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『新人』『雷』『鞄』

 有葉千野


とある新聞配達バイトの新人。彼は早く仕事を切り上げたかった。なぜなら、上空の雲行きはとても怪しく、今にも雷が落ちそうだからだ。新聞は残り一枚、これを配ればノルマは達成。あとは売上金を入れた鞄を上司に渡せば、今日のバイトは終わりだった。そして顧客の郵便受けに、最後の新聞を入れようとした、その時。激しい雷が轟き、辺りは豪雨に包まれた。ずぶ濡れは嫌だと、新人は急いで会社へ戻った。彼が会社に到着すると、早速、上司が鞄を要求してきた。新人は手元を探ると、なぜかそこには、配ったはずの新聞があった。郵便受けに入れたのは、新聞では無く鞄だったのだ。そして新人に、上司の怒りの雷が落ちた。


*******

『隻影』『少女』『紺』


琉珂

私は部屋の隅に掛けられた紺色の制服を眺めていた。

きっちりと胸の真ん中で結ばれたスカーフ。

長すぎると言っても過言ではないスカート。

もう今はいない彼女が着ていたものだ。

彼女は学校が突き付ける規則という規則を全て守る、私にはとても真似できない優等生だった。

そのためスカートを短く切ったりして規則を破っていた私は、彼女の親友として釣り合わないとよく先生達に非難された。

付き合うのをやめろと。

しかしそんな非難さえ、私には彼女との信頼の証であったのに。

彼女はもういない。

こうやって彼女の部屋で彼女の制服をいくら見つめても、彼女はもういないのだ。

私の記憶に唯一残る彼女も、時と共に薄れゆき、いつしかその隻影すら望めなくなるだろう。

私はそれが恐くてたまらない。

あのいつでも自分に誠実であった少女をこの世界から消してしまうのが。

ああ、奪われるが私の命だったら良かったのに。

私数滴の涙といくつかの嗚咽をもらして、この悲劇に浸っている自分に気付いた。


*******

「梅」「暇」「髪」

 マグロ頭


 昼下がりの図書館。過ごしやすいにも関わらず、人がまばらなその場所で、伊月は暇を持て余していた。本には目もくれず、頬杖を突いて、脳内に増殖し続ける『暇』という文字を眺めている。

 暇だ。暇暇暇暇暇。暇過ぎる。暇過ぎて死ぬ。むしろ死にたい。こんな暇地獄、無理。

 伊月が一番苦手な事、それは待つ事だ。人気店の行列に並ぶだとか、新作の商品を待つだとか、そういった事が全く出来ない。待つくらいなら違うものを食べるし、今あるものを買う。出来る事があるなら、そちらに流れてしまうのだ。伊月は非効率的な事が大嫌いだった。

 でも、そんな伊月にもやらなくてはならない時がある。待たなくてはならない時があるのだ。

 ……クッソー、千草の奴。あたしが本に興味ないのを知ってて、あえてここを待ち合わせ場所にしやがって。悪魔だ。鬼だ。畜生だ。糞馬鹿阿呆に決まってる。あー……クソッ、早く来いよなボケ女。チッ……イライラする!

 貧乏揺すりをし始めてしまった伊月の周りに負のオーラが漂い始めた。周りの利用者がとても居心地悪そうにしている。伊月の吊り上がった目と固く結ばれた唇、そして短く切った髪型は、それだけで見る人に威圧感を与えてしまうのだ。不機嫌なのが目に見えて分かる今、ちょっとした舌打ちに恐怖を感じる人も少なくない。誰もが現状打破を望んでいた。

 その時、春風が梅の甘い香りを入り口から運んできた。新作のシャンプーの香り。そして千草お気に入りの香り。甘酸っぱいその香りに伊月は溜め息をひとつ吐くと、入り口に立つ人影の方を向いた。長い黒髪に向日葵の様な笑顔。脳天気な小悪魔が手を振っていた。

「……遅いよ、千草」

 苦笑を浮かべて、伊月は席を立つ。ついさっきまで感じていた些細な苛立ちは、そこに置き忘れたままにして。顔の前で手をあわせる千草が今日はどんな事を話してくれるのか楽しみにしながら。


******

『合格』『紙幣』『自転車』

 春野天使


「あった〜!」

 僕は思わずその場でジャンプする。東の空が白み始めてきた。吐く息も真っ白で凍えるように寒い。この喜びは、志望校に合格した時と同じくらい、いやそれ以上に大きかった。

 僕はピンセットで小さな紙切れをつまむと、ビニール袋の中に入れた。

 小さな紙切れ……それは、大切な一万円札の最後の一切れだ。家に帰れば、ここ数日拾い集めた紙幣の紙切れがある。最後の一切れだけ、なかなか見つからなかった。紙幣の三分の二が残っていれば、新しいお札と交換出来るけど、僕は最後のひとかけらまで見つけたかった。

 疲れた。もうこりごりだ。あんな宣言するんじゃなかった。僕は、フーと大きく息を吐いて自転車に乗る。

『もし、○○高校に合格したら、皆の前で一万円を紙吹雪にしてばらまいてやる!』

 僕はクラスメイトの前で、大宣言してしまったのだった……。まさか、あの名門校に合格出来るとは考えてなかった。

「ま、いいか。志望校に合格出来て、一万円も元に戻ったんだし!」

 僕は声を立てて笑うと、朝日が差し始める中、勢いよく自転車を漕ぎ出した。


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