、もう目の前にあるこの手は自分の手とは思えなくなってくる。

 全身の痛みと疲労感に似た苦痛に、目の前に手を持ち上げているのが辛くなる。耐えきれず腕を下ろした。

「辛いな……」

 手を少し持ち上げているだけで、辛くなってくるとは。少しづつだが確実に、そしてかなり悪化している。もうこのまま治ること無く死んでいく事になるのだろうか。


  ~夢、三~


 視界は白黒だ。今までと同じく色が無い。そして僕は橋の上に立っている。

 鉄筋のアーチのある大きな橋だ。橋の横幅は二十メートル以上あるだろうか。両側に歩道もある。中央はアスファルトの車道がある。あまり新しい橋という訳ではなさそうで、アーチには所々サビがある。

 僕は車道の真ん中に立っていた。そこでこの橋の架かる川を見ていた。暫く見ていると、人の気配がする。その方向を向くと、案の定誰かがいた。また以前見た夢の人だろうか。

恐らくそうなんだろう。

 その人はゆっくり歩いてくる。顔は薄暗くてよく分からない。ただ前のと同じく、パジャマを着ている様に見える。

 大体十メートルくらいの所まで近づいてくる。もう少し様子がわかってくる。顔は分からないが、髪が肩にかかるくらいある。その人は髪が割と長い様だ。女性だろうか?

 その人は立ち止まる。


 ――いで……う……


 小さな声が聞こえる。目の前の人の声だろう。


 ——ばっ……て……


「え? 何て言ったの?」

 よく聞こえなかったので聞き返す。

 しかし再び話す事は無かった。

 目の前にいるこの人はやはり女性だろう。顔は分からないが、体つきも女性の様な気がする。

「君は一体誰なんだ?」

 しかし女性は答えなかった。

 何も答えないので、僕は更に何か言おうとするが、ふと視界が霞んだ。

 目の前の女性の姿もぼやけてくる。

 次第にまともに見え無くなり、目の前は真っ白になっていく。

 そして僕は消える様に白に包まれていった。

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