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アストラ号出航

 翌朝。

 太陽が白金に輝き、クルーザー《アストラ号》の船首が静かに波を割った。


 バーンナウトシティの喧騒はもう遠い。

 潮風がひやりと頬を撫で、微かに甘い塩の香りを運んでくる。


 ――だが、甲板を流れる空気は重い。


 昨夜の“順番戦争”。

 フィーン、シュナ、シルフィの三人がユウマをめぐって繰り広げた、あの熱量は…

 誰ひとり鎮火できていない。


 ユウマは朝の光を浴びながら、心の底で真顔になった。

 幸か不幸か隷属進化のスキルが発動していなくても、三人の美女のユウマへの愛情は変わらないようだった。

 むしろ隷属進化の忠誠がないからこそ、女たちはユウマに欲情し、またお互いに嫉妬の炎を燃やしている。


(……俺、この七日間、生きて帰れるのか?)


 今日はフィーンのターンだそうだ。


 朝日が高く昇りきる前に――

 甲板の中央で、誰より早く構えていたのはフィーンだった。


 白いシャツが風に膨らみ、髪が揺れる。

 その佇まいは“姉御”という言葉がよく似合った。


 フィーンはタオルを敷いて、ユウマを指でくいっと招く。


「ユウマ。今日は“あたしの日”。座って?」


 その声はやわらかいが、反論の余地は皆無。

 ユウマは苦笑しつつ従う。


 シュナは歯を噛みしめ、

 シルフィは肩をすぼめ、

 しかし誰も文句を言えなかった。


 ――“順番の初日”を制した者は絶対の王者。


 その掟が、昨夜の混戦の末に成立してしまったからだ。


 フィーンのスペシャルオイルマッサージが始まった。


「さぁ、脱いで。うつ伏せになって。」


「あ、ああ……」


 オイルを温め、フィーンはユウマの背中へ手を添えた。

 指の腹でゆっくりと押し、円を描き、肩甲骨の下まで流していく。


 船の揺れと波音が、呼吸のリズムを支配した。


「ここ、凝ってる。……ねぇ、ユウマ。よく頑張ったね。」


「はぁ……そこ……」


 フィーンの声は優しい。

 だがその動作には、絶対的な余裕と自信があった。


 甲板の端から、シュナとシルフィが無言で見ている。

 羨望というより、殺気に近い。


 フィーンはそれに気づくと、わざとらしく振り向き、微笑んだ。


「うらやましい? ――うふふ。今日は指を咥えて見ていなさい」


「くっ……!なんてテクニック」

「ずるい……!これが伝説の鬼!?その嘘、本当?」


 二人は同時に呻いた。


 フィーンの独壇場。

 Day1は、圧倒的勝利に終わった。


 夜のデッキ ― 嫉妬の火花が散る。


 夕暮れ、紫色の水平線。

 シーグラスのような光がデッキを染める。


 フィーンは堂々と腕を組み、


「明日はシュナの番よ。順番はきちんと守りなさいね?」


 と宣言した。


 シュナは唇を噛んだまま睨み返し、


「……今日のフィーン、鼻につくわね」


「はぁ?何か言った?」

 フィーンの片眉が上がる。


 そこへシルフィが小声で、


「……私、明日どうしたらいいのか分からない……」


 その声に、シュナとフィーンが同時に反応した。


「弱気なふり?」

「同情を引く作戦?」


「ひっ……違うの……!」


 デッキの上で、小さな火花がぱちぱちと散った。


 嫉妬、羨望、不安。

 どれも昨夜の焚き火より熱い。


 そのときだった。


 船底のほうから、かすかに「ゴウン……ゴウン……」という不自然な振動が伝わってきた。


 ユウマは立ち止まり、耳を澄ませ――眉を寄せる。


「……今の、聞こえた?」


 フィーンも戦闘感覚で鋭く反応する。


「なに? 機械の音とは違ったけど……」


 シュナが船縁から海を覗き込む。


「波が……変よ。

 さっきまで普通だったのに、妙に重い……」


 シルフィの肩が震える。


「……ユウマ、これ……なんだか……いやな感じ」


 潮風に混じって、鉄の匂いがした。

 風が止まり、波が静まり――


 海の底の“何か”が、アストラ号の航路を追ってきている。


 敵襲の気配だ。


 ユウマは無言でデッキの奥へ向かい、武器の確認を始めた。


 三人の気配も、一瞬で真剣になる。


 嫉妬よりも深い、

 羨望よりも重い、

 ――“殺意”が、海の底から這い上がってくる。

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