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森の粘液

 

 四日目の昼。

 ガラスの荒野はとっくに踏破していた。丸一日続いた森の焼け跡をやっと抜けた。


 焼けた森では、灰の匂いが肺を満たし、黒い幹が空を指差したまま炭になっていた。

 爆風の痕が斜面に階段のような筋を刻み、踏みしめるたびに細かい灰が舞った。


 山を一つ越えると、焼けた森の黒が背後に沈み、前方には複層の緑が波のように広がっていた。

 湿った風、木々のざわめき、苔の香り。世界が水を思い出したように潤っている。


 シルフィが一歩、緑の中へ踏み込む。

 その瞬間、シルフィのHUDが微かに反応したようだ。


  《環境検知:微弱な都市網の端糸スレッドを捕捉》


 薄いが、確かに織り目は伸びている。バーンナウトシティのAI管理の外縁が、この森にも伸びてきているんだ。


 「感じる?」

 「少しだけ。糸みたいだ」

 「なら、道標を見失わないように進もう」


 緑の森に入る。


 ユウマは足を止め、風の止まった空気に耳を澄ませた。

 

 シルフィのハッキング解析も、これくらい都市AIから離れていれば、方角が分かるのがやっとで、ほとんど機能しないらしい。


 「ユウマ」


 名を呼ぶ声に振り返ると、シルフィの額には淡い光の記号が宿っていた。

 穏やかな瞳の奥に進化の兆しが浮かぶ。


 「ユウマのスキルは、わたしを強くしたわ。でも、あなた自身を無敵にはしない。……それでいいの?」

 ユウマは短く息を吐いた。

 「俺は自力で強くなるさ。シルフィがいて心強いよ」

 そして、微笑む。


 しだいに森の中はぬかるみ、靴底が沈むたびに柔らかな音がした。

 それでもシルフィの足取りは軽い。深い緑の森に取り囲まれている。


 モンスターも野盗も現れない。爆発の余波が生態を乱しているのだろう。そもそも生き物の気配がしない。

 ユウマは歩きながら、それでも周りを警戒していた。


 見たことがない植生の森をジロジロみながらシルフィがユウマをつつく。


「ユウマ、不用意に植物に触らないことよ。危険な植物かもしれないんだから」


 そうだ。危険なのは魔獣だけじゃない。動物、植物、菌類、鉱石、水、至る所に警戒が必要だ。


「わかってるよ。シルフィこそ、気をつけろよ」


 意外にも、モンスターと遭遇しないで森を歩く。苔むす森の中、もちろん踏み締められた道などない。

 足もとには木の根が無数に伸びて、上からは植物のツルが垂れ下がっている。

 シティとは全く違う。異質な空気。


 ポタ


 あれ?お天気雨?

 ポタポタと雨粒が落ちてくる。

 

 雨粒を触るとヌルヌルしている?


 ジュルッ


「きゃあ!」


 いきなり悲鳴をあげるシルフィを見ると、ヌラヌラとした植物のツルが触手のようにシルフィに巻き付いている。

 あっという間の出来事だ。ピンポイントでシルフィを狙ってきたみたいだ。

 じっとりと重たくて甘ったるい匂いがする。

 14、5本の触手が巻き付いて、シルフィが宙吊りになっている。シルフィの足からトロリとポタポタ、ネバネバした透明の液体が滴り落ちる。


「助けて、気色悪い!ヌルヌルするの!」


 触手がシルフィの服の中にジュルジュル、ズポズポと潜り込んでいく。


「うわわ!やめて!この変態触手!いやぁぁ!」


 ユウマがナイフでツルをバサバサと切り落としていく。

シルフィの意識が朦朧としてきているみたいだ。


「はぁ!はぁ!おかしくなるぅ。ひやぁぁ」


 シルフィがだんだんうっとりと恍惚の表情になってきた。


「ウヒヒヒッ」


 何かがまずい。シルフィがピクン、ピクンと身体を震わせている。

 シルフィの爪先からポタポタと粘液が流れ落ちる。


「ああん!あぁ!」


 急がないと!


 近接加速!


バサバサと触手を切り続けて、やっとシルフィが地面にドサっと落ちる。シルフィが受け身をとれないほどなのか?


「大丈夫?毒は?」


「はぁはぁ。体が痺れる。。」


 シルフィが苦しそうに息を切らして、頬を赤らめて口から涎を垂らしている。


 危ない感じだ。


「うう。頭の中が真っ白になっちゃいそうだよ。身体の内側が熱くてジンジンなるし、触手がヌメヌメして。。。」


 やっぱり危険な森だ。


 ポタポタポタポタ


 粘液が雨のように降り注ぐ。

 上を見ると無数の触手のようなツルが伸びてきている!


 「いやぁぁぁぁ!!!その嘘、本当?!」


 シルフィの悲鳴が森に響く。

 頭上から、ねっとりとした粘液がポタポタと降ってきた。

 木々の間から、ぬるりと光沢を放つ触手が無数にのびてくる。


 ユウマが反射的にM4を構え、トリガーを引いた。

 乾いた銃声が連続し、触手をまとめて吹き飛ばす。

 だが、撃っても撃っても終わらない。


 細長くて、くねくね動く触手と銃の相性は最悪だ。


「ユウマ! 後ろは任せた!もう触手なんか見たくもない!」


 シルフィはショットガンを握りしめ、苔むした地面を駆け抜ける。

 森はぬかるみ、木の根が網のように絡みつく。視界は緑の靄に覆われ、HUDの表示も不安定だった。


 森の奥で、枝葉がざわめく。


 森の終端の向こう――バーンナウトシティの光が、樹々の向こうでかすかに揺れていた。

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