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06 束の間の平日

「……というわけで、私が戻ってくるまでの間、この子のことをお願いできるかしら」


 高級宿の一室。ふかふかのベッドを前にして、有香はアステリアに向かって頭を下げていた。


 いよいよ本格的な旅が始まるわけだが、有香には有香の生活がある。


 ずっとこちらに居続けるわけにはいかず、一度元の世界に戻って仕事をし、また休日にこちらへ戻ってくるというサイクルを回さなければならない。



 これまではヒロナを一人宿に残すことに躊躇していたが、今はアステリアがいる。


 未だ得体の知れない占い師ではあるが、少なくとも「未知を知る」ためにスポンサー契約を結んだ相手だ。何も知らないまま、みすみすヒロナを見捨てるようなことはしないだろう。



「えぇ、えぇ。お安い御用です。未知なる異界の魂の器……その本来の持ち主である少女。興味深い観察対象ですし、貴女が戻ってくるまで退屈せずに済みそうです」


「観察対象ってのがちょっと引っかかるけど……まぁ、悪いようにはしないでしょ」


「無論。大事な出資先ですから」


 アステリアは優雅にカップを傾けながら頷く。

 その様子を見て、有香は足元にいるテトラに目配せをした。



「じゃ、頼んだわよテトラ」


「りょーかい。んじゃ、一旦帰ろっか!」


 テトラの能力が発動する。視界が歪み、意識が遠のいていく。

 アステリアに見守られながら、有香たちの意識は次元を超えて地球へと戻っていった。




「はぁ……やっぱりこっちは落ち着くわね……」


 マンションの一室。見慣れた天井と、コーヒーの香り。


 戻ってきた有香は、重たい身体を起こして大きく伸びをした。



「にゃあ」


「ふふ、お疲れ様。さて……と」


 有香はカレンダーを見る。

 今日は休日、明日は出勤日だ。


 異世界での冒険も大事だが、現実世界での生活費も稼がなくてはならない。

 有香は気持ちを切り替え、PCに向かおうと視線を動かすと……。


「……うわぁ」


 引っかき傷の残る壁紙、湿ったクッション、散乱したティッシュに引っ繰り替えた箱……凄惨たる光景が広がっていた。

 視線をテトラに移す。テトラの方はというと、気まずそうに顔を背けていた。


「……とりあえずケージ、注文しておこう……」

「にゃう……」




 それから数日、有香は社畜として淡々と業務をこなし、テトラは飼い猫として有香の部屋でゴロゴロと過ごしていた。


 とはいえ、テトラの能力は完全に制御できるものではない。

 定期的に任意に使っておかなければ不定期に発動しかねない不安定なものである。


 ゆえに、テトラは有香が働いている間、単身向こうの世界に戻っていた。



(アステリアに任せたとはいえ、やっぱり心配だしね。よしっ)


 新たに届いたケージの中に入り、器用に中から閉めて見せる。

 そして、クッションの上に座ってすっと目を閉じた。猫の姿が薄れ、意識が世界を渡る。




「――おや、おかえりなさい。早かったですね」


「ただいま~……って、あれ?」


 目を開けると、そこは宿の一室。 目の前にはアステリアが座って本を読んでいたのだが、肝心のヒロナの姿がない。



「ヒロナちゃんは?」


「あぁ、彼女なら洗面所に。顔を洗ってくると」


「そっか。……で、どう? いい子にしてた?」


 テトラが人の姿に戻り、ベッドに腰掛けながら尋ねる。

 すると、ちょうど洗面所の扉が開き、タオルで顔を拭きながらヒロナが戻ってきた。



「あっ……えと、確か……テトラさん?」


「やっほー、ヒロナちゃん。元気?こうして話すのは始めてだね~」


「は、はい……! その、私のせいで色々とご迷惑を……」


 ヒロナはテトラの姿を見るなり、パッと表情を明るくし、それから深々と頭を下げた。


 書き置きのメッセージからも感じられたが、彼女は育ちが良いのか非常に礼儀正しい。

 14歳にしてはしっかりしすぎている気もするが、それもまた彼女の魅力なのだろう。


 ましてや、自分が悪いわけが無いのにも関わらず、謝罪をするのだからテトラは気まずそうに苦笑した。



「いいのいいの。それより、ずっと部屋に閉じこもってるのも退屈でしょ? 有香が戻ってくるまでまだ時間あるし、ちょっと外に出ない?」


「えっ、でも……」


「資金ならありますよ。えぇ、この町にあるものは大抵買い占められる程度には」


 アステリアがずしりと重そうな革袋をテーブルに置く。

 その中身を知っているテトラは苦笑いし、ヒロナの手を引いた。



「そういうこと。これから旅をするんだし、必要なものを揃えに行こ!」


 こうして、テトラ、ヒロナ、アステリアの三人は、トレロの町へと繰り出した。


 市場は活気に溢れ、様々な商品が並んでいる。



「わぁ……凄いです、テトラさん。こんなに沢山の果物が売られてるんですね……」


「ヒロナちゃんはこういうの見たことがないんだ? あ、これ美味しいよ。おじさーん、これ3つ!」


「はいよ!」


 テトラが屋台で買った果物を手渡すと、ヒロナは目を輝かせてそれを受け取る。


 本来の彼女の記憶にある生活圏とは違うのか、見るもの全てが新鮮なようだ。



「……ふむ。こちらの織物は興味深いですね。材質は……植物性の繊維、使われている染料は……? ほう、果物の皮。美味しそうですね」


「アステリアさんは相変わらずマイペースだねぇ」


「知識の収集は私の生き甲斐ですので。……ところでヒロナ、その靴、少しサイズが合っていないのでは?」


「え? あ、はい……有香さんが選んでくれたものなので、大事にしたいんですけど、少し大きくて」


「ならば中敷きを。あとは旅装束に水筒と……とはいえ私は旅など初めてのこと、テトラさん、案内を」


 アステリアは意外にも面倒見が良かった。


 興味本位で同行しているとはいえ、彼女なりにヒロナのことを気遣っているようだ。


 テトラの案内の元、アステリアの金でヒロナの旅支度を行う。

 旅の経験が無いという割にうんちくだけは無限に出てくる彼女の話は、独特のテンポ感があるものの、ヒロナにとっては新鮮な知識ばかりのようで、端から見ていると教えたがりのお姉さんと好奇心旺盛な少女のようにも見えた。



(……相性が悪いってわけじゃないみたい)



 全くの見知らぬ他人と二人きりになる。

 コミュニケーションとしても、心理的にもそれは負担になるだろうという心配があったテトラだったが、思っていたよりも良好な関係を築けていそうな二人を見て、安心したように微笑んだ。


「わぁ、素敵な衣装ですね。どうですか?」


挿絵(By みてみん)


「うん、可愛いよ~」


「えぇ、まとまり良く、可愛らしく思いますよ」


 旅装束を整え、嬉しそうにひらりと一回転して見せるヒロナ。

 年相応の仕草に二人は微笑ましそうに笑顔を向ける。


 数時間の散策を終え、両手いっぱいの荷物を抱えて宿に戻る頃には、日も傾き始めていた。



「さて、そろそろ私は向こうに行ってこようかな」


「あ、もうそんな時間ですか?」


「うん。半日経ったし、仕事も終わってる頃だと思うから」


「わかりました。……あの、テトラさん」


 ヒロナが真剣な眼差しでテトラを見上げる。



「有香さんに……よろしくお伝え下さい。色々びっくりすることもありますけど、こうして外を歩けるのは楽しいです。って」


「うん、伝えとく! じゃあアステリア、またあとでね」


「えぇ、ここでお待ちしております」


 アステリアとヒロナに見送られ、宿のベッドの上でテトラは再び目を閉じた。




「――ん、ふにゃ…ぁ」


「おっ、起きた……んー、おかえりかな? ……なんだか楽しそうね?」


 仕事を終え、自宅でくつろいでいた有香の元にテトラが戻ってきた。

 猫の表情というものは読みづらいが、何処となく楽しそうな雰囲気を感じた。

 それはテトラにとって、向こうでの滞在が良いものであったことを物語っている。



 それから、室内にはカタカタとキーボードを叩く音と、自由に部屋の中を歩き回るテトラの鳴き声、そして時々漏れる有香の欠伸とため息だけが静かに響く。


 そのような日常が平日の5日間、何事もなく続いていた。


 有香があちらの世界に行くまでの間、テトラが向こうにいる間に少しでもヒロナの家に近づくように旅をする。

 三人で馬車に揺られ、野道を歩き、そしてたどり着いた町で宿を取る。


 そうして六日目。待ちに待った休日が訪れる。


「よし、っと……忘れ物はー……ないね。トイレも綺麗にして、ご飯も用意したし……水も入れ替えた。うん、問題なし」

「にゃう」


 黒猫のケージ、猫用の飲食物やトイレの状態を確認し、問題はないとわかると安心したように頷く。

 これからあちらの世界に長時間いるのだから、猫の世話はできなくなる。


 そうして準備を終えた有香はベッドの上に寝転がる。

 ケージの位置はテトラの能力が及ぶ範囲内に寄せ、目を閉じる。


 これで三度目の世界移動。相変わらず少しの不安が胸をかき回すが、そうこう考えている内に意識は沈んでいく。

 世界が反転する。 慣れ始めた浮遊感と、記憶の同調。 有香の意識がヒロナの身体へと滑り込んでいく。



そして、目を開けた瞬間。



「――ッ!?」


 すとん、という軽い衝撃と共に、有香は膝をついた。

 平衡感覚がおかしい。窮屈な場所から解放されたかのような、あるいは急に何かに引っ張られたような感覚。

 何より違和感があったのは、心拍数が異常なほど上がっていたということであった。



「はぁっ、はぁっ……!? な、なに……?」


 宿のベッドで目覚めるはずだった。いや、確かにここは宿の一室だ。


 前回泊まっていた部屋とは違うが、整えられたベッドや調度品が見える。


 だが、有香の……ヒロナの身体は、なぜか汗ばんでおり、衣服も少し汚れている。

 まるで、今まで外で走り回っていたかのように。



「ん……どうかしたの、有香? そんなキョロキョロして……」


 隣で起き上がるテトラは不思議そうに有香を見る。

 そして、寝ぼけ眼をこすりながら、ぐぐっと身体を伸ばしていた。



「なんとか……でも、なんか変ね。なんというか……凄くドキドキしてるし、冷や汗がすごい……」


 有香は立ち上がり、周囲を見渡す。

 そして、決定的な違和感に気づいた。



「……ねぇ、テトラ」


「ん?」


「アステリアは?」


 部屋には誰もいなかった。

 一人で外出しているのかとも思ったが、よくよく見ればヒロナの身体は外套を羽織っていた。

 つまり、もし出かけていたとしても、それはヒロナとアステリアが二人ででかけていたということになる。



「んー……? あー……もしかして二人でお出かけ中だったのかも。それで私達がこっちに来る時にヒロナちゃんの身体だけここに戻ってきちゃったとか」


「そう、みたいね……?」


 ふと、有香は手首に痛みを覚え自分の手を見る。爪の間に、土が挟まっていた。

 そして、痛む腕を確かめるように袖口をまくれば、何かに強く掴まれたような跡。



「……どうやら、ただのお出かけってわけでもなさそうよ」

 不自然な疲労感と不快感、そして汚れた衣服に何者かと争ったか襲われた形跡……その全てが不吉さを物語っていた。

 そして、有香は額に手を当てて意識を集中し、ヒロナの記憶を探っていく……。


「――まずい」

「? 何が――」

 脳裏に流れた彼女の記憶。それはこれまでの楽しげな、不安と未知への期待が入り交じる五日間の記憶。

 そして、その後に続いた光景に有香の顔はどんどんと青ざめていき……。


「二人が、攫われた」


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次回更新は1週間後、1月22日予定です。

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