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翌日

 朝起きると、やはり痛みは変わっていなかった。昨日同様に全身にジワジワとした気怠さというのか――もしくは筋肉痛にも似た痛みがある。

 数日前から少しづつ痛くなっていたのだから、当然一晩寝て良くなるとは思ってなかったが、やはり残念な気分になった。

 ……今日一日大丈夫だろうか。

 流石にこの体調で自転車で通勤するのは良くないだろうと思って、車で会社に向かう事にした。

 文彦の車は国内メーカーのSUVだ。二年程前に新車で購入していた。五年間のフルローンで現在も毎月払い続けていた。

 現在実家住まいだから買えた様なもので、もし一人暮らしをしていたら、現在の給料ではとても買えなかったと思う。四十歳を前にして年収三百万半ばという薄給だ。

 まだ現行型モデルだし、二年程しか経ってない事もありまだまだ新しい車だ。文彦はとても気に入っていた。

 しかし気に入っている割に休日しか乗っていない。まあこれはしょうがないだろう。文彦は自転車通勤も好きなのだから。

 文彦は車のエンジンをスタートさせる。エンジン音が鳴り、メーターの針が動きだす。文彦は会社に向けて車を走らせた。


 文彦は普段は自転車で通っている通勤路を走りながら、やっぱり車は楽だと思った。自転車で通勤する道と同じ道を走っているが、何の苦労もなく会社までの距離を縮めていく。しかし長年自転車通勤をしていると手ごたえが無いというのか、通勤した気にならなかった。自転車で三十から四十分かかる通勤が二十分かからないのだ。

 会社に到着すると駐車場に車を止めて、休憩室に向かう。駐車場は敷地の一番奥にあり、場所は特に決まっていない。空いている場所に適当に止めておけばよかった。

 休憩室の奥に更衣室があり、そこに自分のロッカーもある。文彦は通勤時から作業服なので特には着替えないが、ポケットに入れているペンやメモ帳などの小物は家には持ち帰らない為、ロッカーに置いて帰っていた。

「おはようございます」

 そういって休憩室に入る。既に半分くらいの人が来ていた。だが文彦が遅い訳では無く、文彦も三十分前には来ていた。どうしてか、やたら早く来る人がいる。八時始業だが、七時には既に会社に来ている人がいるのだ。

 休憩室の中の人達から挨拶が返ってくると、文彦は自分のすぐ左側に設置してあるタイムカードを打って更衣室に入っていった。

 その後ミーティングが八時から始まり、各班別れていく。

 さあ、体は痛いが……やらねば。


 バタバタと忙しくしていると時間はあっという間に過ぎていき、昼過ぎにどうしてもやらないといけなかった仕事が完了した。

 半日仕事をやってみたが、やはり体の痛みは良くならない。これは、やっぱり診てもらわねばならないか……文彦はいよいよ覚悟を決めた。

 仕事の合間をみつけて、文彦は事務所に向かった。そこには現場監督の長井がいる。明日病院に行く為に有給休暇を使う為、とりあえず長井に伝えておかねばならない。

 長井は数年前に現場監督として倉岡工業にやってきた。温厚な性格で融通が利く為、文彦には一緒に仕事をしやすい人だった。

 文彦は事務所に入ると、

「長井さん、すいません。ちょっといいですか?」

 少し遠慮がちに話しかけた。

 長井は机に向かって何か書類でも作っていたのか、一生懸命パソコンと睨めっこをしていた。そして文彦に声を掛けられて、こちらに振り向いた。

「ああ、構わないよ。どうしたの?」

「明日休みを取ろうと思うんですが」

「へえ、そりゃ構わないけど……何か用事?」

 長井は普段殆ど有給を取らない文彦が珍しいなと思い聞いてみた。

「ちょっと病院に行こうかと思うんです」

「え、病院? どうしたの? どこか具合悪いのかい?」

 長井は驚いた。文彦は今まで病欠が基本的に無い人だった為、病気知らずの早川文彦がまさか? と思った。

「実は数日前から体が痛いというか――あちこちが辛いんです」

「そんな辛いの? 今は大丈夫?」

 文彦はあまり状態を表に出さない人なので、見た感じからは程度を窺い知ることは出来ない。

「これから病院に行く? あんまり辛い様なら、なるべく早めに診てもらった方がいいと思うけど」

 長井にしてみれば文彦は班の中心人物で長期に仕事が出来ないのは問題がある為、出来るだけ早めに治して欲しいと考えていた。

「うーん」

 文彦は迷った。当然、長井が行ったらいいというのだから行った所で何も問題ない。

 でも何か途中で仕事を投げ出す様な無責任な気分がしていた。体調が良くないのはむしろ早く治すべく早めに診てもらうべきで別に無責任でもないし、そもそも体調不良が祟って勤務中に事故など起こしてしまったら、それこそ問題なのだが、文彦はどうしてもそう考えてしまう様だ。でもやっぱり早いに越した事は無いだろうと考える。

 しばし考えた後、

「分かりました。大越君らに仕事を指示してから病院に行きます」

「うん、それが良いよ」

 大越というのは文彦の班の後輩で、五年程前に中途採用でやってきた。まだ若く……確か二十五歳。真面目でよく働く。文彦も自身の後継者と考えて入社時から色々と教えてきた。

 もうひとり石田というのがいる。こちらは去年来たばかりだ。石田は三十二歳で大越より年上だ。しかし勤続年数も技術も大越の方が上である。彼は元は工場のライン工をやっていた為か、倉岡工業の様な職人仕事は得意ではない様だった。

 事務所を出た文彦は二人のいる作業場の方へ歩いていく。

 作業場に入って二人を呼ぶ。

「ちょっと聞いてくれ。僕はこれから病院に行くから、この間のやつを引き続きやっていてくれ」

「え、病院? どうしたんですか?」

 大越が驚いて聞いた。

「ちょっとね。最近体調が悪くて……」

「大丈夫なんですか?」

 石田も聞いてくる。

「まあ――今の所は。悪くならんうちに診てもらおうと思ってね」

「そうですね。俺もその方が良いと思います」

 大越は同意した。

「あれはどうしますか?」

 そう言って大越は、工場の奥に制作途中の製品の方を指差した。

「あれも早めにやっといた方がいいんだけどね、この間のやつの方が急ぐからそっちを優先で。あれはその後だね」

「分かりました」

「じゃあ、ちょっと行ってくるから」

 文彦は着替えの為に休憩所の方へ向かった。


「早川さん、どうしたんだろ?」

 文彦が作業場を出て行った後、石田は大越に話しかける。

「大事じゃなきゃいいんだけどなあ」

 大越は作業服の裾で汗をぬぐいながら答えた。

「珍しいよね。有給ですら殆ど使わない程なのに」

「ま、大丈夫だよ。あの早川さんだし」

 と言いつつ、やはり少し心配な大越だった。

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