【清火】(三)
七政ってそれっぽい言葉ですが七曜と同じ意味だそうです
「誰だお前!」
玄関の扉を文字通り切り開いて入ってきた女に、わたしは叫んだ。
「よう、邪魔するぜ」
言うや否や土足で部屋に入り込んできた闖入者は、わたしの顔と左手に持っていた何かを交互に見比べ、小さく頷いた。
「間違いねえな。おい、火宮清火だろ。ちょっとつき合ってもらうぜ」
金髪碧眼の女だ。胸元にリボンのついた、ひらひらした黒いブラウス。細かい模様や小さなリボンがたくさんある膝丈のサルエルパンツも同じく黒で、頭の上にもやたら大きな黒いリボンが乗っかっている。黒いものばかり身につけているせいか、露出した手足がぞっとするほど白く感じられた。
けれど奇抜な服装も、この女が右手に持っている物体の豪快さの前では霞んでしまっている。
身の丈ほどはあろうかという巨大な鎌。
女は、黒く禍々しい鎌を携えていた。
尋常ならざる圧力。
イアカス――それも並の遣い手じゃない……!
「なんでイアカスがここにいる……!」
「あれ、やっぱわかっちまうのか。せっかく私服に着替えてきたのに……。面倒だから手短に説明するぞ。あたしは七政の一人、鏡水のテッタ。訳あってあんたを拉致しにきた。以上」
「しっ……!?」
七政だって!?
なんでそんな奴が今、こんなところにいるんだ!?
「ん? これ言っちゃまずかったのか? まあいいや。驚くのも無理はない。あたしだってあのバカにつき合って渋々やってるけどさ、実はこれ完全にルール違反なんだよ。天枢院は知らないわけ。だから何か問題起こしたらやべえんだよな。したがって抵抗しないでくれると助かる」
七政。
簡潔に述べるなら、それは天枢院最強の七人衆の呼び名だ。
天枢院には軍隊とは別に、〈ソティラス〉という高い戦闘力を持つ者がいる。表では人間に教えを説く伝道師、裏では邪魔なニンゲンを排除する殺人鬼の称号だ。そのソティラスの中でも、特別に優れた能力を有する者は〈クシフォス〉と呼ばれる。わたしたちにとっては非常に厄介な、あいつらにとっては切り札とも言うべき存在だ。〈七政〉とは、そのクシフォスの中でもさらに選び抜かれた七人で、実質的にこの国最強のイアカスたちなのだ。
戦ったら――果たして勝てるのか。
未知の敵との力量差を瞬時に判断できるほど、わたしに実戦経験などない。今までわたしが相手にしてきたのは明らかに格下の連中で、対峙した瞬間に「こいつには勝てる」と断言できるような者ばかりだった。それに一対一の戦いなら、わたしはソティラスにも兵隊にも余裕で勝てる自信がある。
けれど今は違う。
この女の貌を見た瞬間湧き上がったのは、「勝てるかわからない」「戦ったら負けるかもしれない」という、初めてと言っていい感覚だった。
「大丈夫、お姉さんに任せな。手荒な真似は? たぶん? しないからさ」
「く……!」
なんて嘘が下手なんだ。可愛い声のくせに、この女に潜む残虐性が垣間見えた気がする。いったいわたしに何の用なんだ。いつでも動き出せる構えを取ったまま、わたしは必死に考えた。
逃げられる――だろうか。
前方は無理だ。女が玄関までの通路を塞いでいる。あの横をすり抜けて外へ出られるはずがない。じゃあ後ろか。窓を開けてベランダから飛び降りれば――
「ほら~。早くこっちへ来いよ。お姉さんが優しく抱き留めてあげるぜ~」
白い顔に、冷たく邪悪な笑みが浮かぶ。
こ、この女に背を向ける?
無理だ。
一瞬たりとも目を離す気になれない。
心臓がどくどくと跳ね回っている。汗が一筋、頬を伝った。
「んー……あ、そうだ。あっちには今頃ゼフテラもいるはずだよな……。おい、あたしについてくればゼフテラに――この写真の女に会えるぜ」
そう言って女は、骨のように細くて白い指で、持っていた写真を指し示した。
その写真には見覚えがあった。二人の人物が写っている。一人は髪の短い、まるで男の子のような少女。カメラに向かって笑顔でVサインを決めている。もう一人は髪の白い、まるで――
……どうしてこいつがその写真を持っている。その写真はわたしも持っていて、大切に保管してある。わたしと彼女が写った大切な一枚。撮ったのは確か――
「何をした……?」
「あ?」
「イーリスに何をしたっ!」
上昇する体温、燃焼する血液。
神臓が震え、衝動が牙を剥く。
イーリスに何をした。イーリスはどこにいるんだ。勝てるかわからない? 負けるかもしれない? 知らん! こいつをぶっ飛ばしてイーリスの居場所を聞き出してやる!
「いいね、この感じ。あんたも並の術者じゃねえな。でも――」
微塵も動揺する素振りを見せることなく、死神がわたしの前に立ちはだかる。その瞬間、体の内側で『彼女』が警報を鳴らした。
この女は――
「あたしの儀仗聖鎌ガラクスィアスと殺り合おうなんざ、一万年早――いや、一万年は盛りすぎか……?」
この女は、危険だ。
「…………ッ!」
今まで感じたことのない圧倒的・絶対的な力の差。心臓を凍えさせ停止させるかのような絶対零度の悪寒。
だめだ――勝てない。
戦ったら間違いなく負ける。女が放つ一言一言によって、張り詰めた空気がどんどん重みと冷たさを増してゆく。万に一つの勝機すら見出せなかった。
この状況を打破するには、どうすれば――
「――火宮?」
その時、女の背後――四角く切り取られた玄関の向こうに、まどちゃんが姿を見せた。
女が振り返りざまに薙いだ大鎌から、淡い光がまどちゃん目がけて飛んでいった。通路の鉄柵ごと、まどちゃんが外へ投げ出される。
「まっ――」
「もたもたしてたら人が来ちまった。仕方ねえ」
「――――ッ!?」
全く無駄のない動作で詰め寄ってきた女に、腕を捕まれた。鎌の一振りで窓硝子を粉砕し、尖った音と破片がベランダに散乱する。
「国守や若竹、鳴海辺りに出てこられたらさすがのあたしでもやべえからな……。国守以外の主力はほとんど留守だってあの眼鏡が言ってたから、出てこないだろうけど。騒ぎをでかくするわけにはいかねえし、とっととおさらばするぜ」
「がっ――は、離せ……ッ!」
とんでもない力だ。手首の骨が潰れたかもしれない。腕を引っ張ることすらできなかった。
「こ、この――、…………ッ!?」
いつの間にか――手首が何かで拘束されていた。両手が固定され、動かすことができない。
これは――
「氷……!?」
氷の手錠がかけられたわたしを強引に抱きかかえ、女は二階のベランダから飛び降りた。着地する寸前――大きな影がわたしたちをすくい上げ、高く遠く、曇り空へと向かってゆく。
怪鳥。
わたしたちを背に乗せ羽ばたいたそれは、聖獣と呼ばれる巨大な鳥だった。イアカスと同じくデメテルの欠片を内包し、恐るべき進化を遂げた超常生物。まさかこんなものまで従えているなんて――
「イーリス――」
何が起きているのかもわからないまま、地面が――わたしたちの家が遠ざかる。わたしの呟きは、風に流され遥か下の大地に墜ちていった。
まどちゃんがこのあとどうなったか、書くの忘れた気がする




