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第4部 火の鎖、虹の釼  作者: 沙魚川 出海
火の鎖、虹の釼
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【清火】(終)

やっぱりシェパードがナンバーワン!

 硝子を砕き、窓を突き破って入ってきたのは――黒い犬だった。牙を剥いて低く唸ると、突然のできごとに驚いた沙汀渚は慌てて外へ逃げていった。

「久しぶりだな、火宮清火」

「え」

 その犬がわたしのほうを見て、口を開いた。ただ口を開けたのではなく、言葉を発したのだ。

 ――って、あはは、そんなはずないよね……。

 どうやら沙汀渚が投与した薬には、幻覚作用があったらしい。もうわたしはだめかもしれない……。

「おい、聞いているのか」

「え」

 目の前にお座りした犬が――今度こそ空耳でも幻聴でもない日本語で喋っていた。

「いっ、いいい、犬が喋った!?」

「……犬が喋っちゃ悪いか」

「な、なんで喋れるの!? ねえ、なんで!?」

「……細かいことを気にするな」

「ええっ、なんで!? なんでなんで!?」

「うるせえ」

 顔面に頭突きをくらった。首から下が麻痺しているので避けることもできない。

 背中の毛は黒くて艶やかで、お腹の毛は金色でふさふさしていそう。風格のあるきりっとした顔つきは気高く威厳があるのに、左耳が垂れているせいで堅苦しさは半減、可愛さは倍増していた。

「いたた……」

「お前、全然変わっていないな。ちゃんと飯食ってるのか」

「え、あのっ、なんでわたしのことを……?」

「お前のカルディアが目覚めたあの日、俺はあの森にいたからな。というか、火宮火継が一族の掟を破りカルディアを持ち出していたことは把握していたから、いつかそうなるとは思っていた。男を見る目がなかったな、あの女は」

「ママを――知ってるの……?」

 犬と向かい合って会話するというのは、とても不思議な感覚だった。アーモンド形の二つの目が、じっとこちらを見ている。

「話したことはない。だが、あいつらがお前に施した実験については、少し知っている」

「わたしに、施した実験……」

「その昔、カルディアがまだ神器やオーパーツなどと呼ばれていた頃、神の心臓は宿主を選び、人間に奇蹟の力を与えた。神人合一――正真正銘、神に選ばれた者。今世界にいる神格者(しんかくしゃ)のほとんどはこれだ。だがお前は違う。ある意味奇蹟であることに違いないが、お前はカルディアに適合するよう育てられ改造された存在、つまり珍しい部類というわけだ」

 だからこそ、大きな戦力になりうる――自分に言い聞かせているような言葉だった。

「イアカスは強い。この百年――異常な早さで神性を高めている。俺達が手も足も出なくなるのも時間の問題だ。そうなればこの世界は――終わる。来るべき戦いの刻に備え、俺には――俺達には、一人でも多くの神格者が必要なのだ。デメテルを討ち滅ぼすために」

 意気込む犬の目を、わたしは冷めた目で見つめ返した。

「君、名前なんていうの」

「フライハイトだ。フライと呼べ」

「じゃあフライ。はっきり言うけど」

 興味ないです。

 シンカクシャがどうとか、デメテルがどうとか。

 どうでもいいです。

「何? なんだと?」

「どうでもいいよ、そんなこと。勝手にすればいい」

「世界の未来がかかっているんだぞ」

「いいよ、世界がどうなろうと」

「おい、ふざけるな」

「わたしは関係ないでしょ」

「おい」

「いいの! ほっといてよ! イーリスがいないもん! イーリスがいない世界なんかのために、どうしてわたしが戦わなくちゃいけないの! そんな世界、どうなったって構わないよ!」

 また涙が出そうになった。犬の前で泣くのは恥ずかしいことだろうか。犬も泣くことがあるのだろうか。

 俯いたわたしの耳に、ハフーと息を吐き出す音が聞こえた。バカにしたような人を舐めたような、無性に腹の立つ吐息だった。

「お前のイーリスに対する思いとやらは、その程度か。火宮清火」

「…………」

「俺は戦うぞ。たとえ鼻を潰されようと皮を剥がれようと首だけになろうと、這いずってでもデメテルを殺してやる」

「……なんでそこまでできるの」

「恩があるからだ。一生をかけても返し尽くせぬ恩義が。誇り高き自由の名に恥じぬ戦いを、最後まで貫くと俺は誓った。お前は」

 何も感じないのか。

 何も返さないのか。

「お前は人形か? それとも人間か? 人間ならば――立て。戦え。地を這いずるしかない人間が自由を勝ち取るには、天を統べる者を――母なるものを殺すしかないのだ」

 自由か死か――選択を。

 フライは背を向ける。

「どっちにしろ――そんな鎖すら引きちぎれない奴に、クシフォスは倒せんがな」

 最後にそう言い残し、黒き獣はしなやかな身のこなしで歩き去った。

 わたしは目を閉じた。

 目を閉じて――もう二度と返ってこない、彼女と過ごした日々を憶い浮かべた。

 揺らめく月白の長髪。

 煌らめく菖蒲の双眸。

 誰よりも好きだった――本当に、心の底から大好きだった、愛しいイーリスを心に刻むために。

 そして。

 未来へ向かう一歩を、己の力で踏み出すために。

 幻想の鎖を断ち切る、勇気を振り絞ぼるために。

(犬が喋っちゃ)いかんのか?

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