夏の日 1
今日もいい天気だった。
常日頃、田舎というものに憧れる。
理由は、ただ単純に涼しそうだからである。
流れる川を見ていたい。その川で思う存分はしゃぎ回りたい。
都会のアスファルトは暑すぎる。
もううんざりすることに、うんざりしていた。
試しに部屋の窓を開けてみる。
冷房によって冷やされた部屋の空気は、一瞬にして煮えきった大気によって揉み消されてしまった。
今日から1週間、夏期講習のため俺の通う高校まで足を運ばなければならない。
自分で言うのもなんだが、別に成績が悪いわけではない。夏期講習は毎年自ら受講している。
塾での夏期講習という例もあったのだが、生憎俺は塾に通っていない。週5回に及ぶ部活と塾との両立は厳しいの一言だった。
「優、そろそろ時間ー」
姉が1階から呼びかける。既に支度は済ませてあったので、とりわけ急ぐ必要はない。
淡々と階段を降りると、金色に色を抜いたボサボサの短髪と真っ赤なジャージ姿の姉が立っていた。
見たところ寝起きのようだ。
姉は来年から社会人になる大学4期生。俺より6つも年上で、常にスッピンで、見た目がヤンキーな人間だが、身長はこっちのほうが高いので然程威圧感はない。
「なんで私が優の送迎係なのよ」
「別にいいじゃん。どうせ夏休み長いんだろ」
「レディーの忙しさを知らないのよアンタは」
ボサボサの髪を、さらに乱すかのように右手で頭を掻き毟る姉。たいそうイライラしているようだ。
ここ最近大いびきをかいて夕方まで寝ている奴に言われたかないね、と反論しようとしたが、あとあとの仕返しが怖かったのでやめた。
姉は緑色のクロックスを履いて玄関のドアを開ける。
案の定、絶賛沸騰中の外気が、姉の冷えきった体を蒸発させようと襲いかかる
「あ、あっつぅ~。なんなのよもぉ~」
だらしない声で不満を放つ姉を見て、思わず微笑する。
「そんなんだから彼氏できないんじゃないのー?」
「うっさいわねー。あんたも彼女いないくせに。あと『そんなんだから』ってどうゆうことよ」
抵抗する間もなく両頬を左右に引っ張られる。痛い痛いと喚くと、したり顔をかまして開放してくれた。
「私、がんばるから。優も勉強がんばりなさいよー」
姉は笑顔でそういった。
「…」
姉の優しすぎる笑顔を、俺は凝視できなかった。
姉の自慢の愛車に乗り込む。最近よく聞く『ハイブリッドカー』というやつらしい。
あらかじめ車内に冷房を入れておいてくれていたらしく、既に快適な空間が完成されていた。
「そういえば姉ちゃんの車乗るの、初めてかも」
「あれ、そうだったっけ」
「うん。あぁ、いいなぁ車」
やっぱり女子が乗る車は臭くないし、綺麗だよなぁと心の中で関心する。
「優も大学入ったら、バイトして買いなよ」
「んー、でも俺、他に欲しいものあるんだよなぁ」
「えー、やらしいもんなんでしょ、どうせ」
「はぁ?ちげぇーよ」
「冗談じゃん。ははっ」
「ったく…」
こう女子としての自覚を持ってないところが、オッサンくさいというか。
母親譲りというか。
親父そのものなのか。
「あ!やばい急いで急いで!遅刻するー!」
「大丈夫よ車なんだから」