表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/26

名前

 以前から考えていた改名について考えていた。ふいに棚に入れている手鏡を取り出して自分の顔を眺めた。

 ——文彦は元々は男だった。しかも四十歳になる中年のおじさんだ。しかし性転換されて女性になってしまった。それに若返ってしまってこの容姿だ。

 体型は顔は小さく手足が長く、スマートな体型だ。身長も一六◯センチ以上あって、背は高いほうだと思う。

 顔もとても端正で美形だ。優しい顔立ちで、少し幼く見えるものの、凄い美少女である。

 ——しかし、この姿で<文彦>という名前は結構厳しい。

 面識の無い人に名前を名乗る場合、ほぼ間違いなく聞き返されるか、どうしてそんな名前なのか、と質問される事になると考えられた。実は病院内で知らない人と会って<文彦>と名乗った事は無い。すべて『ゆい』で通した。やっぱり面倒だし、<文彦>とは名乗りたくなかった。せめて男女共通で通じる名前ならよかったのだけれど。

 ――しかし今後また元の男の姿に戻るという可能性はどうだろうか? 名前を変えても、また男に戻ったら意味が無い。しかし男に戻れる可能性は無いというのが岡本の判断だ。

 ——性転換手術。これはどうか。現状を強引に手術で男に変えてしまおうという事だが、こういうのはやっぱり違和感がある。それに手術は怖い。

 今後の平穏な生活を考えると、やっぱり違和感のない名前への改名が一番ベストなのだろうか。

 じゃあ改名するとして、改名後の名前をどうするか。文彦にはすでに他人に名乗っている名前があった。

 それは『ゆい』という名前だ。以前、リハビリの際に知り合った人に名前を聞かれて、とっさに名乗ってしまった名前だ。

 この名前で名乗っている為に、病院内では知られている。この名前は嫌いでは無いし、それなりに人に知られている為、これにするのがやっぱり良いのだろうかな。もう一部で『ゆい』という名前で決まっていると思っている人もいる様だし。

 『ゆい』にするとして、今度はどの漢字を使うか。『ゆい』というと、「唯」「結衣」「由衣」「優衣」とかこんな所だろうか。

 一番スタンダードな感じがするのが「唯」だと思う。小説や漫画など、物語の登場人物ではありがちだ。でも、よくある名前はあまり好きではない……。

 「結衣」もよくある名前だろう。それにこの字はかなり人気があったとネットだったかで見かけた。新生児の名前一位に選ばれていた事もあったと思う。しかし個人的にはそういうのは当然イマイチだ。

 では「由衣」と「優衣」のどちらかがいいだろうか。だったら「由衣」かな。「優衣」は優の字が画数が多くて面倒だ。という事で「由衣」に決める。

 とは言ったものの、本当に改名するのか? 本当にやっていいのだろうか?

 ……やっぱり迷う。


「私はいいと思いますよ」

 柴田はいつも通りの澄まし顔で言った。

「可愛らしいと思うし、似合っていると思います」

「ありがとうございます」

 少女は微笑んだ。

「ただ、改名ってどんな事するんですかね? 簡単に変えられるものなんですか?」

 タオルを畳みながら柴田が言った。

「調べてみたんですが、裁判所で審査みたいな事をするみたいです。それで許可が下りたら役所に申請して完了という事の様です」

「裁判所っていうのは……結構大変そうな感じがしますね」

 柴田が言った。

「……確かに。すんなりいけば良いんですが、難しいかもしれないです」


 後日、両親に改名の事を伝えた。

「実は改名を考えているんだけど」

「改名? 名前を変えるの?」

 宣子は息子——いや、娘に言った。

「この姿で文彦という名前は、今後生活していく上でちょっと厳しいと思うから……」

「まあ……確かにねえ」

「うーん、しょうがないか」

 二人とも特に反対ではなさそうだ。

「でもどういう名前にするの?」

「もう決めていて……こう変えるつもり」

 そう言って文彦はノートを開く。そこには、

早川由衣はやかわゆい』と書いてある。

「『由衣』? ふぅん、『由衣』にするの? いいじゃない。可愛い名前だわ」

 宣子には好評の様だった。

「それにするのか? まあいいんじゃないか」

 光男は特段気に入ったという訳ではなさそうだが、反対するつもりもなさそうだった。

「私もいいと思いますよ」

 側にいた島崎が言った。

「由衣ちゃんかあ。可愛いわあ、いいわねえ」

 宣子は嬉しそうに文彦の姿を見ていた。

「何だか孫がいるみたいねえ。実際文彦に子供がいたらこのくらいの歳の子だろうし」

 文彦は何となく、宣子の文彦に対する視線が少し変わった様な気がした。

「由衣ちゃんかあ……うふふ。じゃあ私は『おばあちゃん』なのかねえ」

 宣子はニヤニヤしながら独り言を言っている。僕は孫ではない、と言いたいところだけど、文彦は特に口には出さなかった。光男はいつも通り表情に乏しく、どう思っているのか察する事は出来なかった。

「由衣ちゃん、早くよくなってお家に帰ってきてね」

 少女の顔を見る宣子の表情は緩い。

「……まあ、そうだね」

 文彦はどうもしっくりこない。まさか本当に孫だとか考え出した訳じゃ……。


「じゃあね、また来るから。リハビリ頑張ってね」

 宣子は文彦の両手を握って、帰るのを惜しみつつ光男に急かされて病室を出て行った。

 ——名前を変える。ただ平穏な生活を送る為に決めた事だけども、それによって思わぬ所に影響を感じた。この先——退院後はどうなるのだろう?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ