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第4部 火の鎖、虹の釼  作者: 沙魚川 出海
火の鎖、虹の釼
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【イーリス】(六)

今日はWBC第2ラウンド台湾戦です

「……幽霊でも見てんのかね、あたしは」

 川沿いを走り、山を登った先に建つ巨大な箱。

 その入口に、リボンだらけの女が立ち塞がった。携えている大きな鎌から黒い邪気が滲み出ている。

「なあ、死んだんじゃなかったのか? ゼフテラさんよ」

「生き返りました――いえ、生まれ変わったと言ったほうが適切かもしれません」

 リボンの女が邪悪な笑みを浮かべ、鎌を地面に突き刺した。苛々をぶつけるように、繰り返し刃先で土を削る。

「へえ……。生まれ変わった、ねえ」

「貴女が誰か存じませんが、できれば戦いたくありません。通していただけませんか」

 答えの代わりに返ってきたのは、底知れぬ怒り。なぜかはわからないが、この女は私に――ゼフテラに対し憎しみを抱いているようだった。

「ふざけるんじゃねえよ、この亡霊がよ……! てめえは死んだんだよ。もうてめえの出番はねえんだよゼフテラッ! 死んでまであいつの――あたしらの邪魔をするんじゃねえよっ!」

 尋常ではない敵意と害意。紺碧色の光が吹き荒れ、樹上で休んでいた鳥達が一斉に羽ばたいていった。

 この女もクシフォス――七政か。

「いいぜ、だったらもう一度――薙ぎ殺してやるっ!」

 女が鎌を振るうと、切っ先から紺碧の光が放たれた。飛び跳ねるようにして避けると、背後で樹の枝が叩き折れる音が鳴り響いた。女が接近。薙ぎ払うような鎌の連続攻撃をすんでのところで回避する。全てが必殺、防御など考えていない鎌の猛襲。超感覚的知覚による運動能力増進に全力を傾け、なんとか切っ先を躱し続ける。紺碧の刃が土を抉りながら襲いかかり――そして。

 いつの間にか私達の周囲を、氷壁が覆っていた。

 真夏だというのに、文字通り血も凍るような冷気の檻。

「これは……」

「串刺しになっちまいな――!」

 鎌を突き刺した地面から紺碧の光が爆ぜ、周囲の氷壁が一斉に砕け散った。

 弾丸となって飛来する、紺碧の氷柱――

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 女の哄笑は――すぐに止んだ。私が無傷だったからだ。冷気を浴びながら、私は胸の底から漲るような力を感じていた。

 カルディアの――新たな神臓の鼓動、神格の覚醒。

 因果を結ぶ橋を、瞬時に切り落とすことによってマギアを無効化する神の光。

 菖蒲色の光を纏いながら、私は剣を構えた。

「て、てめえ――」

 より深い紺碧の光が鎌に絡みつく。絶叫と共に放たれた一撃が細かい氷晶を生み、銀河の如く煌めいて押し寄せた。

 その凍てつく一撃を――私は剣の一振りで霧散させた。

 刹那、紺碧の光を呑み込み閃いたのは――虹色の光。

 驚愕に目を見開く彼女に、私は詰め寄って掌底を打ち込んだ。

「がっ、は……!?」

 相手の胸から伝わってきたのは、凄まじいエネルギーの奔流。赤、橙、黄――紺碧。互いの間で虹色と紺碧の火花が散る。紫に至るまでの、橋を断ち切るまでの――心の削り合いが続いた。

 すると信じられないことに、突き込んだ腕を掴まれた。全力で不羇術を行使している私に触れられた状態で、なお動くとは――なんという精神力。彼等の神性は、もはや旧き神にすら匹敵するというのか。

「く……ッ!」

「が、あ、ああ――ああああっ!」

 どちらかに天秤が傾きかけた時――突如襲ってきた巨大な影が私達を突き飛ばした。その影は、ぐったりとしたリボンの女を鉤爪で器用に引っかけると、上空へと羽音を立てて飛び去っていった。

 あれは、聖獣……?

 空を見上げて警戒するも、怪鳥が戻ってくる気配はない。

 気にかかるが、今は先を急がなくてはならない。

 私は駈足で、建物内部へと入り込んだ。

 清火は、どこにいる。



「どうして――君がここにいるんだい」

 光彩の束が降り注ぎ、黙した女神が刻を見つめる礼拝堂。

 何を祈っていたのか、黒衣の男――クシフォス・サーヴァが、そこにいた。

 あの実験場に清火の姿はなかった。『ゼフテラ』は再び機械に入れられていたが、ほかには誰もおらず、沙汀さんも発見できていない。おそらく二人は一緒にいるはずだ。早く捜さなければ――

「おかしいな……ニセモノは壊したはずなのに。おかしいな……。――はっ!? そうか、ニセモノは一体だけじゃなかったのか! 道理でさっきの奴と服も違うわけだ! ぐぬぬ……なんてことっ!」

 身廊にて向かい合う私達。

 男と女。

 槍と剣。

 イアカスと――

「ああ、そうだ……。その剣を返してもらわないと……。それはゼフテラのものだからね……」

 私が持つ剣を見て、黒衣が言った。

 ゼフテラが使っていたという儀仗聖釼。剣に意思があるならば、この剣は持ち主を探しているのだろうか。かつてのように人を斬りたいと思っているのだろうか。

「クシフォス・サーヴァ。貴方の想い人――ゼフテラは死にました。もう、この世にはいないのです」

 はっきりと鋭く、剣を振るうような口調で私は語りかけた。今は亡きゼフテラに執着し続ける、黒衣の男に対して。

「私は確かに偽物です。イアカスにもなれず、ニンゲンにもなれない半端者。そしてもう、『ゼフテラ』でもなく『イーリス』でもないのでしょう。けれどなんだって構わない。大切な人を想う気持ちは――この答えは、今も私という存在を繋いでいる。貴方がその人のために槍を振るうというのなら、私はあの子のために――この剣を振るいます」

 右手で剣を掲げ、左手で後ろ髪を掴む。

『一人目』の私と『二人目』の私。

 私ではない――けれど間違いなく私だった私と、諦めてばかりで弱かった私。

 全てを繋いできた鎖を纏い、大切な人を守るために、私は。

「私は、清火のための(クシフォス)になる」

『三人目』の私として、誓う。

 軌跡を描き床へ落ちてゆく髪が、光を受けて虹色に煌めいたように見えた。

「んふふ……ふふふはははっ! 今さら髪を切って命乞いのつもりか! バカめ、ゼフテラを騙った罪が冗談で済むはずなかろう! 決めたぞ。貴様はこの土公(どこう)のサーヴァが、生きたまま磔にしたあとじわじわと貫き殺してあげよう! ――僕の儀仗聖鎗(ぎじょうせいそう)イフェスティオでねえっ!」

 膨れ上がって噴火する、鉄色の敵意。

 力を温存する余裕などない。

 全てを賭してこの男を倒し、清火の元へ――

 誓いを果たすべく、虹の釼たる私の戦いが始まった。

ぬわああああああん疲れたもおおおおおおん

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