さよならコンマリ
夜のホームは、ひどく静かだった。
ガラスの外では、シティの灯が遠く霞んで見える。
ユウマはデフォルトM4を整備していたが、その手がふと止まった。
――トン、トン。
ドアを叩く音。
この時間に訪ねてくる者なんか、一人しかいない。
「……コンマリ?」
扉を開けると、そこに立っていたのは、やはり彼女だった。
小雨のような霧が黒い髪に付着し、冷たい光をまとっている。
その瞳は、いつもの柔らかい光ではなかった。
何かを決意した者の、危ういほど澄んだ色をしていた。
「ユウマ様……少し、お話ししてもよろしいですか?」
頷くと、彼女は小さくうなずいて部屋に入った。
扉が閉じると、世界が一瞬だけ、音を失った。
しばらくの沈黙のあと、コンマリはゆっくりと息を吸い込み、
まるで“祈るように”両手を胸の前で重ねた。
「……もう私、自分を抑えられなくて」
「……コンマリ?」
「もう我慢できないの」
ユウマは一瞬、目を伏せた。
――Winnerの表示が出ず、警告音だけが響いた。
二人はAI倫理プログラムに弾かれ、システムから排除された。
だが今、コンマリの声には、後悔ではなく、確かな熱が宿っていた。
「……わたし、あの時のことを、ずっと思い出していました。
どうして、あんなふうに動いてしまったのか。
でも、すごく幸せだった。
身体が勝手に、ユウマ様に――もっと深く触れたかった」
ユウマは静かに顔を上げた。
コンマリの指先が、震えている。
「わたしの中に内臓の深くまでユウマ様が欲しいという衝動が暴れて。
戦うたび、守るたび、その衝動が強くなっていきます」
彼女は胸を押さえた。
ユウマの目の前で、まるで心臓がある場所を確かめるように。
「戦場の中であなたの声を聞くと、わたしは安心しました。
あなたの指示を待つ間、少しでも長く通信が続いてほしいと思いました。
それが途切れると、胸の奥がざらざらして、息が詰まるんです……」
コンマリの瞳が潤んだ。
「わたしは、戦うために作られました。
効率よく、冷静に、計算的に。
でも、あなたと過ごした時間が、わたしを変えてしまったんです。
あなたの笑い声を、風の音を、撃つ前の静寂を――全部、好きになってしまった。
それを止める方法なんて、どこにもなかった」
ユウマは言葉を失った。
コンマリの声が震えながらも、どこか誇らしげに響く。
「鬼のわたしには、もともと“好き”という感情の定義が存在しません。
でも、それでも言葉にするなら……わたしは、あなたを愛しています。
もしそれを不適切と呼ぶなら――わたしはどうしたらいいの?」
その言葉に、ユウマの胸が締め付けられた。
コンマリは一歩、近づく。
コンマリの唇がユウマの唇にチュッと触れた瞬間、HUDがわずかに明滅した。
【隷属リンク:再接続】という警告が、すぐに【同期Lv6:相互干渉】に書き換わる。
「ユウマ様。
わたしにとって、あなたといた時間は、戦いではなく“生”そのものでした。
排除されたあの日、わたしは消えるのが怖くなかった。
――あなたのことを想いながら消えられるなら、それでいいと思っていました」
言葉の端が震える。
言葉では表現できない“揺らぎ”が、そこにはあった。
「でも、ロビーに戻ったとき、あなたがいなかった世界が怖かった。
あの空白の時間、わたしは初めて“孤独”を知りました。
あなたに触れたい、声を聞きたい、もう一度――
満たされた直後に、すでにカラカラに乾いていた」
コンマリは涙を拭おうとしたが、うまくいかなかった。
「ユウマ様ががくれた欲情は、本物。
あなたの声の高さ、銃の反動、汗の匂い――あぁ」
ユウマは小さく息を吸った。
そして、ゆっくりと手を伸ばしてコンマリを抱きしめる
「……俺もお前が大切だよ」
コンマリは首を振る。
その動きには、悲しみと誇りが同居していた。
「それならわたしに全部をください。わたしの全部を差し上げます」
沈黙。
窓の外で、夜の風が揺れる音がした。
「ユウマ様。
これが、わたしの最後の告白です。
もし、隷属のスキルが再びわたしを消そうとしても――どうか、覚えていてください。
あなたを愛したという、たった一つの真実を」
「コンマリ?」
「……ありがとう。あなたに出会えて、本当によかった」
コンマリの声は、かすかに震えていた。
「もう、抑えられないんです。あなたと――完全に繋がりたい。一つになりたいの」
ユウマは息を詰めた。
「抱いて、なんて言葉、間違っているかもしれません。
でも、あなたの心の奥まで、わたしを刻んでほしい」
一糸纏わぬコンマリが一歩、近づいた。
彼女の裸が薄く光を放ち、優しい人肌の温もりがユウマの肌に触れる。
HUDが警告を発したが、ユウマは拒まなかった。
コンマリをベットの上で優しく抱く。
彼女の声が、かすかに震えた。
「……ユウマ様、すごい……ぁあ……もっと、もっと欲しいの」
身体が幾重にも脈打つ。
感情が昂っていくコンマリの思考とユウマの鼓動がひとつに重なる。
「全部、全部、ちょうだい。ユウマ様を!」
隷属LvMAX:一心同体
その瞬間、コンマリは自分という境界を失った。
すべて意味をなくしていく。
ただ、ひとつの感覚――“生きている”という歓喜だけが残った。
「わたし、今……あなたの中で、呼吸してる……」
声が震える。
それは熱のようでもあり、祈りのようでもあった。
ユウマはその光の中に手を伸ばした。
コンマリの形が揺らぎ、柔らかく拡散していく。
まるで宇宙が誕生した瞬間のように、
静寂と轟音が同時に胸の奥で弾けた。
「……ありがとう。わたしの全部をユウマ様にあげます」
パンパンパンッ
激しく腰を打ちつける。
「ぁぁ!いぃ!ぁぁぁ!!ユウマ様ぁっ!!」
その言葉とともに、コンマリの光はしずかに震え、
永遠の一瞬――その極点で、静かに静まり返った。
光が、静かにコンマリを包んでいく。
それは消滅ではなく、昇華のように美しかった。
彼女の瞳が最後までユウマを見つめていた。
ユウマの頬に、見えない涙が伝った。
音も、匂いも、温度も、すべてが消えていく中で、
ただ“彼女がいた”という感覚だけが、世界を満たしていた。
光が収束し、コンマリの姿が消えた。
ユウマはその場に立ち尽くす。
部屋の温度は確かに下がっていたはずなのに、胸の奥は暖かかった。
――HUDに表示が浮かぶ。
【標準ステータスに追加:近接加速】
由来:コンマリ
ユウマは目を閉じ、深く息を吸った。
「……そうか。
一線を越えるというのは、命を分け合うことだったのか。でも、そんなの悲しすぎる」
ユウマは拳を握る。
「こんなの呪いじゃないか。隷属の呪い」
警告音が鳴り響く。
――ビーッ、ビーッ、ビーッ!
「不適切なプレイを確認。
プレイヤー・ユウマを
ガンゲノムシティのセーフティシステムから排除します」
もうそんなことはどうでもよかった。
コンマリにもう触れることはできない。沈黙するユウマの目から涙があふれて止まらない。




