04 都合の良い占い師
牛馬車に揺られて一時間。
テトラと有香は旅の商人の助けを得て、町に辿り着く。
「ここが……」
「トレロの町だよ」
旅の商人へ礼を言い、別れた2人。
興味深そうな有香に説明するようにテトラは語り始めた。
「見ての通りごく普通の平凡な町、王都ほどの華々しさは無いけれど、魔物が攻めてくるわけでもなければ犯罪率が極めて高いわけでもない、平和な所……だと思う、多分」
「何よそのふわふわとした説明」
「だって私だって初めて来たもん」
「……本当、頼りないわね……」
テトラ自身も旅を始めて日が浅く、この町に来たのも初めてだという。
とはいえ、彼女の説明通り、町の様相は実に平和なもので、和気あいあいとした住民達の様子から、少なくとも歩いているだけで危険な場所ではないことは確かだ。
「とりあえずここでやるべきことは……」
「ヒロナちゃんのための旅支度、ね」
そう言って2人はヒロナの身体をまじまじと眺めた。
薄ピンク色の寝間着一枚に、裸足。
白くきれいな肌や、上質な生地は土汚れに濡れている。
流石にこのような姿で旅なんてできようもない。
「けど、問題が一つあります」
「何よ、テトラ」
「お金がありません」
「あー……」
そう、先立つものは必要である。
たとえここが異世界であったとしてもタダで何もかもが揃うわけではない。
衣服、鞄、その他諸々の旅に必要な道具を買い揃えるというのであれば、当然金銭が必要になる。
「今の手持ちは?」
「えっと……銀貨3枚と銅貨4枚くらい」
「日本円換算で?」
「大体2、3,000円くらい……」
腰に付けた小袋から硬貨を取り出して見せるテトラ。
この世界の物価がいかほどのものかはわからないが、テトラ自身がお金を持っていないと言っているのだから、この額ははした金ということなのだろう。
「人がいる町で野宿なんて危ないだろうし、宿は絶対に取るとして……宿代はいくら?」
「2人で宿泊だけなら……半日で銅貨4枚くらい」
「じゃあ残りの銀貨で……最低限着るものと靴だね」
ひとまず宿代を残し、揃えられるものを揃えに行く方針で行くことにした。
町を歩いていると、住民たちの穏やかながら活気のある声、美味しそうな果物や屋台料理の香りが漂ってくる。
異世界の町という初めての体験でありながら、どことなく懐かしさと親しみを覚える。
「靴……子供用で旅に耐えるだけの頑丈なのは……」
「これとかはどう?」
靴屋を見つけ老職人がキセルのようなものを蒸しているのよそに、2人は目的のものを捜していく。
しゃがんでむむむと商品とにらめっこをしていた有香の元に、テトラが一つの靴を持ってきた。
「……うん、シンプルでいいね。革製で……おいくら?」
「店主さーん、これいくらくらい?」
「んぁ? あー……えっとねぇ、確かそれはオドルフの革をつかったものだねぇちょっと古いものだから少しまけて……銀貨5枚でどうだい?」
「……高い、ね」
「そうね……」
聞き慣れない生物の名前、ヒロナの記憶を探ってみた所、どうやらこの世界における狼のような生物の一種らしい。
その革を使った革靴、高そうだと思った矢先、やはり手持ちでは購入できない額を提示され、気まずそうに2人は顔を見渡した。
「仕方ない、別の――」
「んん? ちょいとお嬢ちゃん、素足なのかい」
「え、あぁ、その……はい。えっと、この町に来るまでに失くしちゃって……」
諦めて品物を戻そうと背を見せた後、老職人の店主は有香が素足だという事に気づく。
「靴屋が素足の子供を見過ごすなんてあっちゃならないねぇ。いいよ、更にまけて銀貨3でどうだ」
「い、いいの?」
「あぁ、どうせ売れ残ってるやつだからねぇ。このまま埃を積もらせておくくらいなら土に汚れた方が靴としての役割を果たせるってものさ」
そう語る店主の好意を無碍にするわけにはいかないと、テトラは残りの予算……銀貨3枚を取り出すと手渡し、支払いを終える。
にこやかな表情を浮かべる店主に手を振り、有香は靴を履く。
買ったばかりの革靴ということもあって、少し硬い。だが、冷えた土や石の感触から、ちゃんとした靴の感触に変われば、心做しか足が軽くなったような気がした。
「これでヒロナの足が怪我することも無いし、いい買い物だったね」
「そうね、ただ……」
有香とテトラは袋を広げる。そこに入っているのは銅貨四枚、今日の宿代のみである。
「……稼ぐしか、ないか……」
「そう、ね……」
足りなければ手に入れるしかない。
となれば最も確実なものは仕事である。
「この世界で稼ぐとなると……冒険者ギルドとかあったりする?」
「冒険者ギルド? んー、似たようなものはあるけど……ヒロナちゃんはもちろん私もそんなに戦闘能力はないから、精々獣を狩るくらいしかできないよ?」
異世界、それも魔法のあるファンタジーな世界であれば冒険者ギルドなどはあるのかと、少し童心を沸き立たせるように尋ねてみた。
一応類似する概念はあるらしいが、結局の所は実力が足りない。
「それじゃあ……薬草拾い?」
「まぁそんな感じの代行依頼が無難かな。簡単短時間に終わる仕事を選んでも、数時間かけて銅貨1、2枚くらいの稼ぎだけど」
「……宿代と食事代を差っ引いても、服を買うまでに何日かかるの、それ」
「少なくともこれまで私が旅をしてる中で見かけた依頼は、山菜拾いとか、ちょっと遠出する時の荷物運びとかで銅貨1、2枚くらい。銀貨が複数枚もらえるような依頼はギルドに登録したハンターのお仕事だから、私達みたいな流れの旅人にできることはないよ」
結局の所日雇い労働では稼げる額には限度がある。
体力仕事や危険な仕事ができない以上、異世界でもそれは変わらないという非情な現実に、有香はげっそりとした様子で肩を落とす。
「まぁぶつくさ不満を言っていても始まらない。まずは酒場に行ってみよう、大抵そういった依頼事は酒場に集まるものだから」
「そうね……小さな子が酒場に行くのはどうかと思うけれど……この際仕方ないわ」
そうして、テトラと有香は住民に酒場の場所を尋ね、向かうことにした。
日も少し落ち始めた頃合い、朱色から淡い紺色へと空が移り変わり、街頭の明かりが未知を照らす。
大通りから路地に入り、狭い道を行く。
「もし、そこのお二人さん」
ふと、呼び止められる。
落ち着いた女性の声だ。
2人は足を止め、振り返る。
「……貴女は?」
「私は……アステリア。占いを嗜んでいまして、今日、ここにお二人が通りかかると見えたものですから、お話を聞かせていただこうと」
「占い師……? ね、ねぇテトラ、大丈夫?」
そこに立っていたのはすらりとした長身に、全身を包むローブを着た黒髪の女性であった。
女性の中では身長が高い方である有香よりも、更に高い背丈は180cm程度はありそうなほどで、その手には水晶玉が置かれていた。
見るからに怪しい姿と言葉に、有香はテトラの後ろに隠れるように後ずさる。
「何が目的? 言っておくけどお金なんてないから占いは遠慮するよ。いやほんと、マジでお金無いから、何だったら今日はご飯抜きで過ごさなきゃいけないくらいには金欠だからね!」
「て、テトラ……あんまり声高に叫ばないで、恥ずかしいから……」
ふん、と威嚇するように胸を張りながら堂々とした口調で占いの営業はお断りだと突っぱねるテトラ。
それに対してアステリアと名乗った女性は、表情一つ変えること無く話を続ける。
「単刀直入に、えぇ。単刀直入にお話をしますね。お二人は世界を移動できる……いえ、そちらの方……貴女が世界を移動できる……違いますか?」
「っ……!」
そっと長い指をテトラに向け、アステリアはテトラの能力を言い当ててみせた。
2人の顔がさぁっと青くなり、どこか気味の悪い感覚に背筋が寒くなる。
テトラは咄嗟に有香の前へと腕を伸ばし、警戒するように睨みつける。
「あなた、どこでそれを……!」
「えぇ、えぇ……警戒は最も。けれど隠し立てしても話が迂遠になってしまいますので、率直に申し上げた次第で」
警戒心を顕にするテトラ。それは有香を守らなければならないという意思の表れであろう。
それを理解している有香も、一歩後ずさるようにして、相手をじっと見据える。
「私、興味があるのです。そちらの、少女の中に入っている方……貴女の居る世界に」
「……それを知ってどうするの」
「えぇ、えぇ。警戒なさらず……ただ知りたいだけです。私は占いの才に恵まれまして、この世界のことは占えばあらまし理解はできるのです。けれどそれはとても退屈で、有り難みもなく、無味単調な日々を過ごしておりまして」
耳通りの良い声に、どこか奇妙なテンポ間の話し方。
警戒する2人を他所に、アステリアの自分語りは続いていく。
「けれどこの世界のことではなく、違った世界のことは私にも知る術はなく、ともすれば常識も文化も何もかもが違う世界のことならば、私も普通の人のように知識欲を満たせるのではないかと思った次第で」
「……つまり、私の世界のことを聞きたい、と?」
「左様です」
「正直怪しさしか無いしぶっちゃけ関わり合いになりたくないんだけど……有香は?」
「私も同感よ……なんというか、何を考えてるのかわからない感じがちょっと苦手……」
有香の世界、つまり地球のことに関する知識がほしいという提案。
だが、素直にはい良いですよとは言い難い怪しい雰囲気が、アステリアからは漂っていた。
「無論、タダでとは言いません。代わりに貴女たちが欲しているものを提供いたします」
「えっ」
「そうですね……えぇ、わかりやすいものと言えば金銭、でしょう。このように、不自由なく旅ができるだけの資金を提供できます」
「おぉ……」
「おぉじゃないよテトラ……?」
懐から取り出したのは小さな袋。しかしその中はパンパンに詰まっており、それを見たテトラは一歩前のめりになる。
「次に……そうですね。貴女たちは世界を移動する時、少女を一人にすることになりますね」
「……それは」
「であれば、誰かが見守っていた方が安心して行ける……違いますか?」
「ぐ、ぅ……!」
アステリアの言うことはもっともである。
世界を移動している間、テトラの身体は眠ったままであり、ヒロナが一人で残されることになる。
宿に半日、場合によってはそれ以上閉じ込め続けるだけなら安全といえるだろう。
だが、これから旅をする上で、安全かどうかもわからない場所で少女を一人にする……その事に何も思わない有香ではなかった。
自分が元の世界にいる間、ヒロナの事を守ってくれる存在が居れば、自分も安心できる。
「まだ躊躇しますか。ならば、最後の一押しを。私が占えば、旅における危険を未然に知ることができます。回避できるかどうかは場合によりますが」
「……ど、どうする?」
「ど、どうって……」
旅の資金に安全の確保、そしてトラブルの未然回避……ヒロナを安全に家に届けるうえで、そのどれもが魅力的な要素である。
流石に二つ返事で断れるほど意思が固いわけではないようで、2人は揺れるように顔を見合わせていた。
「この世界のことを知ろうと思えば全て知れる……そのようなつまらない”答え合わせ”には飽き飽きしているのです。未知、それこそが人が生きるに値する価値……! あぁ、素晴らしきこと、知るとは即ち生きることなのです……! これは私が生きるための提案、そう、貴女たちが呼吸し、喰らい、眠るように私は私が知り得ないことを知るためにこうして現れたのです」
手を広げ、その無感情を思わせていた瞳を爛々と輝かせるように見開くアステリア。
狂気じみた未知に対する知識欲に、思わず2人は圧倒される。
だが、それと同時に、彼女が人さらいのような、俗物的な悪人らしい目的のために提案しているのではないと思えた。
「……と、とりあえず宿に行って、そこで詳しい話をしましょう……」
「えぇ、是非とも」
半ば折れたように、有香はそう提案した。
空はすっかり暗く、このままここで立ち話をするよりも、宿でゆっくりと話すべきだ。
とはいえ、宿に招く以上、もう殆ど同意したも同然ではあった。
謎の占い師、アステリアを連れ、2人は今夜を明かす宿を探し、路地を出ていくのであった。
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次回更新は1週間後、1月8日予定です。




