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年が明けて

 一月一日、文彦は朝早くに目が覚めた。ベッド脇の置き時計を見ると午前四時過ぎだった。外はまだ真っ暗だ。

 ベッドに備え付けられているスイッチを押す。部屋の照明が点いて明るくなった。

 上半身を起こして窓の方を見た。窓の向こうに見える夜景。そんなに綺麗な夜景ではない。しかし文彦にはとても綺麗に見えた。今年もまだ自分は生きている。そう確認する事が出来た、今年最初の夜景だった。

 ずっと眺めていた。ずっと、ずっと……一体何時までそうしているんだろう? 外の景色は次第に明るくなってきた。時計はもう午前六時を過ぎていた。


「あっけまして、おめでとー!」

 急にドアが開いて、原田が部屋に入ってきた。

「あ、おめでとうございます……」

 文彦も挨拶する。

「ど、どうも……朝早くにすいません」

 今度は原田の後ろから柴田が入ってきた。

「柴田さんも」

「気分はどう? 早川さん。病院で迎える正月の朝は」

 原田は少しテンションが高い。いつもそうだと言ったら、そうなのかもしれないが……。

「特にはどうとも……普通ですよ」

「そうなの? あたしたちはねえ、夜勤だったのよ! そう、この柴田とね。ねえ、柴田」

「はあ……昨夜も来てるんだから、早川さん知ってますよ……」

 実は昨夜は日付が変わる少し前にやってきて、三人でカウントダウンしていた。

「何? だから何だっていうわけ? そんな事いうヤツはこうだ!」

 柴田に後ろから羽交い締めにする様に抱きつく原田。

「ちょ、何なんですか……って、抱きついてこないでくださいよ!」

 柴田は抱きついてくる原田を必死に払い除けようと格闘している。

「島崎さんはいいわよねえ。旦那さんと二人きりのお正月って訳ですかい……あたしは柴田と病院で。そういや、アンタ彼氏いるの?」

「と、突然何を言い出すんですか……どうでもいいじゃないですか」

「何ぃ? アンタまさか……許されると思ってんの?」

「なんで原田さんの許可がいるんですか」

 文彦は二人の掛け合いを側で見ていた——苦笑しながら。

「白状しな。いるの?」

「……い、いませんよ……」

 柴田は顔を真っ赤にしながら小さい声で答えた。

「だよねー」

 原田はニヤニヤしている。

「うぐぐ、そういう原田さんだって……どうせいないんでしょう?」

「はあ? ど、どうでもいいでしょ。そんな事」

 原田はそっぽ向いてしまった。どうやら図星な様だ。

 柴田は原田を見てニヤニヤした。

 この二人は面白い人達だなと、文彦はいつも思っていた。もしかすると、沈みがちな文彦を元気付けようと、ワザと賑やかにしているのかもしれない。

「原田さんも柴田さんも、まだ帰れないんですか?」

「いえ、八時から交代なので、もうちょっとで家に帰れるんですが」

「そうなんですか」

「そう、ようやく夜勤から解放される訳。さ、柴田。終わったら初詣行くよ」

「え……原田さんとですか?」

「何、その嫌そうな顔。何か文句ある?」

 原田は柴田を睨む。

「な、無いですよ。でもまあ、一度家に帰ったほうがよく無いですか?」

「何言ってんの。そんなの後でいいでしょ」

「いや、私は両親に挨拶を……」

「はぁ、これだから実家暮らしは――」

 わざとらしく大きくため息をつく原田。

「というか、原田さん帰省しないんですか?」

「あんなところ、帰ってもしょうがないでしょ」

「あんなところって……」

 理由は不明だが、原田はあまり実家に帰りたくない様子だ。

「だいたいウチの親は――」

 愚痴り始める原田。

「まあまあ、あんまり騒がしいと早川さん迷惑ですよ。さ、ナースステーションに戻りましょう」

「まったくしょうがないわねえ。じゃ、早川さん。何かあったらすぐ呼ぶのよ。お姉さんがすぐ駆けつけるから!」

「は、はい」

「――では」

 原田と柴田は戻っていった。二人が去ったこの部屋はとても静かで、先ほどの賑やかさが嘘の様だ。何も考えずに天井を眺めた後、文彦は側のテーブルに置いていた文庫を手に取って、しおりのページを開いた。


 それから数日後の一月五日、従姉妹の高村景子がやってきた。帰省したついでに様子を見に来たそうだ。夏の時は意識が無くて全く話せなかったので、今回は楽しみにしていたという。

「文くん、あけましておめでとう! 元気してるかな」

 景子は笑顔で挨拶した。

「あけましておめでとう。……体はまともに動かないんだけど、今は痛くないし大丈夫だよ」

「それにしても可愛くなったねえ。私、羨ましいわ」

「はは……そうかな」

 文彦は少し照れた。女性である景子からすれば、若くなるというのは羨むのだろう。しかし性別が変わってしまうというと、どう思うだろうか? 案外それでも全く構わないのだろうか。

「私なんてさ、いつもシワだのシミだの気にして生きてるのよ。私にも、あの頃の若さをもう一度って感じかしらねえ」

 景子はため息をついた。

「でも痛いし、辛かったよ?」

「まあ……それが問題よね。なりたくてなるものじゃないし」

 景子は文彦の姿をまじまじを見つめる。

「この姿だと、そうねえ……中学生、いや高校生くらいかな? いいじゃん。退院したらもう一回高校生やってみたら?」

 景子は笑いながら、文彦の頭を撫でた。

 ——同じ事を前に誰だったかに言われた事があるが……。確かに見た目だけなら高校生で十分通用すると思う。実際入学する事は可能なのだろうけど、今更また高校に行っても……何か色々と面倒な事になりそうな気もするし。

「いや、まあ……まさかね。流石に厳しい気がするけど」

「そんな事無いよ。というか男子にモテモテだって」

 ——うーん、モテモテって……正体が分かっていたら無いだろう。それに男子って……文彦にはちょっと考えられない事だ。

「いや、男子にモテても……」

「えー? 文くん、女の子がいいの? いやぁ、まあ確かにそれはそれで……キャー、何考えてんだろ、私ったら」

 文彦は、景子は文彦が完全に女になってしまったと勘違いしてるんじゃないかと疑っていた。でも見た目が見た目だけにまさか、と考えていた。

「いや……あの、何考えてんのってこっちのセリフ……」

 こんな性格だったかなあ。と、文彦は苦笑いするのだった。


 景子は窓の外を少し見て、文彦の方を振り返る。

「今日は結構寒いよ。昨日なんて雪降ってたし」

 そうなのだ。年末から大分冷え込んできていて、雪も結構降っている。今日は降っていないが、昨日の午後はかなり降っていた。勿論病室は冷暖房完備で、快適な室温に保たれている訳だけれども。

「風邪引かないように気をつけなくちゃね」

「そうそう、私も先月っていうか、忙しい年末頃に風邪引いてね。辛かったのよ。子供が学校から貰ってきたみたいで」

「それは大変だったね」

「ホントにね。そういえば、文くんはもう歩けるの?」

 景子は文彦の足をそっと触りながら言った。

「まだ無理だよ。立つ事はちょっとだけなら出来るけど。基本的に移動は車椅子だね」

「リハビリはやってるの?」

「実は昨日から。なかなか大変だった……」

 文彦は昨日からリハビリを始めていたが、案の定やはり大変だった。体がうまく動かないし、昨日一日程度では全く効果が無いのではないかと思えてくる。

「だろうね。でもさ、何かちょっとづつ良い方向に行ってる気もしない? 意識も戻って、痛みも無くなってて、前に比べて体も動く様になったんでしょ。地道に頑張ってたらきっと普通の生活に戻れるよ」

「だといいのだけれど……この体じゃあ今までと同じ様にはいかないだろうし」

「それはしょうがないけど、そこで挫折してちゃあダメでしょ。折角そんなキレイな顔になったんだから、お金持ちのイイ男を見つけて玉の輿しちゃいなよ」

「うーん、まあ……どうだろう」

「そんな事言わないでさ、頑張ろう!」

「まあ、何とかやってみるよ」

 とは言ったものの、未だ先の不安は拭い去れていないのだった。

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