離れられない、とは
「ほら、私の言ったとおりでしょう? ロイスに他人に干渉するような特別な力はないの。それになにより、番でもない、ただの人で、何の力もないララベルさんを、ロイスが気に入るわけないでしょう。例え、ロイスに魅了のような力があったとしても、ララベルさんには使うはずがないわ。ロイスはジャナ国を代表する名門公爵家の子息で、純血のクロヒョウの獣人。そして、ジャナ国の王女で、龍の強い力を持つこの私が従者として選び、そばにいることを命じた者なの。ただの人とは住む世界が違うのよ!」
王女様が怒りに満ちた顔で声を荒げた。
住む世界が違うって……。
王女様の本音なんだろうけれど、あまりに偏った差別的な考えに、怒りよりもあきれてしまう。
「いくら王女様であっても、住む世界が違うなんて言葉は、聞き捨てなりませんわね」
レーナおばさまがきっぱりと言った。
いつもは優しい声で話すのに、どきっとするほど、ひんやりとした声で続ける。
「我が国、モリオン国は、長い歴史の中、獣人と人が区別なく共に生きてきたことで、今の国がなりたっております。ラジュ王女様は、そんな我が国に興味を持たれて、視察にいらっしゃったと聞いておりますが?」
レーナおばさまの冷たい微笑を浮かべたお顔が美しいけれど、なんだかすごい迫力……。
王女様も驚いたようにレーナおばさまを見て、言い返せないでいる。
「まあまあ、ロイド公爵夫人、そう厳しく言ってやるな。生粋の獣人だけが住む国で育ったラジュ王女にとったら、獣人が一番なのは仕方がないこと。愛国心がエスカレートして、口がすべっただけだ。悪気はない。なあ、そうだろう? ラジュ王女」
と、嫌な笑みをうかべて王女様に問いかけた第二王子。
ふたりの間を仲裁する自分って寛大な男……みたいな顔をしているのが無性に腹が立つ!
しかも、言っていることが変じゃない?
あの差別的な発言が、なんで愛国心につながるの?
すると、レーナおばさまの静かな迫力に押されて、だまっていた王女様が、はっとしたように作り物の笑顔を張りつけた。
「……ええ、そうよ。ガイガー王子の言うとおりだわ。つい口がすべってしまっただけで、悪気はなかったの。ごめんなさいね、ロイド公爵夫人」
「いえ、私に謝っていただく必要はありませんわ、ラジュ王女様」
そう言うと、私のほうに視線を向けて、美しく微笑んだレーナおばさま。
え、私……?
王女様は、レーナおばさまの視線を追うように私を見た。
顔は、張りつけたような笑顔のまま。
でも、金色の瞳は怒りの炎が燃えたぎっている。怖いんだけど……。
「ララベルさん、失礼なことを言ってごめんなさいね。住む世界が違うだなんて本心ではないのよ」
いや、どう考えても本心だよね。
しかも、これほど、心のこもっていない謝罪を聞いたのは初めて。
いくら本音だとはいえ、あんなことを口走るくらい王女様が怒ったのは、ルーファスが言った言葉が発端。
ロイスさんが魅了のような力を私に使ったと言ったから。
あ、なるほど、わかった!
そういうことか……!
わかってしまったら、どんなに私をにらんでいても、急に王女様のことが怖くなくなった。
だって、そこだけは気持ちがわかるから。
私はにっこり笑って、王女様を見返した。
「謝罪をうけとりました、王女様。……あの、王女様はルーファスの言葉を聞いて、ずっとそばにいる従者のロイスさんが離れていくかもと思って、怒ったんですよね? その気持ち、わかります! 私も、もし、ずっとそばにいるルーファスが離れていくと想像したら、不安になって、変なことを言ってしまうかもしれません。でも、大丈夫です! ロイスさんは私を気に入ったわけではなくて、私が勝手に悲しくなっただけだから、そんな心配はしないでください」
「は? ララベルさん……あなた、一体、何を言っているの……?」
王女様があっけにとられたように私を見ている。
レーナおばさまがふっと笑った。
見ると、いつもの優しい顔に戻っている。
「ララちゃんにはかなわないわね。いつだって、一気に空気をかえてくれるもの」
「ねえ、ララ……。僕がララから離れるわけないよ? でも、僕が離れるとララが不安になるんだなんて、嬉しい。僕もね、ララが僕から離れていくなんて想像したら不安になる。ううん、絶望するな。そうなったら、相手を消してしまうかもね」
と、隣から、ささやいてきたルーファス。
……え?
ものすごく甘い声なのに、ラストが怖かったんだけど!?
驚いてルーファスを見ると、きらきらした笑顔で私を見ている。
うん、神々しい……。
こんな神々しい天使が、あんな怖いことを言うはずがない。
やっぱり幻聴だよね。
その時、黙っていたロイスさんが口を開いた。
「ラジュ王女が離れろと命じない限り、何があろうが私は離れられません。私はラジュ王女の従者ですから。つまり、ラジュ王女が私が離れていくかもしれないと思って怒ることなどあり得ません」
淡々とした口調でそう言ったロイスさん。
でも、「離れられない」という言葉だけに、わずかに力が入っていたような……。
絶対に離れたくないから、離れられないのか……。
それとも、離れたくても離れられない、なにかがあるのか……。
なんとなく、後者のような気がした。




