特殊的後宮愛憎劇結末
ここはとある帝国の後宮。
様々な事情により召し抱えられた多くの妃たちが、今日も今日とて皇帝の寵を得るべく水面下での醜い争いを繰り広げていた。
「たかだか入内して間もない下級貴族の小娘ごときが、陛下から二度もお召しがあるだなんて。
これは、早々調子に乗らないよう、忠告してさしあげねばなりませんわね。
あぁ、私なんって親切なのでしょう。」
後宮でも三番目に広く豪華な部屋の中で、高級茶をすすりながら上級貴族の娘ピェンツィーエンは呟いた。
ピェンツィーエンを上座とし円形テーブルをぐるりと囲むとりまきの娘らは、彼女の言葉を無条件に称賛する。
「そうですわ!」
「さすがはピェンツィーエン様!」
「まったくそのとおりですわ!」
「実際素晴らしい!」
褒めそやされて気分を良くしたピェンツィーエンは、淑女らしき微笑みを湛え、遠くは南の王国の鳥の羽で作ったとされる高級扇子を手に上品に立ち上がった。
「では、皆様。さっそく参りましょう。
あの愚かな娘のためにも、こういったことは早めに教えてさしあげねばね。」
「そうですわ!」
「さすがはピェンツィーエン様!」
「まったくそのとおりですわ!」
「実際素晴らしい!」
一寸前と一言一句変わらぬ賞賛を浴びせるとりまきの娘たち。
明らかに手を抜いたよいしょだったが、単純な娘ピェンツィーエンがそれに気が付くことはなかった。
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女官からの情報を元に、ぞろぞろと北北西の庭園を訪れたピェンツィーエンたち。
目的の娘タイパイレンはすぐに見つかったのだが、彼女らはその異様な光景を前に、声を掛けるどころか近づくことさえも出来ずにいた。
「フンハッ!セエエイ!!」
バオーーーム!!
野太い雄叫びと共に周囲の空気をも巻き込むような荒々しい正拳突きを繰り出せば、彼女の正面に植えられていた巨木が木端微塵に弾け飛ぶ。
舞い上がる砂埃と共に巨木の破片が令嬢らのすぐ傍らを飛び交い、女官含むその場にいた者たちはたまらず恐怖の悲鳴を上げた。
「ヒエエエエエ!?」
「キャアアアアア!?」
「イヤアアアアアア!?」
「ヒイイイイイイイイ!?」
「アイエエエエエエエエ!?」
しかし、そんな彼女たちの悲痛な声が届かないのか、下級貴族の娘タイパイレンは空高く舞い上がり、庭園端の池の中央に鎮座する娘の二倍はあろうかという大岩へとその踵を目にも止まらぬ速度で振り下ろした。
「セイヤッ!ハーー!!」
ガボーーーーム!!
瞬間。大岩はさながら現代の爆弾でも仕掛けられたかのように轟音と共に四散大破する。
そんな中。意外と逞しい精神力を持っていたらしい令嬢らは、腰を抜かし涙を流しながらも四つん這いや匍匐前進で建物の影へと避難していった。
「ななななんですの、あの娘はぁー!?」
「に、人間!?彼女は本当に人間なのですか!?」
「あっ。も、もうだめ……。」
「ああっ!ミャンシュエ様しっかりなさって!」
「ナムアミダブツ!」
タイパイレンが見えなくなったことで極度の緊張状態から脱した彼女らは、身体を抱き震えたり、気力を消耗し意識を失ったり、脅えと共に改めて叫びを上げたりと様々な反応を見せている。
と、その時だった。
「ヤー、タイパイレン!セイガデルナ!」
壁の向こう側から、彼女らにとって最も耳慣れた、そして、けして聞き間違えることの許されない男性の声が響いてきたのである。
気絶した一人を除き、令嬢ら四人は覗き込むように恐怖の現場へと目を向けた。
「ええっ!?まさか皇帝陛下!?」
「あっ!あの娘にあのように近づいて!」
「ききき危険ですわ!」
「ナンデ!?陛下ナンデ!?」
混乱する彼女らと裏腹に、帝国皇帝はなんら気負いもせず全身凶器娘タイパイレンへと声をかける。
「イツモノタノムヨ。」
「エイヤハーッ!」
「ヌワーーーーー!」
途端。彼女は帝国の頂点に立つ絶対的存在の男へと掌底を突き出し、彼の身を東屋の壁面へと叩きつけた。
「きゃあああ乱心ーーッ!」
「誰か!誰かーー!!」
慌てて悲鳴を上げる令嬢たち。
しかし、ボトリと東屋から地面に落ちた皇帝は、さながら調理場によく見られる黒く鈍い光を放つ不衛生な虫のように手足をサカサカ動かし前進。
それはそれは気味の悪い動作で、タイパイレンの足に縋り付き喚いた。
「モットツヨクオネガイシマス!モットツヨクオネガイシマス!」
「ドッセイ!」
「グワーーーイイーーーーッ!」
「陛下ーーーーーッ!?」
彼の言葉と表情に、育ちの良い貴族令嬢たちは凍りついた。
そう。ついに、彼女たちは知ってしまったのである。
皇帝とあの娘の深すぎる関係を、陛下と仰ぐ男の特殊すぎる性癖を……。
「アリガトウゴザイマス!アリガトウゴザイマス!」
「応。日々此精進。」
そんな二人の慣れ過ぎたやり取りを見て、とりまきの娘の内の一人が言った。
「アイエエエ!なんたるサツバツ趣味!コワイ!」
それは、呆然と皇帝の戯れを見守る令嬢たちの全ての心を代弁するかのような言葉だった。
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数日後。
「タイパイレン様ぁ、珍しいお菓子を取り寄せましたのー。」
「タイパイレンお姉様のお好きな瑠璃茶を持って参りましたわ。」
「お姉様、お疲れではありませんか?
我が家で雇っている腕の良い針師を呼んでおりますのよ。」
あれ以来、皇帝の後宮内での権威は地の底の更に底へと沈み込み、反対に何かに目覚めてしまった令嬢らによってタイパイレンの百合ハーレムがおごそかに築かれたのであった。
「きゃあ!いま、タイパイレン様と目が合ったぁー!」
「カワイイヤッター!」
「タイパイレンお姉様ぁ、私の育てたお花を貰ってくださいましぃー。」
「今日は訓練なさらないんですのん?
お姉様の雄姿、ぜひまた拝見したいわぁん。」
帝国は今日も平和である。