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悪化

 九月に入って、文彦の症状は以前厳しいままだった。

 もう既に寝たきりに近い状態で、まともに動く事もなくなった。体の痛みはますます悪化し、時に呼吸困難に陥る時もある。緊急で処置がされる機会も次第に増えていき、岡本以下、看護師達も次第に疲労していく。どうにかしたい、しかしどうしても良くならない。

 なんとかならぬのか――岡本は試行錯誤するが一向に効果を上げられないのがもどかしかった。


 既に寝たきり状態の文彦は知らないが、先月の半ばに他県の<若返り>の患者が一名死亡している。ニュースにはなったものの、それほど大きな話題にはならなかった。文彦同様四十代の男性で、症状は重く、最終的には全身の激痛に耐えられず、死亡したと聞いた。その担当医と先日電話で情報交換をした。

 担当医は、やはり苦痛を和らげるのに苦心した様だ。だが結局、酷くなる苦痛に対応出来ず死なせてしまった。

 実は先日、更に<若返り>と考えられる患者が入院した。六十代の男性で、比較的症状は軽い。年齢が多少心配だが、まあ大丈夫ではないかと見られている。

 早川文彦の苦痛もかなり酷くなっている。

 いよいよ厳しい時期に差し掛かってきている。


「先生!」

 原田は青山と共に文彦を抑えながら、岡本を見る。

 最近の文彦は身体の変化と共に激痛が走り、そのせいで時々体が痙攣する様な症状が出る事が多くなった。寝たきりに近い状態であればそれ程問題はなかったが、痙攣が続くと命に関わる事態になりかねない為、これをどうにかする必要に迫られた。現在効果のある鎮痛剤で痛みを抑える事で何と鎮める事か出来るが、これは注射するタイプのものであり、痙攣している状態では難しかった。

 動かさない様に何とか固定出来ればよいがやはり困難であり、彼らの負担を大きくする事になった。

「――どうやら収まった様だね」

 注射を終えてしばらくすると、静かになった文彦を見て岡本は言った。

「何だか以前より効果が悪くなった気がするわ……」

 原田は以前より薄々感じていた事を口に出した。

「このままだと……もっと酷くなったら手がつけられなくなりそうですね」

 青山は少しやつれた顔で岡本に言った。

「これ以上は無いと思いたいが――どうなるか……厳しいな」

 岡本の表情は険しい。


「これを使うか……」

 岡本は悩んだ。早川文彦の容体は悪くなる一方で身体の苦痛も依然あり、痛みの度合いも次第に大きくなっている。

 岡本がどうするべきか迷っているのは、鎮痛剤だ。ますます激痛になっていく文彦にこれを投与するべきか。

 この鎮痛剤は、ドイツの製薬会社が開発したもので、大変強力な鎮痛効果がある。反面、全身麻酔の如く身体が麻痺した様になる。その為、長い時間身体はほぼ動かせ無くなる。そして復帰に時間もかかる。ドイツでこの鎮痛剤を三回投与した結果、その後病状は快方した後が大変だった。その患者はそれから二ヶ月程寝たきり状態で、更に半年はまともに歩く事も出来なかったのだ。結果退院には一年以上かかる事になった。

 また、この薬を更に大量に投与し続けた結果、病状が回復した後もずっと寝たきりになってしまっている例もあり、使いすぎると大変危険だった。


「ご両親に相談があるのです」

 文彦の両親は、目の前に座る岡本が一体何を言うのか、心配そうに聞いていた。

「文彦さんの身体の苦痛を緩和させるために、新しい薬を使う事に同意していただきたいのです」

「——新しい薬ですか?」

「これは大変効果の大きい鎮痛剤なのですが、効果が強すぎる為、長期間に渡って昏睡状態になる事が予想されます。それによって大変長い入院期間が必要となるでしょう。しかし文彦さんの痛みを和らげる為には、現在ではこれしかありません」

「それなら息子の苦痛をどうにかしてやれるんでしょうか?」

 宣子は岡本に言った。

「今の所、これしかありません。文彦さん、息子さんを苦しませたくはありません」

 少しの沈黙の後、宣子は言った。

「先生……お願いします。息子を、文彦を助けてやってください。その薬で少しでも楽にしてやれるなら、構いません。お願いします!」

 宣子はすがる様に答えた。

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