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入院

 文彦の入院生活が始まった。病気とは縁遠かった文彦だが、実は中学生の時に一度入院した事がある。一年生の春休みの前だった。

 風邪を引いて二日ほど学校を休んでいたが、ついに終業式の日、風邪が良くならず家で寝ていたが体を起こせないくらい悪化し、親が慌てて病院に連れて行った。診察を受けると肺炎だと言われ、そのまま入院となった。そして春休みをまるまる病院で過ごすという残念な出来事があった。

 それ故、文彦には入院に余り良い思い出が無い。今度の入院はどうなるのか。

 文彦の病室は四人部屋で、あまり大きな部屋ではなかった。

 文彦の他には二人いた。

 五十代くらいの中年男性と、七十代くらいと思われる老人だった。

 どちらも大人しいのか、最初に挨拶した時以来、特に文彦に干渉してくる事はなかった。ほとんどはカーテンの向こうで姿は見えない。何をしているのかあまり音もしないので、本当に目の前のカーテンの向こうに人がいるのか分からなくなる。

 まあいいか……文彦は読みかけの小説の続きを読み始めた。

 体は痛いが読むのは楽しかった。


 看護師がやってきて、どんな調子かと聞く。

「特に良くなってはいないです。むしろ酷くなっているかも……」

 文彦は正直に答えた。実際、現在も全身に痛みがある。それは以前より悪化している様な気もしてきていた。

「そうですか……どうも良くないですね」

 看護師は困惑していた。

「何が原因なのか分からないんでしょうか?」

「昨日の診察では、先生はまだ分からないと言ってましたね……」

 文彦とあまり変わらない年齢と思われるこの看護師は、少し間をおいて答えた。

「原因不明の奇病って感じでしょうかね。実はアフリカの奥地にしか無かったとかいう」

 文彦は少し冗談っぽく言ってみる。

「流石にそんな気味の悪いものでは無いとは思いますけどね……」

 苦笑いする看護師。

「今はまだよく分からないからと言って、あまり悲観しないで治療に専念してくださいね」

「ええ……まあ……」

 文彦はそんなに難しい病気なのかな? と思った。ネットで調べてみようと考えるも、病室ではスマートフォンは使えない。今はどうにもならないし、痛みに耐えていくしかないと思うのであった。

 文彦のベッドの左側は窓になっており、上半身を起こすと窓の外が見えた。窓の外は春の陽気で、もう少し経てば暑くなってくるのかもしれないな、と考えていると不意に風が通り抜けた様な気がした。しかし窓は閉まっている。気のせいだろう。

 同室の患者の音は小さく、部屋には静かな空気が漂っていた。

 することもなく、文彦は読みかけの小説を再び読もうと、枕元に置いていた文庫を手に取り、しおりの場所を開いた。そこには暫く痛みを忘れさせてくれる物語の世界があった。


 入院からそろそろ一週間が経とうとしていた。

 相変わらず原因不明の症状に体を蝕まれていた。度合いに波があるものの、三日に一度くらいはかなり痛む時がある為、その際に鎮痛剤を打っている。あれこれ検査しているものの、未だにこれといった異常は見られない様だ。

 しかし体の痛みは僅かではあるものの、次第に増している様に思えた。大丈夫なんだろうか。

 そんな日の午前中、武田は文彦にひとつの提案をした。

「実は先日、親しい医師に相談をしたんだけど、興味があると言っててね。是非診たいと言っているんです」

「そうなんですか?」

「山陽医科大学病院の岡本准教授なんだ。早川さんが良ければ転院して、山陽医大で治療を続けるのはどうだろうか?」

 岡本という人は知らないが、山陽医大と言えば、倉敷大学病院と並ぶ岡山県内最大規模の病院だ。治療設備や環境はここより遥かに良い。武田はどうやら流石にここでは手に負えないと判断した様子だ。

 設備の貧弱な田舎の病院よりも治療の為にはかなり有利だと思うし、文彦にはその方が良いと思った。

「僕はそれでいいです」

「そうですか、私もその方がいいと思う。情けない話だが、ここでは満足のいく治療は望めないだろう……」

 武田は少し複雑な表情を見せる。やはり残念なのだろう。

「よくなりますかね」

「岡本先生は優秀な先生ですよ。それから、ご両親は今日は来られるかな?」

「一昨日来た時、確か今日の午後から来ると言ってたと思います」

「ではその時に、転院の事は話しましょう」

 文彦は立ち上がり、看護師に付き添われて病室に戻った。

 病室に戻ると、文彦は荷物を纏め始めた。

「山陽医大は設備も整っているし、優秀な先生も多いですし、きっとよくなりますよ」

看護師は、ゴソゴソとバッグに物を詰め込む文彦の側で言った。

「ですかね。山陽医大って初めてなんですが、大きいですよね」

「そうですね。ここの何倍あるか――さあ、私も色々しなきゃならない事があるから、では早川さん。何かあったらいってください」

 そう言って看護師は病室を出て行った。


 午後三時頃に両親がやって来て、武田は転院について説明した。山陽医大の方では、迎え入れる準備は既に出来ているらしく、明日の午前中に転院するという話になった。

 武田は世界中で文彦と似た症状の患者がいるという事を、岡本准教授から聞いていると話した。そして岡本准教授には更に気になる点もあるとか。どうも少なからず関連があると見ているらしい。

 数日前に話をする機会があり、その際に色々と情報交換したという。

 両親は紹介状を受け取り、早速準備の為に部屋の片付けを始める。といっても既に荷物は纏めていたので、それほど片付ける事もないのだけど。

 山陽医大か。大きな病院だけど、良くなるといいな……文彦は期待と不安が入り混じった複雑な表情を浮かべ、窓の外を眺めた。

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