プレゼント
窓の向こうの寒々とした街の景色は、否が応でも冬の到来を感じさせる。
文彦はまだ意識が戻ってから外に出た事は無かった。この部屋はとても快適な温度だが、外の寒さはまだ体感していない。この女性の体では、外の世界がどれだけ寒いのだろう、そんな事をふと思った。
もうあと一週間で二〇一六年が終わる。十二月二十四日、いわゆるクリスマスイブという日だ。
最近は普通に体を起こせる様になっていた。腕も割と自由に動かせる様になってきたし、意識を失う前みたいに文庫本を読むことも難しくなくなった。
そんなクリスマスイブの午後、文彦はいつもの様にのんびりと文庫本を読んでいると、いきなり病室のドアが開く。
「早川さーん! ハッピークリスマース!」
大きな声で病室に入ってきたのは看護師の原田だ。原田はいつもそうだが、明るく賑やかな性格で島崎とは対照的である。
「とってもチャーミングな早川さんに、サンタのお姉さんがプレゼント持ってきたわよ。さあ……ちょっと何してんの。早く入りな」
「で、でも……やっぱり勘弁してくださいよ」
「はぁ? アンタ何言ってんの」
原田はドアの外にいる人を部屋に入れようとしているみたいだ。そしてその人はどうも入りたくなさそうだ。声からすると多分柴田だろうと推測した。
「だいたい何で私が——原田さんがしたらいいじゃないですか」
「何、私にやれっていうの? 冗談じゃないわよ」
「その冗談じゃない事を何で私が!」
「いいから入りなさい!」
原田は外の人の腕を掴んで一気に部屋に入れた。案の定、柴田だった。
しかし——その姿が凄かった。赤と白の所謂サンタクロースの衣装を着て、大きな白い袋を持っている。流石に白いヒゲまでは付けていなかった。衣装は丈が短めの上着と、膝の少し上くらいの長さのスカートだ。割とタイトなデザインで、スタイルの良い柴田が着ている為か、とてもスマートなサンタクロース姿だった。——え、まさか病院内をこの格好で……柴田の顔は真っ赤だった。
「メ、メリークリスマス……」
かなり恥ずかしかったのか、かなり辿々しい口調で言った。
文彦は余りの出来事に暫く時間が止まっていた。気が付いた時には苦笑しかなかった。
「ほ、ほら! 完全にひいてるじゃないですか!」
泣きそうな表情で柴田は抗議した。
「まあまあ。さ、プレゼントの出番よ。ほら」
原田は柴田の背中を押す。
「ど、どうぞ……」
柴田は白い袋からリボンでラッピングされた紙袋を取り出す。そして、そのプレゼントを文彦に手渡した。
「あ、ありがとうございます」
文彦はプレゼントを受け取る。とても軽い。紙袋に入ってるし、衣類とかそういうものかな?
「あの、開けてもいいですか?」
「どうぞ」
満面の笑みで答える原田。
文彦はリボンを解いて、紙袋の口を開く。その中にはやっぱり布の何かが見える。出してみるとマフラーだった。赤いタータンチェックの柄で、マフラーに限らずシャツなどでもよく見かける柄である。フカフカしていてとても暖かそうだ。
「わあ、マフラーですね。巻いてみてもいいですか」
「当然。是非巻いて見せて」
文彦は少し辿々しい手つきでマフラーを巻いてみる。ふわっとした柔らかい肌触りで、とても暖かくて心地いい。
「うんうん、やっぱり美少女のマフラー姿は絵になるねえ」
原田は大きく頷きながら、満足げな表情をしていた。
「ありがとうございます。とっても良いですね」
文彦はそう言ってニッコリ微笑んだ。
「喜んで貰えて嬉しいです」
柴田も文彦の笑顔に嬉しそうだった。
その後暫く三人で談笑した後、
「じゃあ、いい加減仕事に戻ろうか。柴田、帰るよ」
「あの……原田さん、私の着替え持ってきてくれません?」
「なんでよ」
原田は不満げに聞き返した。
「いや、だって……この格好のままナースステーションまで戻るなんて……誰に見られるか分かったもんじゃ……」
柴田はこのサンタクロース姿でまたナースステーションまで向かうのが嫌な様だった。というよりもその衣装、やはり上から羽織ってるのではなく着替えてきたらしい。
「別にいいじゃん。さっきは部屋に入るの嫌がってた癖に、今度は廊下に出るのが嫌な訳?」
「それとこれとは……とにかく持ってきてくださいよ」
「でもさ、結構好評かもしれないわよ。病院中の噂になったりして」
「だから嫌なんじゃないですか! 絶対嫌です。それに師長に見られたりなんかしたら……」
柴田は顔が青くなった。確かに師長に見られたら、小言どころでは済まない気がした。無理やりやらされてるというのに……。
「まったく、しょうがないわねえ。ちょっと待ってな」
そう言って原田は部屋を出て行った。
「早川さん、すいません。ちょっとここで着替えさせて貰います」
「ああ、いえ。どっ、どうぞ……」
柴田も文彦も気恥ずかしいのか視線を合わせられなかった。
「た、大変ですね。色々と……」
「え、ええ。まあ——本当に次から次へとロクでもない事思いつくんだから……」
柴田はため息をついた。多分だけど、騙されるか何かして着替えさせられた様な気がした。
ドアが開いて原田が入ってくる。
「持ってきたわよ。早く着替えな。もうちょっとで島崎さんがチェックに来る時間だし」
時間は午後四時五十三分だった。いつも五時が定期チェックの時間だから、もう数分しかない。
「ああ! ヤバいじゃないですか」
柴田は慌てて着替えを受け取って、サンタクロースの衣装を脱いだ。柴田は直ぐに下着姿になる。
文彦は慌てて寝転んでそっぽを向いた。
「早川さん、別に見てもいいわよ。減るもんじゃないし」
柴田ではなく、原田が言った。
「いや、そうは言っても……」
やっぱり若い女性の着替えを覗くのは良くないと思った。見た目は女ではあるけど、頭の中は男のままだし。
「私は特に気にしてませんよ」
何故か柴田も特に気にしている訳では無いようだった。この見た目のせいだろうか。そして、あっという間にいつものナース服に着替えていた。脱いだ衣装は白い袋に纏めて放り込んだ様だ。
「さあ、行くよ」
「では——これで」
原田と柴田は足早に部屋を出て行った。
ドアを叩く音が聞こえた。
「早川さん、入りますよ」
「はい」
島崎が部屋に入ってくる。
「あら、そのマフラーもう使ってくれてるのね。どう? 気に入ってくれた?」
「はい、凄く暖かくて巻き心地いいです。ちょっと前に原田さんと柴田さんが持ってきてくれたんですよ。ありがとうございます」
文彦は笑顔でお礼を言う。
「うふふ、気に入って貰えて嬉しいわ。早川さん色々と大変だし、少しでも頑張って貰える為に、私たちで何か出来ないかなって思ってね。クリスマスプレゼントって形でどうかなって話になったのよ」
「そうだったんですか。とっても嬉しいです」
文彦は事実とても嬉しかった。親しい人たちにこんなプレゼントを貰う時がこようとは。体だけでなく、心まで温まっていくようだ。
「あ、でも他の患者さんには内緒にしててね。贔屓してるとか言われても困るし」
「分かりました」
その日、文彦は寝るまでずっとマフラーを巻いていた。