決死の執念
――暗闇。湿った肉の壁。圧倒的水圧。
死ぬことを間近に感じる。
ユウマはメガロドンの口内へ呑み込まれた瞬間、肺を焼く海水を吐き出しながら、ナイフを逆手に握り直した。
(ここで死んでたまるか……!)
肉の壁が生き物のようにうねり、
筋繊維が収縮し、
ユウマを押し潰そうと迫る。
巨大な牙の列は、
まるで鋼鉄の格子が閉まるように
ユウマを挟み込みに来ていた。
「ッ……来いよ化け物ォ────!!」
ユウマの叫びと同時に、世界が引き伸ばされる。
** ――近接加速、解放。**
水流の抵抗すら無視する“狂った速度”が、
ユウマの全身を駆け巡る。
加速したユウマの動きは、
体内の粘膜を切り裂き、
血飛沫と海水が混ざり合った霧が
赤黒い煙のように広がる。
近接加速!
ナイフが肉壁を抉り、
粘膜が剥がれ、筋が露出する。
近接加速!!
うねる筋繊維の束に斜めから切り込み、
束ねられた肉筋を
ワイヤーのように断ち切った。
近接加速!!!
牙が迫るたび、
ユウマは自身の残像を撒き散らし、
その隙間をすり抜けて更に奥へ。
呼吸が苦しい!酸素がたりない!
体内でユウマだけが異常な速度を帯び、
残像が十本、二十本と
血の空間に縦横無尽に走る。
(フィーン……
シルフィ……
シュナ……
全員……絶対、生かして返すッ!!)
彼の意識はすでに壊れ始めていた。
痛みも恐怖も“邪魔なノイズ”として消えている。
ただ救う――
その一念だけが、
ユウマの肉体を怪物以上の怪物に変えていた。
海中に、
重低音の“爆発”に似た振動が走る。
** ドォン……!**
巨大な影が水中で身をよじり、
メガロドンが苦悶の咆哮をあげながら暴れ出す。
海面が隆起し、
白い柱のような水が天へ向かって吹き上がる。
そして……
巨体が裂けた。
内側から走る光の閃線――
その中心を、血にまみれたユウマが突き破って飛び出した。
(はぁっ!はぁ……ッ……死ぬかよ、この化け物がッ!!)
ユウマは片腕をだらりと垂らし、
肩で息をしながらも、
目の奥にはまだ炎が宿っている。
(フィーン!!)
ユウマはすぐさま潜り直した。
沈みゆく巨体の腹部に手を突っ込み、
フィーンの手を探し当てて引き上げる。
フィーンは血塗れのまま、
微笑んだ。
(酸素!酸素が足りないっっ!)
彼女を水面に押し上げると、
次はシュナの姿を探して深く潜る。
海の暗闇の中――
シュナが沈んでいくのが見えた。
(シュナァァ!!)
抱えて浮上すると、
彼女は海水を吐きながら泣き叫んだ。
「ユウマっ……ゲホッ……!」
「はぁっ!はぁっ!まだシルフィがいる!」
近接加速!!!!
最後はシルフィ。
体力は限界、視界はぼやけ、
血が混じった海水で肺は焼ける。
それでも……
近接加速!!!!!
(絶対に……絶対に……!)
ユウマはもう一度、
狂気の近接加速を発動した。
世界が歪む。
海水が伸び、光が割れ、
時間が千切れる。
(いた……!)
沈みゆく巨大影の横で、
シルフィの髪が揺れていた。
(シルフィ!!)
ユウマは彼女を抱え込むように救い上げた。
シルフィは意識朦朧だ。
(生きろ!!!」
三人の身体を抱えて浮上し、
波間に出た瞬間――
海の向こうに、
巨大な軍用船がシルエットを浮かび上がらせた。
「はぁっ!はぁっ!」
黒い戦闘艦。
その艦橋には不気味な文字。
「……《地上の星》……」
フィーンが震える声で呟く。
甲板の照明が海面を切り裂き、
ワイヤーフックが投下される。
『――収容を開始する』
重低音のアナウンス。
「罠……かもしれない……」
シュナがユウマに縋る。
「その嘘、本当?でも……いまは……行くしか……ない……」
シルフィがかすれた声で言う。
ユウマは三人をしっかり抱えたまま、
救助フックを掴んだ。
甲板の上から複数の影がのぞき込む。
「回収完了。生存四人」
その言葉を聞いた瞬間、
ユウマの視界は黒に塗り潰された。




