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おとうさんは!?  作者: みぃこ
第1章
7/7

おとうさんは幼女!?

サボってました。すいません・・・


 私が次に目を覚ましたのは、真っ白い部屋でもなく、青空の下の緑で覆われていた高原でもなかった。やけに広い部屋の中、一人で寝るにはもったいない大きさのベッドの上。そこにポツンと独り寝かされていた私は、窓の外から入ってくる夕日に目を窄める。カーテンが開け放たれている窓に目を移すと、先ほどまで真っ青だったはずの空が、照れたように赤みを帯びていた。起きたときと同じ体勢のまま、徐々に赤く染められていく空を眺めていると、寝起き特有の気だるさがすうと引いていくのが分かった。

 意識を失う前のこと―――唐突に私を襲った激痛のこと―――を思い出し、顔色を失くす。

 あれは、痛かった。今まで感じた事のない感覚。言葉にするなら、そう、脳味噌が噴火してしまったという表現がいいだろうか。決して、地面に頭をぶつけたような感じではなかった。かといって、風邪をひいた時のズキズキするような痛みでもない。それに、私は偏頭痛持ちではなかったから分からないが、おそらくその症状よりも数倍は苦しんだであろう。


 何故、頭痛がしたかは分かる。


―――――記憶の不消化


 間違いなく、これが原因だろう。痛みが襲ってきたのと同時に、膨大な量の情報が迫ってきた。

 私には身に覚えのない、わたしの記憶。私には見たことも聞いた事もない、わたしの知恵。

 体と精神の不一致から起こったであろう、この摩訶不思議な現象は、脳のキャパシティーの臨界を須らく突き破った。

 故の激痛。

 しかし、分からない。ゲームの世界の痛みはこんなに現実的(リアル)なのだろうか。

 MMOの醍醐味といったらやはり、剣と魔法。自分の操るキャラクターを育成し、MOBと戦わせる。以前だとPCの画面前に座り、マウスとキーボードでプレイしていたが、しかし、VRは自キャラをまるで自分の体のように操り、プレイする。

 作られた体。借り物の体。しかし、痛みを感じるのは現実と同じ。VRとは痛覚もあるのだろうか。

 何処までが現実で何処からが仮想なのかが分からない。

 窓から顔を覗かせている夕日と空は幻想的なものを感じさせるが、空を飛ぶ烏や外から聞こえる人の声は現実と何ら変わらない賑やかなもの。

 あやふやな境界線で掴みどころの無い世界。それが私のこの世界に対する最初の印象だった。


 ふと、窓から目をはなし、上体を持ち上げて部屋を見渡してみる。

 私がいるものとは別のベッドが真横にある。白いスーツは寝崩れた様子は見当たらず、きちんと整っていて清潔さが窺える。机と椅子、黒い布が被さっている化粧台。あの布は外套だろうか。あるのはこれくらい。この部屋はわたしの記憶にもないから、どこかの宿なのだろう。

 ………記憶? 私には無い、わたしの記憶?

 意識すると、また頭がズキリと悲鳴をあげた。そして起こるデジャブ。

 うっと呻き声をあげて両手で頭を押さえつける。しかし、今度の衝撃は一瞬のもので。用の無くなった両腕は、前よりも数倍長くなった髪を不慣れな手つきで撫で付けて収まった。

 

「はぁ……」


 思わず漏れた溜息を静めるように、私は浮かした上体を再びベッドに沈める。

 ポフンという擬音語が相応しい弾力を体いっぱいで受け止め、上を見上げた。

 知らない天井。分からない現状。

 だが、それ以上に、この体。色々と別のことを考えてきたが、私が一番当惑していたのはこの件だった。

 女。それも童女だ。妻や葉月よりもさらに幼いこの体では不都合な事が多すぎる。今までの私の体の感覚で行動するのなら、走るのはおろか、立ち上がるのにも苦労を要するだろう。

 それはそう、まさに記憶に新しい、地区の運動会で経験している事だ。リレー、それもトリを飾る年齢別リレーである。これでも学生の頃は身体能力が高かった私は、その選手に選ばれていた。しかし、結果は最下位。理由は、バトンパスの失敗でも、これといった戦略を立てなかったことでもない。私がバトンをもらったその後、十秒も経たずしてこけたのである。それも盛大に。

 記憶というのは時に、自身に牙を剝く。社会人になり運動をする機会を極端に減らしたのが原因で、自分の体がどれほど衰退しているのかが分からなかったのである。脳が、身体が記憶していたのは、最盛期の事。気持ちだけが早く行き過ぎてしまい、体がついていかなかったのである。

 これと同じ事が今の状況にも当てはまる。四十の男の体と十の女児の体。勝手が分からないのは自明の理だろう。

 しかし、先程状態を持ち上げる事はできたのだから、無意識的なら何とかなるのかもしれない。

 ただ懸念すべきところは、私が女としていきていくかどうか、である。ゲームの世界とはいえ、やはり難しい。四十越えのオッサンが幼女を演じるのは無理難題だろう。


「はぁ…」


 溜息でさえも幼い。腰ほどまであるだろう、真っ黒で艶のある髪も、ベッドのスプリングもこの体相応のもの。

 ふと思い立って、スルリとベッドから抜け出す。

 向かった先は、化粧台。

 何かを映すのを恥じているかのような、鏡に掛けられた黒い外套を一思いに外す。

 バサッと風を切る音と共に映されたのは、少女の上半身。まず目に入ったのは真っ黒い、艶のある髪。手入れがしっかりと行き届いているのか、ゲーム仕様なのかは分からないが、寝起きにもかかわらず、変なクセは見当たらない。八つくらいのまだ初経も迎えていないような童子。西洋風の顔立ちは当然幼いものの、奇麗に整っており、十分に可愛らしい。目は大きく開かれ、漆黒の眼が神秘的なものを醸しだしている。顔の中心にある小さな小山が、一生懸命に自己主張している様子はとても愛らしい。

 この容貌なら、十年も経てば求婚してくる輩がでてくるのではないだろうか。

 ………そんなのは御免被りたいが。性同一性障害の方を悪く言うつもりはないが、しかし、男とヤるのは生理的に無理。鳥肌がたつ。

 私が嫌悪から身体を震わせると、手に握っていた外套がスルリと抜けた。

 そういや、この外套。これは、彼女のものではないだろうか。必死で名を呼び続けてくれた異国の女性。あの時は頭痛が酷かったが、おぼろげに耳に残っていた声を思い出す。

――――――彼女は私の、否、わたしの一番上の姉にあたる。名はアンソレイエ。齢は十九。時に優しく抱きしめ、時に厳しく叱ったりする姉様のことが私は大好きだった。魔法を上手く操れないおちこぼれのわたしを、お父様やお母様のように邪慳(じゃけん)にせず、親しみを持って接してくれる数少ない人の内の一人である。わたしが物心ついたときには既に、姉様は最難関と謳われる、王都ランゴバルド魔法学園に籍を置き、実技科において歴代最年少で学年主席の座を獲得し、以来一度も頂点から降りる事がなかったという天才である。また、学園在学中に学徒会なるものを作り上げ、生徒会長を務める程。今現在はその腕を買われ、母校の教師として働いている。婚礼期を過ぎかけているのにもかかわらず、姉様は縁付くつもりはないらしく、お父様の持ち込む縁談を一蹴りしているのだとか――――――


「私にはない、わたしの記憶……か。これもゲーム上の設定なのか? 本当に良くできている事で」


 目の前の少女もあきれたような顔つきで呟く。やはり、馴れない。


「……火丁と葉月と合流すべきだろうか」


 それとも……。


「いやまぁ、とりあえずの問題は、姉様(・・)だよな……

 火丁と葉月がどんな体になっているのか分からない今、行動は控えるべきか」


 目を床に落ちている布に移す。

 その色は私の不安を表しているかのようで、なんとなく良い心地がしない。




 いつの間にか日が沈み、辺りは暗闇に覆われていた。

 騒がしかった外の音は、客を呼び込む商売の声から野太い男の笑い声に変わっている。賑やかな街なのだろう、一向に音が途切れる気配がない。

 プレイヤーなのかNPC(ノンプレイヤーキャラクター)なのかは分からないが、()の生活を楽しむ声は、少しだけ私の心に温もりをもたらした。


「明かりとか、付けられないのか?」


 そういって、もう一度部屋を見渡す。コンセントなんてものはなく、明かりの元になるものも一つも見つけれなかった。


「電気が通っていないのか……? ランプとかも無いし。どうするんだ、この場合」


 ひとしきり捜してみたが、やはり無い。

 こんな文明が進んでいない設定だとは思わなかった。部屋の造りと姉様やわたし、記憶にある人の顔を思い浮かべると、舞台は中世か近世ヨーロッパ。ある程度の技術は生まれつつある時代ではあるが、それでもやはり、私が暮らしてきた先進国日本には極めて追いついていない。


「ほんとうに、どうしようか」


 運営から何も聞かされていないし、望月さんや瞳からも御無沙汰無し。『生活してもらう』とか言われても、ゲーム内だけで生きていけるのだろうか? 現実での事はどうなるのだろうか?

 栄養、睡眠、排泄等々、少し考えるだけでも疑問点が浮かぶ。

 というか、ログアウトは? チュートリアルも無し?

 よく考えてみれば、あの白い空間から理不尽な事だらけである。私たちに人権はないのか! と怒鳴りたくなるような出来事だ。

 記憶の食い違いや身体の消失―――トラウマである―――、目が覚めたらわけの分からない場所で、しかも体が幼女になって、頭痛がしたと思ったら失神。混乱する事ばかりで、いざ思い出してみると、沸々と怒りが込み上げてくる。

 望月さんに対して、瞳に対して、理不尽な現実に対して、何より子供達の未来が奪われたことに対して。

 いや、本当に未来が奪われたかどうかは分からない。このゲームに対しての情報が少なすぎるから、一概には言えない。もしかしたら、操作さえ分かってしまえばログアウトできるのかも知れないし、今後、運営からの連絡があるかもしれない。

 しかしそれは、絶対じゃない。そのことの確証も無ければ裏づけも無いのだ。

 もし葉月が、火丁が私以上の痛みを感じているのなら、ゲームの世界から抜け出せないなら、その時は、私は――――――



 闇に慣れた目、それでもう一度だけ部屋を見渡す。

 やはり、質素な西洋の部屋。外からは相も変わらず男の馬鹿笑いが聞こえる。

 そこには幻想的なものが全く無い。

 世界の不条理さに憤慨し、また恐怖する。結婚をして世帯を持ち、お父さんと呼ばれるくらいに生きてきたが、やはり人間の本質とは変わらないものらしい。

 熟考しすぎた。さっき寝て起きたというのに頭が重い。

 もう一度横になろう。そう思って先とは別のベッドに足を向ける。


 その時だ。

 コンコンと扉がノックされる音が部屋に響いた。


「………っ!」


 ゆっくりと開け放たれたドアから明かりが舞い込んだ。

本当に申し訳ない。

とりあえず更新しました。


感想・アドバイス等お待ちしております。

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