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お花見

 三月も下旬となり、学生は冬休みの真っ最中だろうという季節。先日、岡山県でもあちこちで桜の開花しており、まさに桜の季節真っ盛りである。


「ええと、私と田中さんと原田さんと……」

 島崎は明日の花見に参加するメンバーを確認していた。親しい同僚で集まって、病院の桜並木の所で花見をしようという事になっていた。今年は文彦を囲ってやろうという話になっている。文彦も既に外を散歩出来るくらいになっているし、良い気分転換になるのではないかと思ったからだ。文彦は喜んで参加を承諾した。

 花見とはいうものの、勤務中なので桜の樹の下でみんなで集まって昼食を食べようという程度のものだ。山陽医大には東門周辺に桜並木がある。

 ちなみに来場者が出入りする所は南門で、東門は開いてはいるがあまり人が出入るする所ではない。昔はこちらが表門だったらしいが、二十年くらい前の増改築で南側に表門を作って現在に至る。東門の桜並木は三十から四十本くらいあって、なかなかの花見場所だ。この季節には職員や患者などが並木の下をよく歩いている姿を見かける。


 ナースステーションに小柄な看護師が入ってきて島崎に声をかけた。

「島崎さん、お花見のメンバー決まった?」

「あら田中さん。うん。私と原田さん、柴田さん、田中さんと森下さん、佐野さん、生田さん、それから吉岡さんね」

 田中と呼ばれた看護師は眼科の看護師で、島崎の同期という。同期の中でも特に親しいらしい。森下は外来受付にいる。佐野は田中と同じ眼科の看護師で、生田は、小児科の看護師、吉岡は森下と同じ受付だ。みんな知り合いらしく、文彦がよく知っているのは島崎ら自分の担当看護師達だけだ。しかし森下は美人で有名であり、山陽医大のアイドル的存在だと聞いた事があり、文彦も顔を知っている。

「早川さんだっけ? 楽しんでくれるかしらね」

 田中は島崎の側にいって話しかける。

「そうね、きっと喜んでくれると思うわ」

「私さあ、早川さん見るの初めてなのよね。すごい可愛いんでしょ?」

「うふふ、そうね。可愛いわよ」

「ホント楽しみだわ」

 田中はニコニコしながら言った。

「あら、田中さんじゃないですか?」

ナースステーションに入ってきた青山は普段見かけない人を見つけて驚いた。

「青山じゃない。あんた参加しないの?」

 田中は残念そうに言った。

「しょうがないですよ。明日は妹の引越しの手伝いに行かなきゃなんないんですから」

 青山には妹がいるらしく、四月からの就職の際に引越しをする為、その手伝いで明日は休みを取っていた。

「はあ……あたしも参加したかったなあ、お花見」

 青山はため息をついた。

「まあしょうがないわ。全員の予定を完全に合わせるのは難しいし」

 島崎は書類を棚に片付けながら言った。

「ま、あんたの分まで飲んであげるわよ」

 田中は青山の肩を叩きながら反対の手で飲む仕草をする。当然だが勤務中なので酒は無い。ジュースとお茶だけだ。

 肩を落とす青山に島崎は苦笑していた。


 当日、穏やかな天気で絶好の花見日和だった。文彦達以外にも数組姿が見える。

 島崎は桜の木の下に敷いたゴザに文彦を座らせた。

「さあ。早川さんはここね」

 文彦はゴザの真ん中あたりに座らされる。そして参加した看護師達が、文彦の左右に座っていく。

 参加者は文彦を含めて九名。文彦を含め全員女性だ。これだけの女性に囲まれた経験は無いのでちょっと緊張した。これは羨ましがられそうな場面ではあるけど、他人から見れば入院患者の女の子を看護師達が囲っているだけにしか見られないのだろうと思った。

「早川さん、こんにちは」

 右隣に座っている森下が文彦に話しかける。

「こんにちは」

「本当に可愛いですね。いつか会ってみたいと思ってたんですよ」

「そ、そうですか?」

 森下の様な美人に話しかけられたのが嬉しかったのか、文彦は照れたような、嬉しそうな表情だった。

「今まで本当に大変でしたね。それに負けなかったんだから、とても凄いと思います〜」

 森下は尊敬する様な目で文彦を見ている。

「い、いやあ……はは」

 文彦は照れ笑いをした。

 森下はとても美人だ。外来受付の業務についており、男性の来院者からの人気はとても高い。森下は間近で見てもやっぱり美人で文彦は顔を赤くした。

「何、鼻の下伸ばしてんの?」

 文彦は急に声をかけられ、え? と思って振り向いた。原田だ。ニヤニヤしながらこっちを見ている。

「森下さん、注意してよ。この子、見た目は女の子だけど元はオジサンだし」

「い、いや……なっ何言ってるんですか。えっと……」

 文彦は慌てた。

「うふふ、早川さんは凄い人だと思いますよ〜」

 森下はニコニコしていた。とても素敵な笑顔だ。やっぱり綺麗な人だな……。

「どうしたんですか?」

 気が付くと、いつの間にか森下が文彦の顔を覗き込んでいた。

「あ、いや……何でもない……です」

 恥ずかしくなってシドロモドロな返事をしてしまった。

「なーにやってんの」

 何やら決まりの悪い雰囲気を和ませようとしたのか、原田は文彦の肩を押した。バランスを崩して、反対側にのし掛かるように倒れた。

「きゃ!」

 小さく悲鳴をあげる森下。文彦は森下にのし掛かって倒れた。文彦の顔にはとても柔らかい感触があった。慌てて顔を上げる。

「す、すいません!」

「うふふ、カワイイ。別に良いんですよ〜」

 森下は特に気にする事もなく笑顔だった。

「何だかそこ、楽しそうにやってますね」

 柴田が近づいてきた。

「あ、梨紗ちゃん、ありがと〜」

 柴田は森下にオレンジジュースと思われる飲み物を渡した。森下はジュースを受け取った。

「はい、『ゆい』ちゃん」

 更に原田がニヤニヤしながら、文彦にジュースを渡した。

「『ゆい』ちゃん?」

 森下が文彦を見て、原田に聞く。

「そうなのよ。この子名前を『ゆい』っていうの。可愛いでしょ」

 原田は文彦の頭を軽く撫でた。

「えっと……あの……ついうっかりで……」

 まだ本当に改名するのかも決めておらず、現時点では自称でしかない為か、少し恥ずかしくなり言い訳を考えるが、言葉が出ない。

「女の子になったんで、名前も変えようって訳なのよ。ね、『ゆい』」

「ああ〜、なるほど……」

 森下は納得して頷いていた。

「へえ、まあしょうがないわよね。いいじゃん」

 田中が言った。

「悪くないと思うわ」

 生田も文彦を見て言った。

「早川さんは改名を考えているんですか?」

 森下が聞いた。

「まあ、いずれは……名前を聞かれる度に説明しなきゃならないとか大変ですし……」

「確かにねえ」

「歳と容姿が一致しないのは<若返り>で納得するかもしれないけど、<性転換>は一般には知られていないですからね。場合によっては変な目で見られる可能性も……」

 柴田が言った。

「早川さん特有の症状だし、他人に理解して貰うのは厳しいかもね」

 田中が言った。

 文彦はやっぱり厳しいのだろうな……と思った。面倒が増えるのは嫌だし、やっぱり改名しなきゃならないだろうか。

「何、辛気臭い顔してるかな!」

 後ろから原田が抱きついてきた。

「もっと楽しんだら? 『ゆい』」

 原田は文彦の頭をグリグリ撫でながら言った。それもそうだ。みんな楽しくしてるというのに。


「あ、早川さんの頭に花びらが……」

 不意に森下が文彦の頭に手を伸ばす。その時少し強い風が吹く。

 桜の花びらが辺り一面に舞った。ひらひらと舞い落ちる桜の花びらが桜並木を彩って、華麗に演出した。

「綺麗ですね」

 柴田は手のひらに落ちてきた花びらを乗せて見ていた。

「そうね、なかなかいい演出だわ」

 田中が言った。

「そうそう、みんな写真とるわよ」

 原田がデジカメを出して、みんなに集まる様に指示を出す。文彦の周りに集まる様にすると、原田が「撮るよー」と言ってシャッターを切った。

「誰か交代して。今度は原田を入れて撮りましょ」

 田中が周りを見渡す。

「では私が」

 柴田が名乗りをあげた。今度は原田と柴田が交代して再び写真を撮った。

 それからしばらくそれぞれが談笑したりしてのんびりした時間が過ぎていく。


 文彦は座っているのが少し辛くなって、

「ちょっと寝転んでもいいですか?」

 と隣の森下に聞いた。

「うふ、じゃあ私が膝枕してあげますね」

 森下が正座して、どうぞと手招きする。

「ええ? あ……いや、いいんですか?」

「当然ですよ。早川さん、カワイイし。さあ、どうぞ〜」

「じゃ、じゃあ……」

 ちょっと照れながらも森下に膝枕してもらう。とても柔らかくて、暖かくて、心地良い膝枕だった。文彦は少ししていつの間にか寝てしまった様だ。


「あら、もうこんな時間。あっという間ね」

 島崎は腕時計を見て、昼休みがもうすぐ終わる時間だと気がついた。

「さあ、みんな。仕事に戻らないと。片付けましょう」

 文彦は不意に目を覚ました。

「早川さん、残念ですがもう時間の様ですよ」

 森下は相変わらず笑顔だった。

「ああ……」

 文彦はのそのそと起き上がり、

「森下さん、ありがとうございました」

 と言った。

「どういたしまして。あっというまでしたね」

 森下は立ち上がって片付けに入る。

 参加者たちは一斉にゴミを集めたりして片付け始めた。文彦も車椅子に乗せられた。

「柴田、このゴミは捨てといて」

「はい……あ、このお茶開けてないですよ」

 柴田は袋の中にまだ開けていないペットボトルの緑茶を見つけた。

「それは捨てたらダメよ。私が貰っとくわ」

 田中は緑茶を受け取った。

「今日は楽しかったわ。早川さん、また今度ね」

 田中は文彦にそういって、佐野と共に眼科への近道になる通路の方へ歩いて行った。

「じゃあ帰りましょうか」

 島崎が言うと、原田は車椅子を押して病棟の方に向かっていく。

「楽しかった?」

 原田が聞いた。

「そうですね。楽しかったです。また参加したいですね」

「そう、それは良かった」

 原田は上機嫌で車椅子を押した。

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