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「梅」「ラジオ」「チョコレート」
ともゆき
♪明日は特別、スペシャルデイ♪
ラジオから「バレンタイン・キッス」が聞こえてくる。
明日はバレンタインデー。
私は彼に手作りのチョコレートをプレゼントするためにキッチンに立っていた。
お鍋でお湯を沸かしてチョコを湯煎で溶かす…。と、ここまで作って私はふと考えた。どんな形を作ろうか、と。ハート型じゃ一般過ぎるし、かといって複雑な形はできないし…。
そこまで考えていて、私はチョコをボールのように丸める事を思いついた。
色々と大変だったけど、何とか丸めることができて、お気に入りのリボンで袋を結んだ。
「はい、バレンタインのプレゼント」
私は彼に袋を渡した。それを見て彼は一言。
「…なんだこりゃ、梅干か?」
そりゃあ私は不器用だから上手くボール型に丸められなかったかもしれないけど、そんな言い方はないでしょう?
百年の恋も冷めてしまう思いだった。
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「カメラ」「ミニスカート」「ピアス」
柏矢結奈
駅のホームを跳ねるように駆けてゆく。大きな鞄を肩に担ぎ、猛然と走るその男らしい姿に、似合わないミニスカートをはいたその少女は、発車音の鳴り響く電車に乗ろうと階段をかけ登っていた。
『カシャッ』
背後でカメラのシャッター音が聞こえた気がした。あくまでも、気がした、だけ。けれども少女は迷うことなくそのほっそりとした足を――よく見ると意外に筋肉のついた足を、頭上高く掲げ、あぁっ中身が丸見え……いやいやゴホン、背後にいた男めがけて振り降ろしたのだ。
少女のピアスが片方飛んだ。そしてコンクリートの地に細やかな音を立てて落ちた。けれどその儚い音は、少女の踵落としをくらった中年男の倒れる大きな音にかき消されてしまった。
少女は男が落としたカメラのフィルムを取り出し、思いきり踏み潰した。その勢いで担いでいた鞄の紐が緩み、中に入っていた胴着のようなものがちらりと見えた。
「くっそじじぃ!試合完全に遅刻じゃん!!」
無情にも走り出す電車の音を聞いた少女の、泣きそうな叫び声が駅構内に響いていた。
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「楽園」「迷路」「値段」
ともゆき
今から15年以上前、日本がバブル景気の真っ只中だった頃、全国各地にいくつものテーマパークが作られた。このテーマパークもそのひとつで巨大迷路が売り物だった。
しかしバブルの崩壊とともにこのテーマパークも客が激減し、先日とうとう閉園となってしまった。
そのパークの解体工事のため、私はそこに来ていた。
工事関係者しかいないパークで私はその巨大迷路を見下ろしていた。
あの頃私は高校生だったが、よく友達とこのパークに遊びに来て巨大迷路に何度も挑戦したものだった。
私は方向音痴だったのだろうか、結局一度も攻略できないまま終わってしまったが、あのときはまさか将来自分がここの解体工事に関わることになるとは思わなかったが、あの時、ここで過ごした想い出はとても値段がつけられるものではないだろう。
例えパークがなくなろうとここは私の青春の思い出とともに永遠に心に残る楽園なのだから。
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「野球場」「バス」「月」
マグロ頭
川沿いに整備されたちょっとした広場。雑草の青臭い臭いが漂うそこが奴が言った勝負の場所、つまり、奴らにとっての野球場だった。
……冗談じゃない、こんな場所。グラウンドの乾いた緊張感も、辛い照り返しもない。気の緩んだ奴がお遊びで野球をするのがやっとだ。間違っても、俺の様な本気で野球をする奴がピッチングする場所じゃない。
……来なければよかった。
あまりの環境に、俺はすぐにバスに飛び乗り、家に帰りたくなった。家で自主トレがしたい。いつものコースを黙々と走りたい。そんな考えが浮かぶ。
「おい、何ぼけーっとつっ立ってんじゃ。早う、ご自慢の豪速球っつーのを投げてみぃ」
声がして、俺は前を見た。およそ十三メートル先、満月のように真ん丸な顔。奴がしゃがんでいた。俺の球を捕ると豪語した、勝負の相手。
「さあ、早う早う!」
そう言って軽くミットを叩く。
いいだろう。俺は意を決して、奴のミットだけに集中する。すると、さっきまで頼りなかったミットが突然腰を据えたではないか!
やってやろうじゃないか!
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「約束」「車輪」「チョコレート」
和成創一
『約束通り、車輪でチョコレートを作って待ってるわ』
まるでお題小説で失敗したみたいに不自然な文章。
しかもピンクの便箋に流麗な草書体である。
言葉の真偽よりむしろ人間性を疑うが、差出人が私の尊敬する先輩、丹蒜さんなら話は別だ。彼女は大のミステリファンで、よくこうした謎めいた手紙を送ってくる。
私は記憶を総動員した――「約束」と「車輪」で方位の隠語、チョコレートはバレンタイン……“2”月の行事だから、2の方向は――
「先輩ん家の方じゃない」
拍子抜けしつつ向かう。庭にいた先輩はせっせとリムでチョコをすり潰していた。
リム=タイヤを取り付ける金属製のリング。
チョコ=食べ物。
「……何してんですか」
「見ての通りよ。そしてあなたは私の誘いにまんまとかかった。いけないわ。暗号はその裏の裏まで読み取らないと」
「むしろ文面そのままの気が」
「いいのよ。私たち女の子同士なんだから、少しぐらい奇抜な方が慰みになるわ。相手がいないのに真面目に作ってられるものですか。それに、ちょっと楽しいわよ」
「どれどれ……む、これは。なかなか、大変、ですね」
「でしょう? 暗号も恋も、苦労しなければ駄目ってことよ」
「なるほど。勉強になりました!」
……アレ?
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「自転車」「銅像」「マフラー」
春野天使
あなたはいつものようにクールな眼差しで、じっと本に目を落としている。雪が降ってきそうなくらい寒いのに、
いつもと同じように薄着ね……。
真面目で無口なあなた。でも、あなたはいつも私の側にいてくれて、私を置いてどこにも行かない。
私が振られた時も、ずっと側にいてくれた。泣きながらふられた彼のことを未練がましく話しても、嫌な顔もせずじっと私の話を聞いてくれた。
……本当に聞いてくれたのかな? あの時もあなたはずーと本を読んでいたから、聞いてくれたかどうかは分からない。本当にあなたは本ばかり読む勉強好きなんだから。
でも、良い。毎日、自転車で会いに来るね。これ、あなたにプレゼントする。彼のために編んだんだけど、あなたにあげる。今度は、あなたのために編んであげるね。
私は自転車の籠から手編みのマフラーを取りだして、彼に巻いてあげた。
彼は出身小学校に建っている「二宮金次郎」の銅像……。二宮金次郎がある学校って少なくなったけど、ここにはまだあるものね。
銅像の彼は私の初恋の相手。ずっと、ずっとここにいて、どこにも行かないでね。
即興小説傑作集第三弾、いかがだったでしょうか? 心に残る作品があった、という方は作者様の名前を添えて感想を送ってくださいね。もし作者様が小説家になろう登録済みでしたら、作者様個人のメールフォームなどにどうぞ。
即興小説シリーズは今回で最後になりますが、即興小説の活動は現在も「小説家になろう〜秘密基地〜」のみんなの掲示板にて行われています。傑作集には収録されていない作品もありますので、ぜひご覧下さい。参加もお待ちしております。
それでは、今回参加していただいた方々のご紹介を最後に添えさせて頂きます。
■マグロ頭さま(W6336A)
■AKIRAさま(W7052A)
■yoshinaさま(W6246A)
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■影之兎チャモさま(W6270A)
■松原志央さま(W5773A)
■ともゆき様(S0003A)
■和成創一さま(W8588A)
■柏矢結奈様(W4620A)
■春野天使さま(W0542A)
■水音灯さま(W9935A)
■琉珂さま(W2632A)
■アオキチヒロ様(W0113A)
■有葉千野さま(W5216A)
ご協力、ありがとうございました!