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転院

「はじめまして、早川さん。総合内科、准教授の岡本と言います」

「どうも、宜しくお願いします」

 目の前には、文彦を担当するという岡本准教授が座っている。四十代後半の男性医師で、丸メガネをかけたその顔は、痩せていて少し気難しい雰囲気があったが、話している感じからは温厚で真面目な感じのする性格だ。

「——実は早川さんと同様に症状が表に現れないが、全身が痛む病気というのは無いわけではないのです」

「そうなんですか?」

「はい。線維筋痛症などがそうです。あまり聞き慣れないかもしれません。これは早川さんの症状に近いと考えています」

 文彦は岡本の言う事に真剣に耳を傾けていた。

「ただ——私個人の考えでは、これではないと考えています。とりあえずは、今の所検査を続けていくしかないでしょう」

「そうですか。……そういえば僕と同じ症状の人が、世界中にいるという事を聞いたのですが」

 昨日、武田に聞いた事を言ってみた。

「そうです。早川さんと同じく全身の痛みがあります。アメリカなど、世界中に同じ症状の患者がいます。国内でも十名程いると聞いています」

 そう言って、岡本は自分の眼鏡の淵を少し触った。

「そんなにいるんですね……」

「そうです。早川さん、我々も全力で頑張りますので、早川さんも治療に専念してください」

「はい」

「それじゃあ……島崎さん。早川さんを病室に案内してあげてくれるかな」

 岡本は隣にいた看護師に声をかけると、島崎と呼ばれた看護師はニコッと笑い、

「自分で歩いて行けますか?」

 と聞くので、「大丈夫です」と答えると、

「では行きましょうか」

 と言って、病室に向かった。


 そして病室にやってきた。

 入院棟の七階にあるこの病室に案内してくれた島崎という看護師は、文彦を担当する事になっている。ショートヘアで温和な表情が素敵な女性だ。

 ちなみに先ほど岡本からは、この島崎の他に看護師二名がつくと聞かされた。後、講師一人と助教二人も治療スタッフとして紹介されている。

「体調はどうですか? 自分で着替えられますか?」

 島崎が尋ねると、文彦は「大丈夫です」と言った。体が痛いといっても別に歩けない、動けないという訳ではなく、普通に動けた。病室にも歩いて来ている。

「私は一度ナースステーションに戻りますね。十分程したら戻ってきます」

 そう言って部屋を出ようとして、

「何かあったら遠慮せずに言ってくださいね」

 と言って、出て行ってしまった。

 着替えの終えて部屋の中を見渡してみた。

 室内の広さ自体は、中野病院の病室と変わら無いくらいの広さだが、ベッドが一つの個室である。それにあちこちに医療機器と思われる機械があった。どんな事に使うのかは文彦には全くわからない。文彦を迎え入れる為に用意したという事だ。しかしここまで設備を整えて迎え入れたのは――やはり何か特殊な病気とか――そういう事なのだろうか。それも文彦には分からなかった。

 体の痛みは相変わらずだが、色々と新しい事が多く気が紛れたのだろう、しばらく苦痛を忘れられた。

 程なく島崎が戻ってくる。同時に二人連れてきた。原田と柴田という看護師だ。原田は美人だがちょっと気が強そうな女性だ。柴田は背が高くて少し緊張した面持ちである。新人だと説明された。

 それから少しして岡本が病室にやってくる。岡本は、入院にあたっての注意事項というか説明や、今後の治療計画やらを文彦に言った。

 その後、ようやく病室に一人だけになった。室内はととても静かで無音の世界だった。文彦は暫くボーッとしていた。そうしているとどうやら眠ってしまったようだ。


  ~夢~


 僕の視界はモノクロだった。ここはどこだろう? 見た事がある様な……いや、見た事は無いかな……?

 どこにでもありそうな住宅街の中、僕は道路を歩いている。いつの間にか目の前に、誰かいる。そのシルエットは小さい。大分遠くにいる様に思う。それにしても暗い。暗くて顔も見えない。

 誰なんだろう? 目の前の人は、少し笑った気がした。でもやっぱり顔は見えない。


 ――たしは……


 不意に誰かの声が聞こえる。


 ――た……


 また聞こえた。

 誰だろう。あの遠くに見える人だろうか?

 僕はその場に佇み、目の前をずっと見ていた。

 視界がぼやけてくる。

 音も無い。

 それから僕の視界は消えていく……。


「……」

 文彦は目を覚ます。真っ暗だ。ここはどこだ? そうだ、山陽医大の僕の病室だ。さっきのは夢だったのか……。

 文彦は体を起こした。相変わらず体のあちこちがじわじわと痛みが出てくる。

 側に置いていた時計を見る。午前三時だ。まだ真夜中である。

 それにしてもさっきの夢は一体何だろう?

 誰かなにか言っていた様な……。

 しかし思い出せない。

 所詮は夢だし、どうでもいいかと思い、また寝ようと思って再びベッドに寝転ぶが、困った事に眠たくならない。どうしたものか。

 しかし、それから暫くして文彦の意識は消えていった。

 いつの間にか眠った様だ。


 山陽医大に移ってから三日後、倉岡工業の長井がやってきた。文彦の班の現場監督だ。

「やあ、どうだい?」

 相変わらずの緩い口調で、文彦のそばにやってきた。

「正直なところ、あまり良くないです」

「いやはや、山陽医大に転院してたとは。何があったの?」

 そういえば、転院で忙しくしてたら会社に連絡するのを忘れていた……。

「すいません。中野病院では治療が難しいという事になって、ここを紹介して貰ったんですよ。忙しくて連絡が……」

「ははは、なるほどね。いいよ、いいよ。時々様子見にくるくらいだし。でも体調の方はどうも良くないね。前より悪くなってるの?」

「そうなんです。明確な治療法がまだ無くて、薬で痛みを和らげているだけの状態みたいです」

「そうなんだ……」

 世界中に同じ症状の患者が居て、あちこちで研究されているそうだが、まだ分からない部分が多く、治療は困難な様だった。

「長くなりそうだね。だけど心配しなくていいよ。なんとかやっていくから。早川さんは治療に専念して早く良くなって欲しい」

「すいません」

 文彦は申し訳なさそう答えた。

 その後しばらく仕事の事など、様々な事を話した。そして長井は少し笑顔を見せて「じゃあ、また来るよ」と言って部屋を出た。

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