サンドホロウ
――風が鳴っていた。
ユウマとシルフィは、廃高速を越え、サンドホロウと呼ばれる砂漠の入り口に立っていた。
二人の口元が貞節のマスクの黒い金属製のマスクが覆っている。
空は金と群青の混じる曖昧な色で、太陽は地平線の奥へゆっくりと沈みかけている。
「ここが……サンドホロウか」
「そう。地図上では“砂の海”って呼ばれてるよ」
シルフィが指先で砂をすくい、風に放る。
細かな粒子が淡く光を帯びて舞い上がった。まるで呼吸するように。
彼女はバーンナウトの先――マンハッタンシティという世界一の大都市の出身だった。
両親を失い、ガイドと共にこの道を歩いたことがあるという。
「ガイドと呼ぶには心もとない奴だったけど、まあ、迷子にならない程度に助けてくれたわ」と笑う。
ユウマたちは、ガンゲノムシティで旅の準備を整えてきた。
テント、寝袋、水、保存食、そして武器。
HUDには、5日間の行程に必要な物資の残量が表示されている。
ありがたいことに、この世界では物資をHUDに登録して自由に出し入れできる。
まるで、ゲームの“アイテムボックス”そのものだった。HUDはAIの補助なく機能する。この世界の根源的な機能みたいだ。
「……過酷な道のりだな」
「そうね。ここから先は、AIの目が届かない。
つまり、自由。すべて自己責任。誰にも見られず、誰にも裁かれない」
夜、テントで欲情に耽っても警告音が鳴り響くことはないというわけだ。
鬼には避妊具は必要ないらしかった。
シルフィの声には、かすかな高揚が混ざっていた。
“自由”――その言葉が、彼女の唇で息づいている。
砂の向こうに広がるのは、無法の地。
野盗も、モンスターも、誰にも制御できない世界。
カニ型の鬼――モンクキャンサーや、砂の下に潜むサンドイーター。
どれも危険だが、それ以上に、隷属のスキルこそが最も危うい。
「気をつけないとな」
デフォルトM4はいつでも構えることができる。
「大丈夫。ランクAの私がついてる。そうそう恐れる相手もない」
シルフィはアジリティを生かしたショットガン使いだ。ダイヤモンドランクのショットガンを装備している。インベントリにはレジェンダリーのショットガンもあると言っていた。
シルフィは肩越しに振り返り、いたずらっぽく笑った。
その笑みは、戦士の誇りと女の艶を同時に宿していた。
「夜は、退屈させないでよ」
冗談めかした口調。けれど、その目は真剣だった。
彼女の人差し指が、ユウマの胸元をツンと突く。
「……相変わらず挑発的だな。後悔するなよ」
「その嘘、本当?これは挑発じゃない。――注文予約よ」
「何の?」
「わたしの内臓がユウマを欲しているの」
「危険すぎるよ」
「貞節のマスクが護ってくれる」
その言葉に、ユウマは胸の奥が熱くなるのを感じた。
砂漠の風が二人の髪をなびかせる。
背後の廃高速が遠く霞み、前方には果てのない砂原が広がっていた。
「……行くか」
二人は歩き出した。
砂に足を取られながらも、確かな足取りで。
ただ、二人の呼吸と、砂のざらついた音だけが残る。




