異世界転生
――キスまでにしておきなさい。
目を開けると、そこにいたのは半裸の女神だった。
白い光の粒が彼女の髪を舞わせ、声はどこまでも澄んでいた。
「……はい? いきなり何を言ってるんだ?」
さっきまで、ユウマはFPSの画面にかじりついていた。
Call of Death――通称《COD》。
百人が武器を手に、最後の一人になるまで戦うバトルロワイヤル。
画面の中では幾千回も死に、幾千回も勝利を味わってきた。
だが今、彼はその“デフォルト兵士”の装備を着て、立っている。
現実ではない。
これは、まるであのゲームの中の世界だ。
「ユウマ、あなたは死にました」
女神の声が、無機質に響いた。
「……は?」
「私が殺しました」
「なんだって!? お前、死神か何かか?」
「いえ。手違いでした。ごめんなさい」
あっけらかんと謝るな。
ごめんで済む話じゃない。
――だが、不思議と怒りは湧かなかった。
女神は薄く微笑んで続ける。
「お詫びに、あなたがもっとも愛した世界を再現しました。
この《ガンゲノムシティ》で、存分に生き直しなさい。
現世で叶わなかった自由を与えます」
ユウマは思わず笑った。
自由――その言葉にどれほど飢えていたことか。
起業に失敗し、借金を抱え、最低賃金の労働で食いつなぐ日々。
夢も、誇りも、何もかもを失っていた。
唯一の逃げ場は、モニターの向こう側。
そこだけが、自分がまだ“生きている”と感じられる世界だった。
「スキルはひとつだけ与えます。
……ただし、特別なものです」
女神が指を鳴らすと、ユウマのHUDにスキル欄が出現した。
【スキル:キス(隷属化)】
「……は? なんだそれ」
「一線を越えたら、相手は消失します。
ですが、キスまでにしておけば――相手はあなたに隷属します」
あまりにも偏った仕様だ。
「そんな……R指定ギリギリみたいなスキルでどうやって戦えって言うんだ?」
女神は薄く笑った。
「魂の契約とは、触れること。
あなたは、それを軽く見てはいけません」
言葉の意味がよく分からない。
だが、その笑顔はどこか寂しげだった。
「あなたの目的はただひとつ。
《最高ランクSSS》に到達し、最終バトルロワイヤルで勝利すること。
そうすれば、あなたを元の世界へ還すキャパシティを私が確保します。望むなら、別の世界に送ることもできます」
「……元の世界に戻れる、ってことか?」
「そう。けれど、忘れないで。
ガンゲノムシティでは、あなたは生身の人間。
死ねば、データではなく、本当に“消滅”します」
「消滅……?」
「この世界の死は、ゲームオーバーではなく、終焉です。もちろん、シティのAIが管理するバトルロワイヤルでは、死んでもロビーに戻るので安心を」
静寂。
遠くで風が吹く音だけが聞こえた。
「……おい、もう少し詳しく――」
「いきなさい。これ以上は干渉できません」
女神は光の粒に溶けていった。
最後に残った声が、静かに響く。
――キスまでにしておきなさい。
ユウマは思わず苦笑した。
「神ってのは、いつだって無責任だな」
気づけば、手の中には銃――デフォルトM4。つまり、アサルトライフル。
見渡す限りの霧の街、ガンゲノムシティ。
ビルの屋上に赤い照準レーザーが光り、遠くで銃声が鳴った。
世界はすでに動き始めていた。
――女神に殺された男の、第二の人生が。
 




