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あり得ない事

「早川さん……かなり厳しいわね」

 看護師の島崎は、自分のマグカップにコーヒー注いで少し飲むと、同僚達に対して浮かない顔をしながら言った。

「悪くなる一方よね」

 島崎の後輩の原田はつぶやく。

「どうにかならないんでしょうか……」

 同じく後輩の柴田も言った。

 島崎は全く良くならない文彦の症状に困り果てていた。そろそろ九月が近い。早川文彦は入院してかれこれ四、五ヶ月くらいなる。

 また、世間では<老化>患者や<若返り>患者の数はどんどん増えていた。


 文彦の治療を担当するのは山陽医科大学病院、総合内科の岡本准教授だ。日本最大の大学ともいえる、帝国大学医学部出身の優秀な医師である。

 彼を中心に多くのスタッフ、特に看護師五人が主に文彦の治療に携わる。

 一番年長の島崎友里子、看護師として五年目になる原田麻美、原田の同期である青山加奈、四年目になる太田宏伸、二年前に看護師となった柴田梨紗の五人だ。太田以外は女性である。

 文彦に完全に付きっきりでは無いが、この五人のうち二人以上は必ず文彦にかかれる様な体制になっていた。

 この日は島崎と原田、柴田が文彦にかかっていた。

「そろそろ時間ですね。行ってきます」

 柴田は定期チェックの時間がきたので、文彦の病室に行く為に席を立った。

「行ってらっしゃい」

「柴田、ヘマすんなよ」

「しませんよ……」

 柴田は原田に苦笑いして部屋を出た。

 文彦の病室に向かう廊下で柴田は色々と考えを巡らせていた。

 ――<若返り>――最近になって増えてきている、その名の通り若返っていく病気。逆に老いていく<老化>というのがある。<若返り>は老化の変化したものだとも言うと聞いた。実際にはまだ研究中という事なのだそうだけど。ただ<若返り>は<老化>と違って身体に苦痛が伴う為、やはり辛いみたいだ。それに若返った姿が別人の様に変わり果ててしまうとか……自分が発病したりしたら、とてつもない恐怖だと思う。早川さんにも頑張って欲しいけど……。

 ここ山陽医大には現在<若返り>患者が早川さん以外に二人いる。先月に一人入院して、つい先日も一人入院した。恐らくではあるが、今後も増えるんじゃないだろうか。今いる患者は早川さん程は重くない。

 でも今後もっと症状の重い患者が出てくる様な――そんな気もする。

 気がつくと早川さんの病室だ。気を引き締めて頑張らねば。


 ナースステーションに帰ってきた柴田は、島崎が居るのに気がついた。

「おかえり、早川さんどうだった?」

「相変わらずですね。それに……なんていうか……どうなんでしょうね?」

 いつもの事ながら、気難しい顔をして柴田は言った。

「何が?」

「いえ――あの、島崎さん。最近早川さんを見て感じません? なんていうか……柔らかくなったっていうか……」

 島崎は柴田の言いたい事が分かった。

「そうね。それは感じるわね。ただ若返っているとは違う……なんというか、中性的感じがしているわね」

「そうですよね。それに、中性的というか……はっきり言うと、もう女というか……いや、女の子と言ってもいいかも」

 柴田は最近文彦を見て、その変化ぶりが気になっていた。顔立ちはもう四十歳の中年男性の顔ではない。歳はどう見ても二十代かそれ以下。顔などのシミやホクロも以前は割合目立っていたが、次第に薄くなっていき、いつの間にか全て消えてしまった。しかも顔も体も線が柔らかく滑らかに見える。要するに、とても女性的な体つきになっているのだ。

 顔立ちもそうで、入院当時の顔とはもう別人といって良いくらいに変化していた。

 また、文彦は最近は自分でトイレに行くのが困難なので、看護師達に尿瓶を使ってやってもらうが……例えばそう、一週間前に見たときより男性器が明らかに小さくなっている様に感じた。少しづつだが縮小している……どこまで小さくなっていくのか分からないが。

 柴田は可哀想だとは思うが、この先どうなるんだろうという興味も少しあった。

 ——まあ若返っているのは、この病気はそういうものだと理解しているが……これはちょっと……。

「どういう事なんですかね。まさか病気で性転換とか……あり得るんですかね?」

「常識で考えてあり得ないでしょ。聞いた事が無いわ。マンガじゃあるまいし」

「ですよねえ……」

 柴田はイマイチ納得がいってない様だった。

 島崎は、——本当にあり得ない事なのだろうか? 事実を見るにそうは思えない。現実には時間と共に女性的な体に変わっているのだ。

 早川文彦はどこまで変わっていくのか? 未知の世界に突入していく様で、不安が頭を過ぎった。

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