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消失

 文彦の体は益々苦痛に蝕まれていった。肉体の変化は現在も進行中で、もはやかつての文彦の姿は無い。以前の姿を知っている人に今の姿を見せて同一人物だとわかる人は恐らく一人もいないだろう。

 そして……もう既に寝たきりの状態だった。

 身体の痛みは例の鎮痛剤で緩和されている様だが、身体はもう動かせていない。言葉も当然もう長い間話せていない。


「先生……早川さん、どうなっていくんでしょう?」

 島崎は文彦の身体が、もはや男とは言えない位に変わっているのを心配していた。

 昨日の検査で全身の外観を検査しているが、その姿はもうかつての早川文彦ではない。皆そうだが、やはり驚愕としか言いようがない表情を浮かべている。

 顔の作りは完全に女性の顔だ。発病前とは別人と言っていい。——膨らんだ乳房、括れた腰。男性器は一ヶ月程前から縮小が始まっていたが、もう完全に無くなっていた。いや、見た目には女性器としか見えない形状に変化している。

 文彦は身体が動かせないから、自分の身体の変化は殆ど認識出来ていないと思われる。しかしまだ変化は止まっていない様だった。


「先生、早川さんの事なんですが」

 島崎が岡本に話しかける。

「なんだい?」

「着ているもの……下着を女性用に変えたほうが良いでしょうか?」

 既に身体が女性そのものなので、その方が良いだろうと考えた。

「——そうだね。そうしてくれ」

「わかりました」


「原田さん、じゃあ上げて」

 文彦のパジャマの前を開けると、原田を見て言った。

「このくらいでいいですか?」

「ええ」

 原田がスイッチを操作して、文彦の寝ているベッドの上半身部分を持ち上げると、青山が文彦の脇にうでを入れて少し持ち上げる様にした。島崎はその間にパジャマの袖を脱がした。それからゆっくり脱がしていく。パジャマの上着を脱がすと、今度は下だ。原田と青山が腰を浮かす様に持ち上げると、島崎がパジャマのズボンを脱がす。そのまま足から抜き取ってしまうと、今度は同じ要領でトランクスを脱がして裸にした。

「早川さんもまあ……ホントに可愛くなっちゃって。女の子かあ」

 原田は文彦の姿を見て言った。

「もう、何言ってるの。さあ今度は着せるわよ」

「はいはい」

 用意した女性用の下着を履かせる。病院で用意しているものだ。原田と青山が腰の部分を持ち上げて、島崎が履かせた。

「今度はブラね」

「ブラまで付けるんですか?」

 青山が言った。

「一応ね。サイズはこれでいいはず」

 このブラジャーもパンツも病院で用意しているものだ。これはスポーツブラの様な形になっていて、寝ている間身につけていても大丈夫な様に工夫されていた。

 原田が上半身を少しだけベッドから離すと、島崎が頭から被せて腕を通して位置を整える。

 その後はまたパジャマを着せてベッドを元の位置まで戻す。

 この時、文彦は昏迷状態と言っていい状態だった。最近はこういう状態が多く、看護師達はその姿を見る度に、そのうちもう目を開かない時が来るんじゃないか、と少し心配になっていた。

「——もう完全に女の子なのよねえ。早川さん、どう思ってるんだろうね」

 原田は文彦を見て言った。

「もうこうなったんだし、しょうがないんじゃない? 受け入れて生きて行くしかないよ」

 青山も文彦を見て言う。

「現実は残酷かもしれないけど、それでも頑張って生きて欲しい。早川さん、きっと良くなってくださいね……」

 そう言って、島崎は心の中で密かに祈った。


「先生、先生! 文彦は! 大丈夫なんですか!」

 宣子の叫ぶ声が病室に響く。

「お母さん、落ち着いてください!」

 青山が宣子を必死に抑える。

 文彦は呼吸困難に陥っていた。酸素呼吸器を装着し、苦しい表情をしていた。この様な事態は暫く前から時々発生していた。予断を許さない厳しい事態の連続であった。

「……うん、少し落ち着いた様だ」

 暫くして岡本は文彦の容体が安定してきたのを確認した。

「とりあえず、もう大丈夫です」

「せ、先生……文彦は、文彦は治るんでしょうか……」

 涙を滲ませながら宣子は言った。

「未知の事態故、絶対はありません。しかし今は対応出来ており、大丈夫です」

「お願いします! 先生! 息子を――文彦を、たっ助けてください! お願いします!」

 すがる様に岡本に懇願する宣子に、岡本はどうにも言い様が無かった。


 文彦の容体は日増しに悪化していった。特に最近の状況は命に関わりそうな場合が多く、予断を許さない状況が絶え間なく続いている。

 文彦は身動きの取れないベッドの中で、一体何を思い、苦しんでいるのだろうか……。



 ――辛い……とても辛い……。


 ――全身の痛みが治まらない。


「先生! ダメです!」


 ――体が動かない。


 ――声も出ない。


「早川さん、早川さん! 大丈夫ですか!」

 声が聞こえる。誰の声か分からない。

「聞こえたら返事してください! 早川さん!」

「い、いかん!これ……はら……ん……」

「せんせ……どう……し……」

「はや……わ……ん……」

 耳に入ってくる声も次第に聞こえにくくなっていく……。


 ――僕はもうダメなんだろうか?


 ――ここで死ぬのだろうか?


 霞む視界と共に、僕の意識も真っ白に消えていく……。


 ――そして文彦の意識は失われた。

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