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「マッチ箱」「じゃんけん」「チーズ」

 琉珂


彼女はたどたどしい動作でマッチ箱からマッチを取り出して、床の蝋燭に火をともした。

真っ暗な部屋に赤い光が揺れる。

私の赤い首輪の色もその光に照らされて赤く揺れる。


「どうやったら影に勝てるかな。」


彼女は呟いてそっと開いた掌を握った。

すると彼女の掌の影も当然のように拳を握る。

私は与えられた一欠けのチーズを緩慢に食みながら、部屋の片隅でそれを見ていた。

彼女はまた掌を開く。

影もまた開く。

そのうち蝋燭が倒れて木製の床に火が燃え移った。

私は危険を察して大きく尻尾を振るけれど、彼女は勝負に夢中で気付かない。

仕方なく外への出口である引き戸の隙間に身をねじこみ、私はもう一度彼女を呼んだ。

危ないわと。

それでも彼女は気付かない。

私は広がる炎があまりに恐ろしくて、ついには彼女を置いて逃げ出してしまった。

後ろから物置が燃え上がる音がした。

朝になればきっとあそこはケシズミに。

幼い彼女はそうなってもなお、崩れ落ちたガラクタの下で終わらないじゃんけんを繰り返し続けるのでしょう。

所詮飼い犬の私にはどうしようもないことだけれど。


*******


「花瓶、杖、指輪」

 柏矢結奈


 暗い部屋の中を、手探りで歩く。電気はつけない。彼女の悲しむ顔は見たくないから。

 なぜこんな事になってしまったのだろう。私は今でも君が大好きだ。一緒にいたいだけなのに。

 部屋の奥のベッドの上に、目を瞑った彼女がしとやかに座っていた。キラリと光った薬指が切なかった。

 あぁ愛しいデイジー。こんな事になったのも、全部私のせいだ。すまない…責任を持って、君を元の姿に戻す。


 「……君は私を恨むかい?」


 私はデイジーの前に立ち、その端正な顔に杖を突きつけた。彼女は反抗しなかった、そっと目を開き私を見た。


 「いいえ。私は愛するあなたを側で見守っていられるだけで、幸せです」


 私は唇をキュッと噛みしめ、こみあげる感情を奥へ押し込めると、杖一振りした。明るい光がデイジーを包みこんだ――私は目を見開いた。光に照らされた彼女は、微笑を浮かべていたのだ。幸せそうな表情で私を見つめたまま、彼女は静かに消えていった。

 私があげた指輪が、儚い音を立て床に落ちた。


 私はそれを見つめ、がっくりと腰を落とし膝をついた。そして指輪ではなく、その横に落ちていた花を手にし、側にあった花瓶に挿した。


 朝が来て太陽があがり、窓から柔らかな光が射し込むのと同時に、愛らしい花はめいっぱいに開いた。

 知らず溢れた大粒の涙は、朝露のようにキラキラとデイジーの花を美しく輝かせていた。


*******


「イカダ」「数字」「罠」

 マグロ頭


 罠を仕掛けた。小さな小さな悪だくみ。想いのこもった希望の光。

 君を初めて知ったのは、真夏の修学旅行。沖縄の澄んだ海にイカダを浮かべようとみんなに呼び掛けていた。総勢十人程で作り上げた頼りないイカダは、広い海原の真ん中で君と一緒に沈んでしまったけれど、楽しそうな笑い声は見事作り上げたんだ。

 季節は変わって初秋。残暑残る遠い空の下。大きな歓声と応援と、熱の入った競技の数々。体育祭は最高の一日だった。君が最後尾でもらったリレーバトンを、歯を食い縛って先頭まで持っていった時、初めて胸の鼓動に気が付いたんだ。

 風が雪を纏う冬。いつの間にか君も受験生の顔になっていた。椅子にじっと座っているなんて大嫌いのはずなのに、君はいつも一番最後まで鉛筆を走らせていた。だからだよね。掲示板に君の数字を見付けたあの笑顔があんなに輝いていたのは。私もすごく嬉しかった。

 そして桜の咲く頃。私たちは卒業を迎える。中学生という中途半端な時間が終りを告げた。

 ……でも。

 罠を仕掛けた。君の靴箱。小さな手紙をそっと置いてきた。桜の木の下。君を待つこの心は、あの夏の日に決まっていたんだ。


*******

『竹刀』『ケーキ』『猫又』

 春野天使


「めーん!」

 私は野良猫に向かって、竹刀を振り下ろした。猫の額まで後一センチの所で竹刀をとめる。不意をつかれた猫は、悲鳴のような鳴き声をあげると走り去っていった。

「野良猫め!」

「美香ちゃん、さすがだね。県大会優勝の腕前はスゴイ」

 友達の亜紀は感心して私を見る。私は竹刀を下ろすと、フーとため息をついた。

「モンジロウがもっと強かったら、野良猫なんかすぐに追っ払ってくれるんだけどねぇ」

 私は飼い猫のモンジロウを見下ろす。彼は、居心地悪そうに、すごすごと私の前を横切って行く。モンジロウはもうじいちゃん猫。猫との喧嘩よりお昼寝を好んでいる。その上、甘い物好きだから、最近お腹か出てきてデブ猫と化してる。

「わっ、美香ちゃん! この猫しっぽが二つに分かれてるよ!」

 突然、亜紀がビックリしたような声をあげた。元々ノラだったモンジロウは、拾って来た時からしっぽが二つに分かれていた。他の犬か猫に噛まれたか、事故にでも遭ったのかもしれない。

「前からだよ。そんなに驚かなくても」

「この猫、かなり年とってるでしょ!?」

亜紀は目を見開いたまま、モンジロウを見つめている。

「うん、何歳かは分からないけど、家に来て十年以上は経ってる」

「美香ちゃん! この猫は『猫又』だよ!」

 亜紀は悲鳴に近い声で叫んだ。

「猫又? 何、それ?」

「猫の妖怪よ! 尾が二つに分かれてて、年をとってるの。人間の言葉を話して……そして、人を食い殺してその人になりすまして生きるのよ!」

「……そんな、馬鹿な」

 亜紀はホラー好きだから。私は呆れるが、亜紀は恐ろしい物を見るようにモンジロウを見ると、そのまま慌てて帰って行った。

「この臆病なモンジロウが妖怪なわけないでしょ?」

 私はモンジロウのしっぽを軽く引っ張る。モンジロウは立ち止まり、チロッと私を見上げた。確かに、尾は二つに分かれてて、年はくってるけど、その後の話しはね……。

「それよりお腹空いた。ケーキでも食べよっと」

 亜紀と一緒に食べる予定だったケーキを私は思い出す。モンジロウのしっぽを放し、私は台所へ向かう。後からモンジロウも早足でついてくる。こういう時は動作が機敏だ。もしかして、モンジロウ私の言葉が解ったのかな? 

『ケーキですって!? 美香さん、一人食いはいけませんぜ』

 ふっと声が聞こえた気がして、私は振り返る。モンジロウは甘えた声を出してピッタリと私の後を追っていた。

 私を見上げたモンジロウの顔が、ニヤッと笑っているように見えた。


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