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焚き火

 マンハッタンシティへ向かう為のクルーザーは、ゲイルが手配してくれた。

 地上の星を壊滅させたお礼だという。

 桟橋に眠っていた高級艇。白銀の船体には、長く海風を受け止めてきた跡があった。

 出航前夜、四人は浜辺で過ごした。

 夕暮れ。波が紫に染まり、焚き火がぱちぱちと小さな爆ぜ音を立てていた。


 火を囲んで並んだのは、ユウマ、フィーン、シュナ、シルフィ。

 その空気は穏やかで――それでいて、どこか張り詰めていた。


 最初に笑ったのはフィーンだった。

 「ねぇ、ユウマ。あたし、最初にあなたの“隷属”になった女だよね」

「そうだね。最初に出会ったのがフィーンだったよ」

 焚き火の赤が彼女の瞳を揺らす。

 「だからかな、他の子がそばにいても不思議と平気。

  だって、あたしが最初にユウマを見つけたんだから」

 彼女は肩をすくめ、指先で火を撫でるようにしながら、静かに続けた。

 「ユウマがわざわざあたしを探して来てくれたとき、嬉しかった。

  触れ合うことより、“来てくれた”ことが、あたしにとっての救いだったの」

 その声には、温度と誇り、そしてどこか寂しさが混じっていた。


 「……いいわね、それ」

 シュナの声が焚き火の音を裂いた。

 炎の向こうで、彼女の表情が影に沈む。

 「毎朝、ユウマと朝ごはんを食べてた。笑って、隣でコーヒー飲んで……

  それだけで幸せだった。――なのに」

 シュナの拳が、無意識に膝の上で握られる。

 「フィーンは記憶の奥で誇らしげに笑ってる。

  シルフィは旅の全部をユウマと共有してる。

  私には何も残らないじゃない……!」

 涙のように火花が弾ける。

「シュナ……」

 ユウマはシュナにかける言葉が見つからなかった。

「羨ましくてたまらないの。

 あなたたちがユウマの隣で呼吸するだけで、私の中の何かが焼けていくのよ」


 誰も、すぐには返せなかった。

 火の粉が夜風に流れ、潮の匂いと混ざる。


 やがて、シルフィがそっと口を開いた。

「……怖いの」

 声は小さく、震えていた。

「シュナが嫉妬するのを見ると、胸が痛い。

 でも、分かるの。私もユウマを誰かに取られたら壊れるかもしれない。

 愛してるのに、それを守るために、誰かを憎んでしまいそうで……」

 彼女は焚き火を見つめ、唇を噛んだ。

 「ねぇユウマ。私たち、どこまで愛していいの……?

 どこまで踏み込んだら、壊れないの?」


 焚き火が爆ぜ、影が三人の頬をなぞる。

 そして話題は、いつの間にかコンマリへと移っていた。


「俺はコンマリを失ったときに、もう誰も失いたくないと心底思ったんだ。だから、もう、愛し合っても消滅させてしまうことはないよ。だけど、三人をちゃんと大切にしないとな」


 「コンマリ……」


 その名を口にした瞬間、空気が変わった。

 焚き火の音すら遠のき、波がゆっくりと寄せては返す。


 フィーンが呟く。

 「彼女のこと、あたしは直接は知らない。でも……

ユウマの生身にコンマリの存在が刻み込まれているのを感じる。呼吸の奥で、彼女がまだ息をしてるみたいに。決して触れることのできないくらいユウマの深くにコンマリは自分を刻み込んた。羨ましい限りだ」


 シュナが目を閉じ、かすれた声で続ける。

 「彼女は、あなたの中に生きてる。

  その場所に触れるたび、私たちは思い知らされるの。

  どんなに愛しても――コンマリだけは超えられないって」


 シルフィが焚き火の炎を見つめながら、震える声で言った。

 「……いいな。ずるいよ。

  ユウマの肉体に、魂に、永遠に刻まれてる。

  私も、フィーンも、シュナも、もう刻まれない。

  隷属進化が進んでから、コンマリのようにスキルに呪われるように消滅することはない。

  だから――私たちは、コンマリを憎めない。

  彼女は、あなた生身に刻まれているんだから。

 ユウマが近接加速を使うたびに、羨ましくて仕方がないよ」


 フィーンとシュナが深くうなずく。

 焚き火が音を立ててはぜ、三人の頬を照らす。

 赤く、涙のように燃える火。

 それは嫉妬の炎であり、羨望の灯でもあった。


 誰も口を開けないまま、ただその炎を見つめた。

 風が吹くたび、火の粉が夜空に舞い、三人の影が一つに溶ける。


 ――スキルの呪いで命を失いユウマの生身にスキルを刻み込むことは、もう誰にもできない。

 だからこそ彼女たちは羨望するのだ。

 その欲望と嫉妬と羨望が、夜の焚き火よりも強く燃えていた。

 ユウマのスキルで隷属、忠誠している時に、彼女たちの生身が死んだとき、コンマリのようにユウマの生身に刻まれるだろうか?それはまだ誰にも分からない。

 

 波の音が静まり、焚き火の火が低く揺れていた。

 食後の笑いが一段落したころ、シュナが唐突に口を開いた。


「ねぇ、バーンナウトシティからマンハッタンシティまでの航路って……一週間あるんでしょ?」


 ユウマは頷く。

 「うん、潮流が穏やかでも七日はかかるはずだ。」


 その答えを聞いた途端、フィーンがニヤリと唇を上げた。

 「それがどうした? もしかして――夜伽の順番でも決めようってのか?」


 火が弾けた。

 シルフィが反射的に背筋を伸ばす。

 「ま、まさか。そ、そんなの……」

 そう言いつつ、目が泳いでいる。


 「ありね」と、シュナが頷いた。

 「スキルが無効になる航海中は、隷属も忠誠もない。

  つまり――ただの男女の関係ってことよね?女同士だって、支え合いも必要じゃない?」


 ユウマは何か言おうとしたが、三人の視線が同時に突き刺さる。

 ――口を開いたら、確実に火の粉が飛んでくる。

 無心の境地。彼は悟った。沈黙こそ最強の防御であると。


 そんな中、フィーンが立ち上がった。

 焚き火の前で腕を組み、まるで審判のような威厳を漂わせる。

 「では、あたしが決めよう。出会った順が筋ってもんだ。

  最初に出会ったこのあたし、次にシュナ、最後がシルフィ――これでどうだ?」


 「異議あり!」

 シュナが即座に立ち上がる。

 「そんなの不公平よ! 私がどれだけ朝ごはんを一緒に作ったと思ってるの!?」


 「その嘘、本当?」

 シルフィが聞き直す。

 フィーンは片眉を上げ、挑発的に笑う。

 「はっは!一緒に食べたパンの枚数で勝負か」

 「それならキスのうまさで勝負する?」

 シュナの目が燃える。

 「それなら勝てるわよ!とろとろのキスがユウマの好みよ」

 「ちょ、ちょっと待って!」

 シルフィが両手を振った。

 「そんなの……不公平だよ。私なんて、ユウマと長く旅をして、一番一緒に夜を過ごしてきたのに……!」


 「夜を!?」

 フィーンとシュナの声がハモった。

 シュナがシルフィを睨みつける。

 「はしたないわ!」

 シルフィがなんとか言い返す。

 「は、はしたないことをしたいのは、みんな同じなくせに!」


 火花のような視線のぶつかり合い。

「それで、どんな夜を過ごしたのよ」

 シルフィは両頬を真っ赤にして弁解する。

 「へ!?ど、どうって、ユウマが、こう……温かくて……!」


 「へぇ~、ユウマの何が温かいのかしら?」

 フィーンが腕を組みながらニヤニヤ笑う。

 「じゃあ、夜伽が一番上手いあたしが一番ってことで」


「ふざけないでよ!」

 シュナが砂を蹴り上げた。

「私は本気よ。私が一番よ!」


「ほほう?」

 フィーンが立ち上がり、頬をぐっと近づける。

「いいわ。じゃあ今から4人で裸になって、乱れましょう――」


 その言葉に、シルフィの肩がびくっと跳ねる。

「ま、まさか……その嘘、本当?」

「当然よ」

 フィーンが宣言した。

「三人で同時にユウマを喜ばせる勝負をする。それで一番を決定――異議があるなら、最後の順番になればいいわ」


「やってやるわ!」

 シュナが拳を握る。

「手加減しないから!」

 ユウマがおそるおそる尋ねる。

「そ、そんな……! 勝負ってどういう基準?」

「ユウマが“あっ”って言ったら勝ちよ」

 目つきを変えたシュナが意気込む。

「もう地上の星も赤い熊鬼もどうだっていいわ」

「そだな。シルフィもそれでいいか?」

「どうでもよくはないわ……ね。でも、こっちのほうが人生かかってるわ」

 焚き火が爆ぜるたびに、三人の声が夜空に跳ねた。

 フィーンは勝ち誇ったように笑い、シュナは本気の戦闘モード。

 シルフィは半泣きで「エロさで勝てる気がしない……」と呟く。


 その光景を前に、ユウマはただひとことだけ呟いた。

 「……俺、大丈夫かな」


 「男は黙って座って脱ぎなさい!」

 三人の声が完璧にハモった。

 焚き火の炎が高く跳ね上がり、波打ち際に笑いが弾けた。


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